まいてら編集部員たちの”お寺のある”日常

まいてら編集部日記

追悼を超え、「本当に生きること」に向き合う。東日本大震災七回忌法要『命灯会』のご紹介

2017.03.01

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2011年3月11日(金) 14時46分。
誰もが忘れないあの日、あの時間。東日本一帯は大きく揺れ、大自然の猛威がわずかな時間で数多の命をうばいました。映像を通じて目に映る被災地の惨状を前に、何もできない我が身の非力さに忸怩たる思いを感じた人も多かったのではないでしょうか。
そして、偶然にも助かった一人ひとりには、「どう生きるか?」という問いが投げかけられました。「どう生きるか?」という問いからいつも問いかけられ続ける中、被災地に心を寄せ、自らのできる範囲で具体的な行動につなげてこられた方も少なくなかったのではないでしょうか。日本社会に広がっている社会貢献意識の高まりや寄付市場の拡大も、その問いに対する一つの応答なのかもしれません。

あれから6年。今年は東日本大震災の七回忌を迎えます。
はからずも命を失われた全ての方を追悼するため、全国のお寺やお坊さんが心をこめて準備を進めています。
被災地は岩手県一関市、曹洞宗藤源寺住職 佐藤良規(さとうりょうき)さんもその一人です。佐藤さんは有志とともに『命灯会(みょうとうえ)』という法要を企画しました。東日本大震災の前一週間、全国各所で『命灯会』の法要が営まれます。
この法要では、参加者一人ひとりが、震災で亡くなられた方のいのちを思いながらロウソクに火を灯します。そしてもう一本のロウソクにも火を灯すことで、自分自身のいのちにも向き合うことをテーマにしています。
お寺で営まれる多くの法要は死者に向き合う儀礼が強調されがちですが、法要の本来的な意義は、亡き方を縁として自らの生き方に向き合うことにもあります。法要での営みを通じ、震災で亡くなられた多くのいのちが私たち一人ひとりにも作用することで、自分という個に閉じない大いなるいのちのつながり中で生きていることを感じる。法要に参加されるお一人おひとりがそのような気づきに出遇うことを願ってやみません。

今回、佐藤さんから『命灯会』への想いを、まいてらにご寄稿いただきました。以下に法要の案内とともにご紹介させていただきます。

―――――(以下、佐藤良規さんの寄稿文)―――――

私のいのちを「ほんとうに生きたい」

私は、東日本大震災大津波に遭い、トラックの屋根の上で九死に一生を得ました。あの大津波が起こったこと、そして私自身がその大津波に遭い助かったこと。すべてがあまりに現実離れした現実でした。助かった私は、助かったにも関わらず、なぜこんなことになってしまったのか、自分は何をすべきなのか…。答えの出ないたくさんの「問い」に苦しみました。しかし、ボランティアや傾聴活動などを続けるうちに、自分を突き動かすひとつの「衝動」に気が付きました。
それは、「今生きている“わたしのいのち”を、ほんとうに生きたい!」です。たくさんの愛おしいいのちが失われた巨大な悲劇。でも私たちはこうして生きています。ほんとうに不思議です。
東日本大震災で、ほんとうに多くの人が「生きるとはなにか?」という問いに向き合わざる得なかった。そして私たちの胸の奥底で、「生きるとは何か?」という問いはくすぶり続けているのではないでしょうか。

ともしびプロジェクトとの出会い

最近、個人的に親しくしている「ともしびプロジェクト」代表の杉浦恵一くんと、東日本大震災七回忌について話しました。今や全世界に支部を持ち、毎月11日にキャンドルを灯して東日本大震災を想い、「忘れないを、カタチに」を合言葉に活動を続けている一般の人たちのプロジェクト。彼もこの七回忌はやはり大切な節目と考えており、彼にこう聞かれました。「仏教的に言って、“法要って“本当は何のために”するんですか?」私の現時点での結論を彼に伝えました。故人、亡き人のための法要、供養だという感覚が一般的だと思うが実は、“生きている私たち”が、“自分のほんとうの生き方を問う”ことが本当の目的で、私たちが「ほんとうに生きる」ことこそ、故人に対する最も真摯な供養なのだ…と。
彼は、少し驚きつつ納得した様子で、実はともしびプロジェクトも、ともしびを灯す自分自身が、「ほんとうに生きる」ことを問い、行動に移すことがほんとうの願いです、と。彼は続けます。「ともしびプロジェクトは、“法要の本来の姿”なのかもしれませんね…」

「法要」の本来の姿

僧侶・宗教者が務める法要と、多くの一般の人たちが自主的に行っているともしびプロジェクト。同じ想いをもつこの“ふたつがひとつに”なることで、震災七回忌がお寺と社会をもう一度繋ぐ。私たちと「いのち」を繋ぐ。お寺は法要の本来の目的を取り戻し、一般の人達は「ほんとうに生きるとは何か」を真正面から問い、共有する「場」に出会う。
東日本大震災・津波・原発事故…生きている私たちが「生きるとは何か?」に真摯に向き合い、「生きること」に真新しい一歩を踏み出すための場が必要で、それこそがあの悲劇を、すべての人々の幸福へとシフトさせる機縁になるんじゃないだろうか…。こうして、『命灯会』は立ち上がりました。

『命灯会』とは

『命灯会』とは、沢山の“いのちのともしび”に囲まれ、故人たちの名のもとに自分自身の「ほんとうに生きる」ことに向き合う「場」。もしかしたら、『命灯会』はこれは、実は私たち仏教の伝統にすでにあった「万灯会」に、「ともしびプロジェクトの想い」が、新たな息吹を吹き込んだ法要とも言えます。
最後に、数えること1185年前の“お大師様の「万灯会の願い」”を引用させて頂きます。

“”…仰ぎ願わくは、この光業によって自他を抜済せん…“”
「高野山万灯会の願文〜弘法大師空海」

佐藤 良規(さとうりょうき)

1972年生まれ。学生時代に様々なアルバイトや30ヶ国に渡るバックパッキングを経験し、卒業後に遠洋漁業に1航海14ヶ月乗船。帰国後、曹洞宗大本山永平寺、同宗宝慶寺にて1年間修行。下山後はカナダのヴィクトリアにて老人ホームとホスピスでボランティア活動を行う。帰国直後に前住職である父が急逝し、現在の曹洞宗 藤源寺28世住職となる。地元の病院で緩和ケアボランティアコーディネーターや癌患者家族サロンスタッフを務める。東日本大震災時、岩手県釜石市にて運転中に津波に遭い九死に一生を得て以来、被災地での傾聴活動「お茶っこサロン」や、気仙沼市で子どもたちともう一度”海で”遊ぶプロジェクト「NPOはまわらす」に関わる。

【リンク】
『命灯会』への想いがつづられた佐藤さんのブログ「あなたの「いのちの灯火」を灯せ」
http://satoryoki.hatenablog.com/entry/2017/02/23/070000

◆ 『命灯会 〜全国から 灯そう〜』ー東日本大震災 被災者 七回忌法要ー
日 時:2017年3月8日(水)
     15:00 集会 16:00 法要 18:00 点灯
会 場:名古屋東別院 対面所二階 (〒460-0016 愛知県名古屋市中区橘2−8−55)
    他、全国各地(北海道 東北 東京 名古屋 静岡 京都)にて3/11以前の一週間で法要開催予定
主 催:名古屋市仏教会
協 力:真宗大谷派名古屋別院 ともしびプロジェクト いのちに向き合う宗教者の会 
    未来の住職塾 四方僧伽
お問合せ:ともしびプロジェクトキャンドル工房(宮城県気仙沼市南町2-2-25)
     080-3651-6969
     メール(代表・杉浦)

・北海道
日 時:2017年3月4日(土)
会 場:浄土宗 開運寺 〒001-0915 札幌市北区新琴似町1152-10
参加費:1,000円 (青ろうそく5本付)
次 第:16:00 開場
    16:30 演舞 「鎮魂の舞」舞踏家 小田原真理子 氏
    16:40 法話 「いのちは、生きたがっている」曹洞宗 藤源寺住職 佐藤良規 師
    17:20 質疑、グループシェアリング(4〜5名)
    17:50 法要 「命灯会 (みょうとうえ)」
    18:30 終了

※上記以外にも、岩手県、静岡県、岐阜県、ハワイなどで、命灯会に賛同する有志による法要が営まれる予定です

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井出悦郎

井出悦郎

1979年生まれ、東京育ち。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める

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