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【秋田光彦さん(僧侶)の“いのち”観/前編】 – 大切なことは仮構の中でしか語り得ない –

2018.08.14

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僧俗問わず、各ジャンルで活躍されている多彩な方々に、ご自身の“いのち”観をまっすぐにお聞きしていくこの連載。今回ご登場いただいたのは、浄土宗大蓮寺と應典院住職の秋田光彦さん。数々の革新的な取り組みをもって本質的・本来的な仏教のあり方を問い続けてきた秋田さんならではの死生観を、じっくりとお伺いしてきました。前編、後編に分けてお届けします。

秋田光彦(あきた・こうげん)

浄土宗大蓮寺・應典院住職 1955年大阪市生まれ。浄土宗大蓮寺住職。パドマ幼稚園園長。 1997年に塔頭・應典院を再建。以後20数年にわたって、「協働」と「対話」の新しい実践にかかわる。相愛大学人文学部客員教授、アートミーツケア学会理事なども務める。 著作に『葬式をしない寺』『仏教シネマ』(釈徹宗氏との共著)、編著に『生と死をつなぐケアとアート』など。

「浄土」=「物語を紡ぐための舞台」

−−人は死んだらどうなると思いますか? 「その先」があるとお考えですか?

浄土宗僧侶の立場から申し上げるなら、「お浄土に生まれ変わります」ということになるのでしょうけれど、なかなかひとことで伝わるようなお話ではないですよね。その「浄土」というのがどういう場所なのか、そこが大事なところだと思うんです。

−−これもひとことでお答えいただけるようなものではないとは思うのですが、あえてお聞きします。秋田さんにとって、「浄土」とはどういった場所ですか?

亡くなったあなたと私との間に、時間を超えた「物語」を紡いでいく舞台のような場所、でしょうかね……。実はね、つい最近、親友が40代で亡くなったんです。彼は物書きだったんですけれど、以前から「一緒に本を作ろう」と話していて。でも、彼は先に逝ってしまった。だから、いま現在の私の心境で言うと、とにかく、あいつとの約束を果たさないといけないな、と。自分が死んだら彼と再会して、打ち合わせの続きをしなくてはならない、と。忘れられていく記憶を想起していくような……。友人だけじゃないですよ。両親や恩師、そのほか、先に旅立った大切な人たちとの物語を紡ぐための舞台。私にはそれが浄土という場所の意味だと感じられます。

大きな物語に連なる安心感

−−浄土という大きな物語が、死者と自分との間の個別の物語を保証してくれているのですね。

非日常的な仮構の中でしか語り得ないことってあるんですよね。應典院(※)は演劇や現代アートの表現の場として活用されていますが、そういう非日常的な世界だからこそ伝わり合うものがあります。「死者」や「他界」を扱う作品は非常に多い。

※應典院:1614年創建の大蓮寺の塔頭寺院。秋田光彦さんが住職を務める。1997年、一般的な仏事ではなく、かつてお寺が担ってきた地域の教育文化の振興に関する活動に特化した寺院として計画され、〈気づき、学び、遊び〉をコンセプトとした地域ネットワーク型寺院として新たに生まれ変わった。
http://www.outenin.com 

−−なるほど。

それで言えば、仏教の伝統儀礼も非日常の極みでしょう。それはある意味「死」のトレーニングだと思っているんです。「死」が日常から遠ざかって久しいけど、儀礼はそれを仮構の姿を取りながら、私たちに再提示しているようなものでしょう。お寺という場所もそう、死を気づかせるための特異な場所です。それって、現代において、とてつもなく大きな意味を持っているわけです。私はそれを「自然(じねん)※」の取り組みの中で、とくに強く実感しました。

※自然:大蓮寺の永代供養墓。生前に個人の立場から申し込む。血縁を超えた仲間同士での「いのち」の交流の場としても大きな機能を担っている。
http://www.dairenji.com/jinens/jinen-overview/

−−詳しくお聞かせください。

「自然」は生前個人墓ですから、基本的には、みなさん、まだお元気なうちにお申し込みをされるんですね。一人ひとりと初めて面談をして、そこからいつかその方がお墓に入るときまで、定期的な供養会や勉強会やお楽しみ会を通じて、じっくりと関係を深めていく。それはそのまま、信徒さん一人ひとりの死生観を深める旅でもあると思うのです。自分が眠るお墓を思い定めた瞬間に、「死」とはなにか、「生」とはなにかを考える旅がはじまる。もちろん、容易に解が出せるものではない。でも、答えの出ない問いを抱えて生きていくという覚悟自体はとても尊いものであり、強いて言えば、私はその旅の並走者みたいなものかな、と思っています。

−−みなさん、最終的には、なにかしらの「答え」を見いだされますか?

正誤のある回答ではなくて、「安心した」という境地を得ていくということであれば、多くの方がそのようにおっしゃいますね。きっかけはお墓を生前予約できたことだったかもしれないけど、そこから関係を重ねていくことで、制度とか習わし以上の安心を得てくださる。「自然」の信徒さんは、血縁者ではない他人同士です。そうであっても、儀礼や学習を一緒に体験していくうちに、はるか昔から紡がれてきた、そしてこれから先も紡がれていくであろう「浄土」という大きな物語に自分自身も連なっていく、そういう安心を得られていくのだと思います。

−−後編に続きます!

お知らせ

秋田光彦さんが住職をつとめる應典院にて、9/25〜26にわたって『おてら終活祭』が開催されます!まいてら住職たちも多数登場する、<お寺にしかできない>終活祭。詳細は下記バナーリンクより、應典院HPをご覧ください。

お寺画像
大阪府大阪市天王寺区
如意珠應山 極楽院 大蓮寺
明日の供養を提案する なにわの名刹

寺院ページを見る

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小出遥子

小出遥子

1984年生まれ。新潟県出身。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。編集プロダクション、美術系専門図書館勤務を経て、現在はフリーランスの編集者・文筆家として、仏教系テキストを中心とした編集・執筆活動を行っている。いのちからはじまる対話の場「Temple」主宰。

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