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水子供養はしない方がいい?しないとどうなる?水子供養の方法・費用を僧侶が詳説

2021.03.09

 水子供養みずこくようはしない方がいいとは、本当なのでしょうか?
 結論からお伝えすると、水子供養は必要です。

 水子供養が必要だという意見で多いのが「水子にたたられないように供養する必要がある」ですが、仏教の考え方では、水子のたたりは存在しません。
 水子供養は、親御さんが気持ちを整理し、安らかに過ごせるようになるために必要なのです。

「日の目を見ることのできなかった小さな赤ちゃんが安らかでいてくれますように。」

 水子供養を考えている多くのお母さんやお父さんが、このような想いでいるのではないでしょうか。

 実は、まいてらで最も多くお問い合わせをいただいているのが水子供養のご相談です。
 ご縁あってこのページにたどり着いてくださったあなたを、よりよい供養と穏やかな日々へとおつなぎできるよう、まいてら寺院のお坊さんたちに話をうかがいました。
 水子供養の進めかただけでなく、赤ちゃんの命のこと、毎日をどのように過ごせばいいのかなど、お母さんお父さんの不安やなかなか聞きにくいようなことにも、丁寧に答えてもらいました。
 あなたの辛さや苦しみに寄り添うお坊さんの声に、ぜひ耳を傾けてみてください。

水子供養との出会い – 多くの人がインターネットで情報を探す

「当院は札幌市内から車で2時間も距離がありますが、市内からの水子供養のお参りが少なくないんです。お申し込みのほとんどはインターネットからで、『まいてらを見た』『お寺のホームページを見た』という方ばかりですよ」と真言院しんごんいん佐藤妙尚さとうみようしよう住職。若い方が多く、ふだんお寺とのつきあいがない方たちがインターネットで水子供養のお寺を検索しているようです。

 これにはさまざまな事情があります。
「誰にも知られたくないからと、あえて近くのお寺を避ける方もおられますね」と佐藤住職。

真言院ホームページの水子供養
あたたかみのある真言院の水子供養専門ページ。このWebデザイナーとのご縁も、水子供養がきっかけ。

 兵庫県明石市の雲晴寺うんせいじでも、水子供養の9割近くがインターネットの検索からだそう。「明石やその周辺は、比較的若い方や外からやってきた方が多いエリアで、古くからのお寺とのつきあいがないという方も多いです。こうした方たちが、まいてらなどを通じてお寺を探されているのかもしれません」と雲晴寺住職の五十川幸導いそかわこうどうさん。ホームページの内容を改善した1〜2年前から、水子供養のお参りが急増しました。
 水子供養では、近くのお寺よりも、たとえ遠くても心のこもった供養を受けられるお寺を探している人が多いのかもしれません。

水子供養はすべき?しなくても問題はある?

 そもそも水子供養すべきか迷ってこの記事にたどりついた方も少なくないのではないでしょうか。

 佐藤住職は、「絶対に水子供養をしなくてはと思わずに、気持ちの整理のつく方を選んでみては」と話します。

「大切なのは形式的な供養よりも水子の存在を恐れずに大事にしてあげることです」

 日頃からお参りの方に「この世の穢れを知らずに旅立った水子は、無垢で、宝物のように尊い存在です」と伝えている常光円満寺じようこうえんまんじ藤田晃秀ふじたこうしゆう住職。「水子供養をしなかったからといって、何か悪いことが起こるわけではありませんよ」と話し、こう続けます。

「ただ、もし心のどこかに“してあげた方がいいのかな”という想いがあるのなら、その気持ちを形にしてあげてもいいですね。何より大切なのは、忘れずに想いを向けてあげること。供養という行いが、水子に想いを向けるよい機会になりますよ」

 妙法寺みようほうじ久住謙昭くすみけんしよう住職は、水子の成仏じようぶつだけでなく、お母さんやお父さんの心の傷を癒すために水子供養のお勤めをしています。「辛い想いの中のお参りは、きっとハードルが高いことでしょう。お母さんやお父さんが行動に移してくれただけで水子は喜んでくれています。あとは仏さまにお任せして安心してもらいたいです」

慈母観音
妙法寺では本堂で水子供養を営んだ後、慈母観音にお参りする。継続的にお参りされる方が少なくない

 あなたの心の中にある不安や恐れや後ろめたさをお寺にゆだねることで、水子もあなたも安心できるのかもしれません。いきなり水子供養を申し込むことに抵抗のあるかたは、まずは電話で話を聞いてもらうことから始めてみてもよいかもしれません。

※水子供養を承っている寺院はこちら

20年後に水子供養をする人も – 気持ちが整うタイミングで向き合う

 
 水子供養のタイミングをお坊さん方にたずねてみると、一様に「決まりはなく、したいと思い立った時がその時です」と話します。「思い立った時、前に進みたくなる時はいつか必ずやってきます。お母さんやお父さんの心のはたらきを大切にしてほしいです」と佐藤住職。

 実際にどのタイミングが多いのか。これも人それぞれです。亡くなってすぐ、四十九日や一周忌など区切りの忌日、さらには10年や20年も前の水子を供養するというかたも少なくありません。「ずっと心の中に引っかかっていたものを何かのきっかけで供養しようと思い立つのでしょう」と久住住職。そのきっかけにもいろいろな背景があるようです。

「結婚を機に、過去に前の彼氏との間にできてしまった水子をきちんと供養しておかなくてはと思った」
「新婚当初、しゆうとめに『水子供養はしなくていい』と言われてそのままにしていたのが、ずっと心に引っかかっていた」
「占い師に水子供養するようにアドバイスされた」

 中には自分の子どもではなく、親の水子、つまり自分たちの兄弟にあたる水子の供養をするというケースもあるそうです。

水子供養の進め方 – 申込み・服装・持ち物・お布施の考え方

 供養をしてもらいたいお寺が決まったら、具体的にはどのように水子供養を進めていけばよいのでしょうか。

【申し込み】
 まずは電話やメールで供養の日を予約します。いきなりお寺を訪問してしまうと、住職がいなかったり、他の方の供養や法事で待たされてしまったりすることも。また、しっかりと時間を設けてもらうことで、お母さんやお父さんも気持ちを落ち着けて供養にのぞめるでしょう。

【服装・持ち物】
 服装は基本的には自由です。とはいえ、大切な赤ちゃんの供養ですから派手でない服装が好ましいでしょう。祈りのための法具として、数珠じゆずを持っている方は持参しましょう。

 また五十川住職からは、「エコー写真を持ってきてもらえたら、一緒に供養いたします。供養の後、自宅に持ち帰っても構いませんし、心の負担になるというのであればお寺で引き取ることもできますよ」とのお話も。ちなみに雲晴寺では、引き取ったエコー写真をお焚き上げしています。

【お布施】
 お布施の金額はさまざまですが、1万円前後に設定しているお寺が多いようです。ただし、お布施はあくまでも「気持ち」です。経済的に厳しい状況の方や、手厚く供養してほしいからもう少し包みたいと考える方もいるでしょう。失礼には当たらないので、まずはお寺に相談してみるとよいでしょう。

 また、水子供養だけでなく、永代供養やお墓への納骨、お守りなどを希望される場合、別途費用がかかることもあります。

※水子供養を承っている寺院はこちら

供養のあと、どう心が変化する? – 「命と向き合う」という時間軸

 お寺での供養が済んだら、ご自宅やふだんの生活で、どのように水子の命と向き合えばよいのでしょうか。これについてはどのお坊さんも、お母さんやお父さんの心の負担にならないことが最優先だと言います。

 真言院では、水子供養の授与品としてお札やお守りを授けますが、1年をめどにお寺に返納するよう勧めています。佐藤住職は「強制ではありませんし、もちろん1年で供養が終わるということもありません。でも、お母さんやお父さんがいつまでも悲しみに引きずられることなく、少しでも前を向いて生きてほしい、安心してほしいという想いから、あえて区切りの期間を設けました」と言います。
 返納されたお札やお守りは、お地蔵さまに感謝の奉告をした上で、お焚き上げをしてくれます。また授与品とは別に、自宅におまつりできるかわいらしい木彫りのお地蔵さまを買って帰る人も多いとのことです。

木彫りのお地蔵さま

 雲晴寺の五十川住職は、心の負担を増やしかねないという配慮から、自宅に供養を持ち込まないことをおすすめしています。「境内けいだいには、子どもを守る仏さまであるお地蔵さまが祀られています。手を合わせたくなったら、いつでもお寺にお参りに来てくだされば良いのです」

雲晴寺のお地蔵様と五十川幸導住職
江戸時代から、子どもを守る仏様として知られる雲晴寺のお地蔵様

水子に戒名は必要?授ける場合の考え方

 お母さんやお父さんが希望すれば、水子にも戒名かいみようを授けてくれます。「念願だったお子さんを亡くしたあるご夫婦は、位牌を作って大切にご自宅でおまつりされていますよ」と久住住職。

 真言院では水子の永代供養を希望する人に戒名を授けています。「そこまでの想いがある方ならきっと戒名が心の支えになってくれるものと思います」。佐藤住職が授けた戒名を大事にしながら毎月お寺にお参りする人もいるとのこと。

 とはいえ全体的には戒名を求める人の方が少ないようです。重荷になるくらいなら無理に戒名を授からなくても構いませんし、それでもお寺はきちんと供養してくれるでしょう。

 藤田住職も戒名にこだわる必要はないと話します。

「水子さんは、この世のけがれを知らずに旅立った、とても清らかな存在です。戒名がなくても、まっすぐに仏さまのおそばへ行けますよ。語りかける時は、どうぞその子のお名前や、ご家族が呼びやすい愛称で呼んであげてくださいね」

 また、よく寄せられる相談として「仏壇や位牌を家に置くのは負担で…」「お寺へのお参りだけで大丈夫?」という声があるそうですが「仏壇がなくても、写真やぬいぐるみや思い出の品でも、お寺へのお参りだけでも大丈夫。お参りの場所がどこであれ、あの子のことを想うだけで十分なんですよ」と、寄り添ってくれます。

常光円満寺の水子供養の様子

浄土真宗には本来、水子供養はない。でも、気持ちには寄り添える

 一方、浄土真宗じようどしんしゆうでは、宗派の教えから水子供養という法要は本来はありません。なぜ浄土真宗では水子供養をしないのでしょうか。

「浄土真宗では、この世に生まれた命は水子だろうとそうでなかろうと、阿弥陀あみださまが等しく救ってくださると説いています。水子を特別視することもありませんし、遺されたご家族の供養がなくても、きちんと阿弥陀さまが救ってくださいます」と林正寺りんしようじ橘勇人たちばなはやと住職

 それでも橘住職は、いただいた要望にできる限りの対応をしています。

「小さな命を亡くして苦しんでいる方が実際に目の前にいる時に、その苦しみに寄り添うのが仏教であり、浄土真宗の在りかたではないでしょうか。ですから林正寺では、大々的に水子供養を掲げてはいませんが、ご相談をいただいた際は心を込めてお勤めをさせていただいております。きっとご両親の中では水子の命は生き続け、成長している。そのような切実な想いに、これからも寄り添っていきたいです」

林正寺の良寛地蔵
江戸時代の僧侶・良寛の教えに感銘を受け、一切衆生の救済を願い建立された良寛地蔵(林正寺)

罪やたたり、罰なんて絶対にない! 水子の命の受け止め方

 亡くなった赤ちゃんの命については、さまざまな俗信も広まっています。「親より先に亡くなった子は罪」「水子の魂は汚れる」といった類のものです。しかし、今回お話をうかがったお坊さんたちはそれぞれ宗派こそ異なりますが、口をそろえて「そんなことはない」と断言します。

「私たちの命は仏さまの世界からこの人間界にやってきて、修行を積んで、苦しみのない世界を目指します。誰もがこの世に生まれ、やがて亡くなる。その事実があるだけで、命の長さは関係ありません。仏さまは慈悲にあふれるもの。罪やけがれやたたりなど、絶対にありません」(雲晴寺・五十川住職)

「仏教は人間肯定の教えです。どんなに苦しくても私たちは明日を生きていかなくてはいけない。その苦しみをどうぞお寺に預けて下さい。そして水子供養を通じて大切なことに気づいて下さい。お寺の参道さんどうは“産道さんどう”と同じです。お寺の山門を出た時には新しく生まれ変わって、水子の存在を心の中で生かしながら、明日からの人生を大事にしてほしいです」(妙法寺・久住住職))

「どんな命であれ、阿弥陀如来あみだによらいさまのお力によって極楽浄土ごくらくじようど往生おうじようできます。罪やけがれなんてありませんよ。それでも心に引っ掛かりがあるという方は、とにかく毎日手を合わせて、お子さんの命を大事にしてほしいです。お経を読めなくても、仏壇がなくても、とにかく手を合わせてほしいです」(林正寺・橘住職)

「亡くなった赤ちゃんは悪い子じゃありません。近くにいてくれるし、あなたの味方になってくれます。たたりなんて絶対にないですから安心して明日を暮らしてください。水子で悩んでいる人は、いろんな想いを抱えてお寺に来てくださるし、来るまでにも相当悩んだはずです。私は何があろうと、たくさん傷ついたご両親を追い詰めたくないですし、とにかく安心してほしい。信仰心も大切ですが、とにかく生きている人が幸せでいてくれることが大切なんです」(真言院・佐藤住職)

「水子さんは、この世のけがれを知らずに旅立った、ほんとうに清らかで尊い存在です。怒りや恨みを抱くようなことは決してありません。お母さんやお父さんに大切なことを伝えたくてこの世に生まれてきてくれたと私は思っています。ですから、『あの子はどういう意味をもって宿ってくれたのか』『あの子の笑顔のためには何ができるのか』ということを考えて、その想いを活かしていこうとする勇気が、あの子たちにとっての喜びに繋がると思います」(常光円満寺・藤田住職)

大阪で「水子供養のお寺」として親しまれている常光円満寺。藤田住職をはじめ、スタッフ全員が心あたたまる空間づくりに努めている。

「いままで何もしてこなかったと悔やまれて、時間が経ってから供養に来る方もおられます」と佐藤住職。供養に早い遅いはありません。供養をしたいと思った時こそがそのタイミングなのかもしれません。そして多くのお坊さんが、「お母さんお父さんの心が救われることが、亡くなった赤ちゃんにとっても幸せ」「水子の存在があなたの生きる力になってくれる」と話します。

 水子のことで悩んでいる方、苦しんでいる方は、ぜひお寺に相談してみましょう。まずはインターネットや電話で、あなたの心に寄り添ってくれそうなお寺を探してみてはいかがでしょうか。この記事がその手助けとなれば幸いです。

※水子供養を承っている寺院はこちら

【記事に登場したお坊さん】

佐藤妙尚(さとうみょうしょう)

真言院住職。1982年8月、真言院の一人娘として生まれる。都留文科大学(文学部・初等教育学科)を卒業し、学習塾に就職。26歳のときに父が死去、27歳で4代目住職に就任。三児の母となり、現在子育て奮闘中。

真言院 寺院ページ

五十川幸導(いそかわこうどう)

雲晴寺住職。昭和53年(1978)年生まれ。平成2年得度(11才)。平成20年曹洞宗大本山總持寺の修行から帰山。坐禅を中心に、禅がもたらすやすらぎと力を人々に知っていただきたいと日々活動しております。

雲晴寺寺院ページ

藤田晃秀(ふじたこうしゅう)

常光円満寺住職。高野山にて修行し僧侶になる。その後、再生不良性貧血で骨髄移植を受けて命を授かる。現在、皆様に喜んでいただくために積極的に活動している

常光円満寺ページ

久住謙昭(くすみけんしょう)

妙法寺住職。1976年横浜市生まれ。高校から6年間を日蓮宗の総本山身延山にて修行生活を送る。その後、立正大学大学院文学研究科を修了。31歳で住職に就任。仏教をわかりやすく発信し、明るいお寺づくりを目指しています。

妙法寺寺院ページ

橘勇人(たちばなはやと)

林正寺住職。2014年から第20代目として住職を継承。もっとお寺と仏教を身近に感じてもらうため、お寺カフェを主宰。葬儀の際のムービー作成など、型に寄らない寺業を展開している。

林正寺寺院ページ

玉川将人(執筆)

1981年生まれ。5年間で約500件の葬儀を担当した1級葬祭ディレクター。現在は仏壇墓石の素心(兵庫県)に勤務し、日本初の仏壇店メディア『こころね』も運営。仏教や弔いに特化したフリーライターとしても活動。

玉川将人執筆のまいてら記事

井出悦郎(編集・監修:まいてら代表)

1979年生まれ、東京育ち。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を創業。寺院の経営支援と現場取材を10年以上継続し、全国の住職との協働や対話を通じて、供養や法事の実践知を継続的に体系化してきた。著書に『これからの供養のかたち』(祥伝社新書)

井出悦郎執筆のまいてら記事

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  1. 人の命は必ず母のお腹の中に宿り育ち、生まれてきます。しかし環境が適さないとうまく育まれなく亡くなることもありますし、止む得ない理由にて中絶を選択する方もいます。しかし親は、子供の存在に気づいたときに必ず幸せな気持ちになります。男性は宿ることがなくても、女性は何らかの形にて赤ちゃんとのつながりを感じながらも仕方なくという方もいます。また、上手く育まれなく亡くなることもあります。私たちも運良く生まれてこれただけかもしれません。
    私の甥は、パパの親にふたりとも中絶をしなさいと言われた中、運良く生まれてきました。しかし長女は、死産でした。もう一人授かり、やはりめぐり合わせというのは不思議なものです。
    どんな出会いでも宿り命に対して尊いという気持ちにさせてくれた赤ちゃんに感謝し、幸せになってほしい。そして、お腹に来てくれてありがとう。気づかせてくれたことに感謝したり罪を償ったりとか、色々な親子のご縁が形になり供養という型になると感じています。しかし、たたれないか?だけはなくなって欲しいです。大切な小さな命に対して失礼ですよね。

    1. 記事をご覧いただき、ありがとうございます。命によって寿命は違えども、同じ命として大切に思いたいですね。人によって様々なご事情を抱えている中でもできる範囲で供養することで、亡き命とのつながりを感じ続けられるのだと思います。
      おっしゃる通り、祟りとは命に対して大変失礼ですね。

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  1. 人の命は必ず母のお腹の中に宿り育ち、生まれてきます。しかし環境が適さないとうまく育まれなく亡くなることもありますし、止む得ない理由にて中絶を選択する方もいます。しかし親は、子供の存在に気づいたときに必ず幸せな気持ちになります。男性は宿ることがなくても、女性は何らかの形にて赤ちゃんとのつながりを感じながらも仕方なくという方もいます。また、上手く育まれなく亡くなることもあります。私たちも運良く生まれてこれただけかもしれません。
    私の甥は、パパの親にふたりとも中絶をしなさいと言われた中、運良く生まれてきました。しかし長女は、死産でした。もう一人授かり、やはりめぐり合わせというのは不思議なものです。
    どんな出会いでも宿り命に対して尊いという気持ちにさせてくれた赤ちゃんに感謝し、幸せになってほしい。そして、お腹に来てくれてありがとう。気づかせてくれたことに感謝したり罪を償ったりとか、色々な親子のご縁が形になり供養という型になると感じています。しかし、たたれないか?だけはなくなって欲しいです。大切な小さな命に対して失礼ですよね。

    1. 記事をご覧いただき、ありがとうございます。命によって寿命は違えども、同じ命として大切に思いたいですね。人によって様々なご事情を抱えている中でもできる範囲で供養することで、亡き命とのつながりを感じ続けられるのだと思います。
      おっしゃる通り、祟りとは命に対して大変失礼ですね。

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