「坐禅×音楽」で脳にアプローチする『Find Your Zen』。鎧を脱ぎ、素の自分と出会う(四天王寺住職・倉島隆行)
2023.12.22
倉島 隆行(くらしま りゅうぎょう)
大本山永平寺で修行後、欧州等へ参禅修行に向かう。その後、伊勢皇學館大学に結集された伊勢国際宗教フォーラム世話人としてダライ・ラマ14世を招聘するなど、様々な宗教の垣根を超えて諸宗教対話に尽力している。
「坐禅×音楽」で脳にアプローチ
「ゴーーーーーン」
どなたも一度は聞いたことがあるでしょう、NHK「ゆく年くる年」から響く梵鐘の音。紅白歌合戦で盛り上がった興奮のまま除夜に行くと事故が増えることが予想されるので、あえて日本人の心をクールダウンさせるために梵鐘の音を入れていると聞きます。
私は現在、潜在的な音を活用することで心に良い影響を与える『Find Your Zen』という坐禅指導に取り組んでいます。音楽プロデューサーの中脇雅裕氏の制作した「短時間で瞑想の効果を深める音楽」を使用し、坐禅の効果を最大限に引き上げます。
中脇 雅裕 (なかわき まさひろ)
大学在学中より、多くのTV・ラジオのCM音楽を制作。その後1990年代よりレコーディングディレクター・プロデュサーとして数々のアーティストの音楽制作を手がける。今までに制作に携わったアーティストはPerfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、CAPSULE、Jungle Smile、手嶌葵、E-Girls、SMAP、坂本龍一などジャンルを問わず多岐に渡る。その他にもメンタルコーチングの知識を生かした講演、執筆も多く行っている。特に執筆に関してはワニブックスより『あなたの仕事はなぜつまらないのか ~人生が500倍楽しくなる妄想力~』の出版、 雑誌「GQ」への寄稿、「婦人公論.Jp」でのエッセイの連載などがある。近年では、WHOも認めている音響療法「マナーズサウンド」を使用した「マナーズミュージック」の制作など、聞くことで心身への効果が期待できる音楽療法の研究を通し、新しい音楽の価値創造に取り組んでいる。
なぜこのような取り組みを始めたのか、背景をご説明いたします。
2019年まで私は全日本仏教青年会の理事長を務め、現代社会において仏教がどのように貢献できるかを模索していました。その際、色々な所でメンタル不調が増えている悩みを聞き、仏教によるメンタルケアを通じ、少しでも現代人の心の安寧に貢献したいと考えました。
そのような問題意識を持つ中で、ある方から次のようなことを言われました。
「これからは心の時代だ、現代人は心のケアが重要だと言われても、心がよく分からない。でも、脳にアプローチするということであれば分かりやすい。これからの時代は脳について話してくれるお坊さんがいてもいいのではないか」
なるほど脳か、と思いました。そして、坐禅という瞑想にフィット感があり、脳にアプローチできるものは何かと考えた時、音に行きついたのです。
思い起こせば、私も深山幽谷の永平寺で修行した際、境内に響く梵鐘、鳥のさえずり、せせらぎの音、木々のざわめき等、素晴らしい環境・自然に包まれた中での坐禅はとても気持ちが良いものでした。もし音がなかりせば、まったく違う修行の記憶になっていたでしょう。
そして、理事長職を辞した後も坐禅と音という問題意識を持ち続けていたところ、中脇氏とご縁をいただきました。中脇氏は科学的なデータに基づく音楽療法を研究され、お経や宗教など日本人の精神性を基盤に、音楽へと昇華させることを目指されており、問題意識がピッタリ合いました。このご縁が『Find Your Zen』の誕生へとつながったのです。
言葉で言い表せない音楽に包まれる坐禅
『Find Your Zen』のプログラムはいたってシンプルです。音楽が流れる中で坐禅に取り組み、終了後に一杯のお茶を飲むというものです。
この音楽がとても独特で、音楽音響療法の技術が使われています。
①ストレス解消につながる、聞こえない音「ハイパーソニック・エフェクト」
人の耳は20kHzまで聞く事ができますが、自然の中にはそれを遥かに超える高い周波数が満ちています。虫の声、川のせせらぎ、木々のざわめき等の聞こえない自然の音は、前頭葉の血流をアップさせることが分かっており、「ハイパーソニック・エフェクト」と呼ばれます。この音の効果によりストレスが解消され、穏やかな気持ちになります。
「ハイパーソニック・エフェクト」を作り出すため、伊勢神宮の五十鈴川の音や、チベットの宗教儀式で使われるチベタンボウルを音楽の中に組み込んでいます。
②深い瞑想誘導に導く「マナーズ・サウンド」
WHOも効果を認める音響療法の最高峰、イギリスのサー・マナーズ博士が研究開発した「マナーズ・サウンド」を音楽の中に組み入れることで、深かい瞑想状態をサポートします。これは音の振動により細胞に直接働きかけ、細胞を健康な状態に戻す効果があります。
これらの音に声明(散華の偈)が加わって、重層的なハーモニーとなり、坐禅の際に流れます。
実際どのような音楽なのかみなさんも気になると思います。しかし、端的にお伝えできれば良いのですが、とても言葉に言い表しづらい音楽なのです。手前味噌ですが、実際体験しないと味わえない音楽です。私たちは何でも言葉で理屈として理解したがりますが、坐禅は言葉そのものを超越し、得も言われぬ境地に人を導くものなのであれば、言葉に言い表せない音楽というのは、その境地に近づく後押しになると言えるかもしれません。
そして、プログラムの内容に加え、とても重要だと感じるのは坐禅に取り組む「場」「空間」です。
私たちは2023年6月にロサンゼルスとニューヨークで『Find Your Zen』を実施しました。ロサンゼルスのジャパンハウスは大変良い雰囲気で取り組めたのですが、ニューヨークでは屋外の喧噪と離れることが難しく、雰囲気を完全に整えることが難しかったです。
日本では、10月に明治記念館(東京都港区)で実施しましたが、最高でした。坐禅堂と茶室が融合したような空間であったことに加え、自然や祈りの場所が近くにあったことも大きいと思います。言葉にならない地場の力から、気づかないうちに良い波動をもらっていたのでしょう。
鎧を脱ぎ、本来の素直さが表出する
参加された方からは次のような声が共通して聞かれます。
「ただ坐禅するよりもリラックスして集中できた」
「温泉入った後のようにジワジワと温かさが持続した」
「最後のお茶が一口、一口、とても味わい深かった」
その他にも「霧が晴れたような感じ」とか、アーティストの方からは「自分の表現に違いが出る」とおっしゃっていました。
参加者の方と話すと、終了後にみなさんが「素直になった」という印象を受けます。というのは、話される感想や出てくる言葉が取り繕っていない素のままだと感じます。自分をかっこうよく表現したり、よく見せようという意図が見えないのです。、
素の五感を久しぶりに感じることで、世界と触れ合うフィルターがキレイになったのでしょう。私たちは、日常の社会生活に適合していくために様々な仮面や鎧を身に着けていますが、見栄や映えを気にすることなく、鎧を脱げたことが『Find Your Zen』がもたらした価値なのかもしれません。
考えたら茶室というものは、双方が敵であったとしても、鎧と刀を脱いで入り、対等な人間としてお茶を味わいます。『Find Your Zen』は坐禅堂と茶室が融合したような空間でこそ、人々が本来持つ素直さを開発できると考えています。
現代に合った柔軟なカタチで、人々の安心に貢献したい
これからの『Find Your Zen』は、お寺などの宗教施設というよりは、みんながフラットに集まるところで瞑想を広めたいと考えています。お寺に来てくださいではなく、私たち僧侶が多くの方々に会いに行くことが大切だと思います。
次回は2024年5月頃に都内での開催を予定しています。時期が近づきましたらホームページを通じてご案内してまいります。
そして、力を入れたいのがインターネットを通じたオンライン道場です。
幸いにも技術の進歩で、ハイレゾの音楽が楽しめるヘッドホンも、以前よりは比較的安価に手に入る時代になりました。
特に悩みが深くて家から出れない方や、医療機関や施設に入られている方も多くいらっしゃいます。心身が健康な方だけでなく、どのような境遇の方でも、坐禅と音楽が融合した『Find Your Zen』を通じて元気になっていただきたいです。
そして、オンラインのプログラムを味わった方が、近くの神社やお寺にお参りし、木々がざわめきや鳥のさえずり、そよ風や木漏れ日など、本物の自然を味わっていただきたいと考えています。
そのためにも、色々な神社やお寺の音を収録して、音楽にしていきたいと考えています。実は伊勢神宮・五十鈴川の音は、参拝時間が終了した17時以降に収録させていただいたものです。そのような人為的な音が入っていない、本物の自然の音をアーカイブすることを目指していきます。
以前から世界中で流行しているマインドフルネスは「仕事の効果を上げる」など、何らかのパフォーマンスと紐づいた目的的なものが多く見られます。
一方、『Find Your Zen』は目的的なパフォーマンスを追い求めるのではなく、一人ひとりが深層心理に近づき、自分にとって大切なものに気づいていただくことにフォーカスしたいと考えます。したがって、パフォーマンスというよりは、ブレーキをかけると言ったほうが合っているかもしれません。
大量の言語・視覚情報にさらされ続けている現代人の脳は、本質的なリセットが必要です。軽いリセットではなく自らの足元を見つめる、禅の言葉でいえば脚下照顧のリセットが『Find Your Zen』の特長と言えます。
(11月にインドのランカラで開催されたTEDでお話しました。その際の動画もぜひご覧ください。)
仏教は時代に合わせて、柔軟にその形を変えてきた側面があります。絶対に変えてはいけない型や形を見極めながら、仏教が現代社会を生きる人々の安心につながるよう、『Find Your Zen』も精進していきます。