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ご門徒さんこそ宝。どこまでも「欲張り」な夫婦の想い – 西法寺 住職 西村達也さん 坊守 聡子さん(北九州市八幡西区)

2019.11.19

住職と坊守は「最高のパートナー」

西法寺さいほうじ の入り口には門扉がなく、隣の保育園からは子どもたちの活発な声が聞こえる。正面には平成26年に建立こんりゆう されたきれいな本堂がお参りの人たちを迎え入れ、その裏にある納骨堂は、耐久性に優れ幅広い世代が共感できるデザインがグッドデザイン賞も受賞している。

しかし、西法寺の一番の魅力はこのような建物や施設だけではなく、そこに集う「人」そのものだということを、住職の西村達也にしむらたつや さん、坊守ぼうもり 聡子さとこ さんの人柄に触れてすぐに感じた。境内に足を踏み入れると中の空気はすがすがしく、時間がゆったりと流れ、お参りする人たちの顔もみな穏やかだ。

西村さんご夫妻は、お互いを「お寺を一緒にやっていく上での最高のパートナー」だと、ごく自然にたた えあう。
 
「坊守さんはね、とにかく優しい人ですよ。人に対して、門徒さんに対して、命に対して。保育園の子どもたちにお話しするときも、『あなたは大事なあなたですよ。みほとけさまはいつも見守っていますよ』と頭を でてあげる。そしてね、自分がするべき役割や立場を与えられたら絶対に弱音を吐かない。感心します」と達也さん。

聡子さんも「住職は人の集まる明るい人です。若いときから老若男女いろんな人から好かれていました。何よりお寺や仏様に対する姿勢をとっても尊敬しています。出会いはお見合いでしたが、お寺に対して真剣な考えを持っている人がいいなと思っていました。私は若くに父を亡くしましたが、父もお寺に対して真剣な人でしたから、この人とだったら父も楽しくお酒を飲めただろうなと、そう思える人ですね」と讃える。

お寺への真剣な想いはどこから来ているのだろうか。ふたりは口をそろえて「欲そのものだ」と表現する。
 
「私は弁も立たないし頭も良くない。でも友達だけは昔から多かった。その上で根が面倒くさがりな人間です(笑)。だからこそ、自分が動かなくていい組織を作りたかったのかもしれません。それはもう自分の『欲望』ですよね。そもそも、お寺というのはご門徒さんで成り立っていて、住職ひとりでは何もできませんしね」と語る達也さんに、聡子さんが「住職も私もお互い長男長女ですから、嫌な顔を表に出しちゃいけないという心理が働くんでしょうね。家の奥から表に出る扉があるんですが、私は『大魔神の扉』と呼んでます(笑)。その扉で気持ちを切り替えるんです。嫌な顔は絶対にしないぞと。ただのかっこつけですよ。よく見られたいという欲があるんです」と続ける。

モチベーションの根源は、病と死

二人三脚でお寺を切り盛りする西村さんご夫妻。しかしはじめから足並みがそろっていたわけではないようだ。住職になりたてのころ、肩に力の入っていた達也さんはいろんなことをひとりで背負い込むことも多かった。そこで当時の総代の一言に救われたという。
 
「『自分ひとりで抱え込んだらいかんよ。相談してくれ』と言われました。雷が落ちたようでしたね。お寺の方向性を住職ひとりで考えていくこと自体が傲慢ごうまん やないかと、そう言われたような気がしました。それ以降、いろんな場面でご門徒さんの力を借りるようにしていきました。そもそもの性格と、総代さんのその一言のおかげで、ご門徒さんが主役のお寺にしていこう、ご門徒さんの力を集めていこう、という風に思えるようになりましたね」

西法寺は門徒主体の会計の仕組みができあがっており、聡子さんいわく「『おあさじ』の準備も朝早くからご門徒さんがしてくださる。なんでもしてくれるので、こちらとしても安心して任せられます」とのこと。おあさじとは毎朝6時半から行われる誰もが参加できる朝の勤行ごんぎよう のことで、住職不在の日でも門徒の力で毎朝欠かさず、20年以上も続いているそうだ。

毎朝6時半からの「おあさじ」の様子

おあさじの後、毎朝7時に鐘をつくのもご門徒がおこなう

一方、坊守の聡子さんもまた、主婦業と坊守業との間で長年葛藤していた。
 
「お寺をよくしていこうとアンテナを張って、いろんなことに意欲的に取り組んでいる住職に、家事や子育てに追われる私はどんどんついていけなくなる時期がありました。あるときご門徒の方に『坊守は何もわかってないけんねー』と言われたのですが、自分がプロではないことを突きつけられたようで、本当にショックでした」

これ以上住職に遅れを取れないという危機感を抱えていた聡子さんが変わるきっかけとなったのは、寺院向けの勉強会への参加だった。「住職が一緒に参加しようと誘ってくれたんです。もうこれが最後のチャンスだと思いました。ここを逃すと私はダメだと思い、すがりつくように受講しました」

夫婦での参加は西村ご夫妻だけだったそうだ。達也さんは「一緒に参加して本当に良かったと思います。私たちにはこれといった趣味はないですが、しょっちゅう夜遅くまでお寺について話し合う。本当にふたりとも良いお寺にしたいという欲が深いんですよ」とふり返る。

夫婦そろっての勉強会への参加が、ふたりの足並みを徐々にそろえていく。それぞれの「お寺を良くしたい」という欲はひとつになり、力強くお寺を前進させる。そのモチベーションの源泉に迫ると、病と死というふたつの言葉が浮かびあがる。
 
「私が50歳のころに坊守が大病をしたんです。そして私もいまから3年半前にがんが見つかった。病が現実的に私たち夫婦に降りかかってきた。あるときふたりで話したんですよ。「いつどうなるか分からんね。本当にしたいことをしたいね」と。するとね、お互いのこのお寺をもっといいお寺にしたいという共通の想いが、より深まったんです」と達也さん。

聡子さんにも大きな死別の体験があった。「私は19歳の時に、とても大好きだった父を失ったのですが、喪失感が半年続いて、本当に毎日のように泣いていましたね。そんなときに、竹下たけした さとる 先生(長崎県教育長を務めた浄土真宗系の随筆家)が自坊に来てくださり、『お父さんに会いたいんやろ。会いたければ念仏をとな えなさい。念仏の中でいつでも会える』とおっしゃったんです。当時はなんのことかわからなかったのですが、二度と会えないと絶望してた父にまた会えるんだと、それが励みになり、仏教を信じ、得度とくど を受けるまでに至りました」と語る。

その横で達也さんが「坊守さんは、身近な人を亡くすことがとてつもなく悲しいということを知っている」と続ける。「だからこそ『すべてのご門徒さんに会いたい。お寺に来ても誰にも会えずに悲しい気持ちのまま帰られるのは嫌だな』と言ってますね。とわたしにはその経験がないから、正直わからない」

「すべてのご門徒に会うなんてことは難しいんですが、それも欲張りなんです(笑)。寄り添いたい、話を聴きたい、そう思ってしまいます」と、聡子さんは門徒への想いが「欲」であることを嬉しそうに語る。

いつ亡くなるか分からないわが身だからこそ、今日をいかに生ききるかがふたりの共通のテーマだという。「子育てしているときも娘たちに『明日死ぬかもしれないぞ! 今日を一生懸命に生ききったか?』としつこく迫ったものです(笑)。でもだからこそ、やり残したことがないようにしたいんです」と達也さん。

ご門徒さんこそ宝。その想いが人々をつなぐ

現在の本堂

平成26年に落慶らつけい した新しい本堂は、まさにふたりのお寺への想いとご門徒さんの力が成し遂げた一大プロジェクトだった。本堂の再建は、門徒をはじめとするさまざまな人の支援がなければなし得ないのだが、住職は思い切って「自由懇志こんし 」という方法を採用した。つまり一人当たりの寄付金を門徒数で割り振るのではなく、自由に決めてもらうのだ。これは現代の仏教寺院ではなかなか例を見ない。達也さんはしみじみとこうふり返る。
 
「若くして旦那さんを亡くされた女性の方が『寄付ができないから門徒を辞めたい』と打ち明けてきたこともあれば、最晩年の老夫婦が手を震わせながら言いにくそうに『戒名かいみよう 料はいくら包めばいいですか』と訊くためにわざわざお寺までやって来られたこともありました。本来、人々に安心を与えるはずのお寺が不安を与えていることがショックでした。寄付やお布施がプレッシャーとしてのしかかるのであれば、そんなやり方は何かがおかしいわけです。そんな想いから、自由懇志にしました」

はじめはたくさんの不安の声が上がったが、「懇志活動はお金の関わる真剣な教化活動」という住職としての信念を貫き、その想いはすべての門徒に響いたようだ。本堂再建事業によって門徒を辞めると申し出た人はひとりもいなかったという。
 
「時間や手間はかかりました。でも、仏様がおられる本堂を築くという一大事業に一人でも多くの人に参画してほしかったんです。金額の大小ではなく、わずかなお金でも自分が携わったお寺だ、というふうに思ってほしかったんです。『オレの寺だぞ!』と自慢してほしいですね」

ただ本堂という建物を建て替えるだけではない。その新しい本堂で何ができるか、何がしたいか。ハード面とあわせてソフト面も考えたかった達也さんは専門委員会を立ち上げた。老若男女それぞれの世代から選ばれた11名の委員が、さまざまな想いや知恵を出しあう姿に、門徒の力のすごさを気づかされた。
 
「みんなの知恵が本当にすごかった。お寺は本当に住職一人じゃ何もできない、ご門徒さんのものなのだなあということを改めて教えてもらいました。だからこそ、みんなのお寺をみんなの手で作ろうじゃないかと、懇志活動にもより力が入りました」

大切なお金を出してもらうんだから、仏様やお寺の素晴らしさを共感してもらわなければならない。喜んでもらわなければならない――達也さんは決意をあらたにしたという。

ご門徒100名が実行委員会を組織してとり行った大法要にて

このプロジェクトによって、さまざまな門徒同士のつながりもできたという。納骨堂の移設の時には、お手伝いの役員と門徒の間で故人や先祖の思い出話が盛り上がり、それを聞いている別の人がもらい泣きをした。懇志をいただいた瓦を地元の大学生に運んでもらって、屋根の上で棟梁による講義が始まったりもした。そうしたさまざまなエピソードをふり返りながら聡子さんは「お寺という場所を通して人と人のつながりがさまざまな場面で生まれた、まさに素晴らしいイベントでした」とふり返る。

お寺は誰もが立ち寄ることのできる公共空間であり、仏様や死者と向き合う宗教空間でもある。そこにさまざまな属性の人たちが集うからこそ、お寺の可能性をまだまだ引き出せるのだと達也さんは信じている。
 
「『ご門徒さん』とひとことで言っても、性別、年齢、性格、職業、家庭環境など、さまざまです。でもお葬式になると、どんな人も仏様の前、そして亡き人の前では、ひとりの裸の人間に立ち返って、肩書きを捨てて、こうべを垂れるんですね。宗教空間とはそういう場所なんです。その上で、たくさんの人々をつなぐことでそれが大きな力になる。その力を、ご門徒さん自身のために、ひいてはそのご家族、社会全体のためになるようにしたいですね」

25年ほど前、学校が休みになる第二土曜日に始めた「西法寺子ども会」の様子。現在も小学生を中心とした「土曜学校」として活動を継続している

仏教壮年会の例会の様子(2019年11月撮影)

「ご門徒さんこそ宝」。お寺は門徒によって支えられているが、その門徒の力を集めることこそが、住職や坊守の仕事なのかもしれない。人の集まる求心力を持つ達也さん。悲しさを知っているからこそ大きな優しさで人々に向き合う聡子さん。ふたりは約4時間かけてお寺への「欲張りな想い」を語ってくれた。

インタビューを終えたあと、聡子さんに「話をしているご住職のことをずっと見つめていましたね」と水を向けると、こう答えてくれた。「住職が話をしている姿を見るのが、好きなんです」
 照れくささからか、いつも以上にふたりは高らかに笑い声を上げた。この明るさこそが、西法寺に人を集める源泉なのだろう。

お寺画像
福岡県北九州市八幡西区
無量山 西法寺
「ご門徒さんは宝」を合言葉に─

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とむらいマン

とむらいマン

1981年生まれ。家族の立て続けの死をきっかけに、生涯を「弔い」に捧げています。葬儀社、仏壇店、墓石店に勤務して13年。供養業界に携わりながら、祈りや弔いの素晴らしさを言葉を通じて発信しています。 「この世を生きるということは、亡くなった人とともに生きることなんだよ」ということを、私たちはついつい忘れがちです。お寺は、そんな大切なことを思い出させてくれるとってもありがたい場所です。お寺の魅力を発信することで、祈りや弔いの素晴らしさをお伝えできればと思います。

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