お彼岸ってなんですか? – 期間、由来、お盆とのちがいから宗派ごとの特徴まで【教えて!お坊さん】
2020.03.09
春と秋の年2回あるお彼岸 。お寺やお墓にお参りする季節であることはなんとなく分かるけれど、よく考えてみると、こんな疑問がわいてきませんか?
「彼岸はいつからいつまで?」
「なんでお彼岸っていうんだろう?」
「お盆となにがちがうの?」
「お彼岸には結局なにをすればいいの?」
こうした素朴な疑問について、「お坊さんに教えてもらおう!」ということで、さまざまな宗派、地域のお坊さんに、お彼岸についてうかがいました。
お彼岸ってそもそもなんですか?
まずはお彼岸について基本のキから。
お彼岸とは、春分の日と秋分の日を中心に年2回、仏さまやご先祖さまを供養 する期間のこと。春分と秋分をそれぞれ「彼岸の中日 」といい、前後3日間、合計7日間がお彼岸です。
実はお彼岸という行事は、インドや中国では見られない日本独自の文化ということをご存知でしたか? かつて平安京を開いた桓武 天皇が、早良親王 の怨霊 を鎮 めるために、春分と秋分を中心とした七日間、昼夜問わず供養をおこなったのがお彼岸のはじまりと伝えられています。
いまでは、彼岸の中日には自分の先祖を供養し、あとの6日間で「六波羅蜜 (悟りの境地にたどり着くための6つの善行)」を1日ずつ修めることとされています。波羅蜜はサンスクリット語の「パーラミター」のことで、これによって迷いや煩悩 に満ちた苦しみの世界(此岸)から涅槃 の境地(彼岸)に至ることができるのです。
六波羅蜜とは?
六波羅蜜とは次の6つの善行を積むことです。
●布施(ふせ:分け与えること)
●持戒(じかい:戒律 を守ること)
●忍辱(にんにく:耐え忍ぶこと)
●精進(しょうじん:努力すること)
●禅定(ぜんじょう:心を落ちつかせること)
●般若(はんにゃ:ものごとの道理を見抜く深い知恵を得ること)
なんとなく分かるような分からないような……。
妙昌寺 の村尾住職(兵庫県・日蓮宗)に、もう少しかみくだいて教えてもらいましょう。
村尾住職いわく、六波羅蜜のうち、布施以外の5つは自分自身への修行なのに対し、布施は利他行 、つまり他人のためになることの実践です。人のためによいことをすることが自体が、すでに修行なんだそう。「お布施と聞くとついついお金を連想しますが、よい教えを広めること(法施)や、人の不安や悲しみに寄り添うことも立派な布施行なんですよ」
法華寺 の庄司住職(大阪府・法華宗)によると、日蓮上人 は『彼岸抄』の中で「お彼岸の間にいいことをすれば、その功徳はいつも以上の果報になる」と説かれているそうです。「小さなゴミを拾うことでもいいんですよ」と庄司さんも彼岸期間中の善い行いを勧めます。
日想観 真西に沈む太陽を拝むって本当?
彼岸とは、涅槃の境地のこと。宗派によってはその方角が大きな意味を持ちます。春分や秋分の時期、太陽は真東から昇り真西に沈みます。古来より、真西に沈む太陽をことさら大切にしてきたのが浄土教。阿弥陀如来 の極楽浄土は西の彼方 にあると言われており、朱 く染まった西の空に極楽浄土を思い描く、これが「日想観 」です。
日想観を特に重んじる浄土宗の妙慶院 の加用 住職(広島県)によると、『観無量寿経 』というお経の中には、極楽浄土の情景を思い浮かべる16の修行法が示されており、一番はじめに登場するのが日想観だそうです。浄土宗では、六波羅蜜ももちろんですが、いつも以上に念仏をとなえるいわば「念仏推進週間」のようなものとしてお彼岸を捉えています。「毎日お念仏できればいいのですが、お彼岸という時期をあえて設けることで、手を合わせることの大切さに気づけるのでは」と加用住職。
お彼岸にはなにをすればいいの? してはいけないことは?
六波羅密に日想観。なんだかこむずかしいですよね。では私たちはお彼岸期間中、具体的にはなにをすればいいのでしょうか。
お彼岸には、お寺の法要やお墓にお参りをすることが奨められています。善西寺 の矢田 住職(三重県・浄土真宗本願寺派)は「お寺やお墓にお参りすることで、ご先祖様と向き合って、私たちの命がどこからやってきて、どこへ向かっていくのかを考えるきっかけになるのでは」と話してくれました。
また、お彼岸期間中に特別してはいけないことはないようです。結婚式や引っ越しは避けた方がよいという俗説もあるようですが、さまざまなお坊さんに尋ねてみても、仏教的にはなんら問題ないとのこと。
お盆とお彼岸はなにがちがうんですか?
ご先祖さまを偲 ぶ仏事 として、お彼岸と同じく代表的なものにお盆があります。このふたつはいったい何がちがうのでしょうか?
興徳寺 の青木住職(大阪府・真言 宗)によると、「お盆はご先祖さまがお家まで帰ってくるのを迎え入れるのに対し、お彼岸は私たちがご先祖さまに会いに行くのです」。他のお坊さんも表現はちがえど、同じように言います。
「お盆はご先祖さまだけでなく、六道輪廻 における餓鬼道 に落ちてしまった救われないの霊の供養もする。お彼岸はあの世を願って自らが修行をする期間」(法華寺・庄司住職)
「お盆はご先祖さまと向き合う時間。お彼岸は自分自身と向き合う時間で、その善行の中に先祖供養も含まれる」(耕雲院・河口副住職/山梨県・曹洞宗)
お彼岸はあくまで善いことをする修行の期間、自分自身と向き合うタイミングであるようです。その上で、ご先祖さまがいなくては自分自身はいないということから、お彼岸の善行と先祖供養がしだいに結びついていったのかもしれません。
どうして「ぼたもち」「おはぎ」を供えるの?
お彼岸のお供 えといえば、ぼたもちとおはぎ。実はふたつは同じ食べ物ですが、春の花である牡丹 と秋の花である萩 にちなんでこう呼ばれています。お彼岸のお供え物になった由来は諸説ありますが、臨床心理士の資格を持つ法華寺の庄司住職によると、「あずきの赤には魔除 けの意味があり、心理学でも不安を軽減するときには甘いものがいい」のだそうです。赤くて甘いお供え物。不安も多い迷いの世界(此岸)から、悟りの世界(彼岸)を想う日だからこそ、ぼたもちやおはぎがお彼岸に供えられるようになったのかもしれません。
ちなみにお寺の本堂では、ぼたもちやおはぎはあまり供えないようです。なぜなら積み上げるのに不向きだから。「お供えとして積み上げるとどうしてもベチャっとなってしまうため、お参りの人に配れないんです」興徳寺・青木住職)という、お寺の裏事情もあるようです。その代わり、お参りの人たちに持ち帰り用のぼたもちやおはぎをふるまうお寺が多くなっています。
お寺の彼岸法要ってどんなもの? 檀家じゃなくても参加できる?
彼岸期間中には日本じゅうの多くのお寺で彼岸法要が催されます。お寺の檀家 やお参りの人たちが本堂に集まり、ともにご先祖さまや亡くなった方を供養します。
彼岸法要は二部構成で行われ、法要のあとにはゲストで招かれた説教師の法話を聞くことが多いようです。お寺によっては、落語家や著名人などを招くこともあり、これを目当てにお参りする人もたくさんいます。そして、ありがたいお話のあとは、昼食やおみやげがふるまわれます。
「お寺の彼岸法要にお参りしてみたい!」と思った方は、まずは電話で問い合わせましょう。というのは、彼岸法要のお参りをオープンにしているところもあれば、檀家や信徒向けとして一般には開放していないお寺もあるからです。
たとえば広島市の超覚寺(真宗大谷派)では、掲示板やSNSで精力的に法要の情報を発信しています。有名説教師の法話目当てのリピーターも多く、「最近では若い人のお参りも増えてきました」と、仏教が少しずつ若い世代に受け入れられていることに手応えを感じているもよう。
また、浄土宗では、他の宗派にはない「数珠 くり」という儀式があります。本堂いっぱいに広げた大きな数珠を参列者みんなで繰りながら念仏を唱える、参加型の法要です。「数珠くりや、そのあとの法話を聞きに来るだけでも構いませんよ」と、妙慶院の加用住職は気軽にお寺にお参りすることを勧めています。
ただし今年(2020年)は、新型コロナウイルス感染予防のため、数多くの寺院が法要の中止を余儀なくされています。対応はお寺によって異なるため、毎年のように法要に参列している人も、必ずお寺に確認しておきましょう。中には、妙法寺(神奈川県・日蓮宗)や大蓮寺(大阪府・浄土宗)のように、法要のもようをインターネット配信で生中継する寺院もあるそうです。
季節のあわいに「彼岸」を想う日本人の感性
「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるように、冬は春へ、夏は秋へと移ろうのがお彼岸。この季節の“あわい” に仏教の「中道」の教えが見えると、耕雲院の河口副住職は話します。
「禅のことばに、『一枝の梅花 雪に和して香し』というものがあります。春とも冬とも言えない季節の“あわい” に、梅の花と春の雪が和す(ひとつになる)ことで、その季節だけのかぐわしい香りを放つという意味です。中道とは、善と悪、この世とあの世、出家と在家などのすべての対立を超越する境地のことですが、彼岸という季節の変わり目に、私たちはその境地(=彼岸)を想うのです」
長い冬を終えて、あたたかいの季節の到来によろこびを感じる春のお彼岸。夏の暑さがやわらぎ、田んぼの収穫と祭りの季節を迎える秋のお彼岸。季節の変わり目をご先祖さまとともによろこび、「彼の岸」を想うところに、日本人の死生観が見えるのかもしれません。
ご先祖さまとのつながりを再確認して、ともに新しい季節の到来を寿 ぐお彼岸。お寺やお墓へのお参りが、みなさんご自身を見つめ直すきっかけになるかもしれません。
(メイン画像協力:妙法寺 久住謙昭住職)
ご協力いただいたお坊さん(登場順)
村尾 雄志(むらお ゆうし)
1964年生まれ。立正大学卒。大荒行、布教研修所、声明師、九識霊断を修め、28歳で住職に就任。現在は臨床宗教師として悲嘆や苦悩に寄り添い、スピリチュアルケアなどの傾聴活動を行っている。趣味:料理、雅楽
庄司 真人 (しょうじ しんじん)
平成30年4月、住職就任。公立中学校社会科教師として18年勤務後、退職。現在は臨床心理士、学校心理士、特別支援教育士の資格を持ち、寺務と並行して公立学校カウンセラーとして勤務。僧侶本来の姿勢は、人の悩み、苦しみに寄り添うことであるとの思いから、宗教と心理学の両面から檀信徒の方々に向き合っている。
加用 雅信(かよう がしん)
1971年広島県生まれ。東京工業大学大学院修了。建築設計事務所で勤務の後、お寺に戻る。デザインやアート好きで、お茶をしながら話を聴くひと時を愛するお坊さん。カウンセリング、傾聴、グリーフケア他も学ぶ。
矢田 俊量(やだ しゅんりょう)
1963年桑名市生まれ。名古屋大学大学院理学研究科修了。理学博士。生命科学の研究者が尊いご仏縁により僧侶に転身。向きあう対象は「生命」から「いのち」へ。専門はグリーフサポート。龍谷大学非常勤講師。
河口 智賢(かわぐち ちけん)
1978年山梨県生まれ。駒澤大学を経て、曹洞宗大本山永平寺にて4年間修行。坐禅や精進料理など「禅」の魅力を発信する布教活動に邁進する。全日本仏教青年会理事・全国曹洞宗青年会第22期副会長を歴任。映画『典座ーTENZOー』主演・製作
和田 隆恩(わだ りゅうおん)
1967年京都府生まれ。山形大学理学部卒業。証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。遺族の分かち合いや傾聴相談など地道なグリーフケア活動を続ける。認定臨床宗教師。
久住 謙昭(くすみ けんしょう)
1976年横浜市生まれ。高校から6年間を日蓮宗の総本山身延山にて修行生活を送る。その後、立正大学大学院文学研究科を修了。31歳で住職に就任。仏教をわかりやすく発信し、明るいお寺づくりを目指しています。