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	<title>法事 &#8211; まいてら</title>
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	<description>安心の寺院・僧侶紹介。あなたにピッタリの探し方</description>
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		<title>法事を重ねる中で見えること。息子の十三回忌を終えて（井出悦郎）</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/the13th_memorialservice/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 13 Jul 2025 23:41:40 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　まいてら編集部の井出悦郎は、息子さんの十三回忌を営んだ際、法事の前後のプロセスを通じて色々な気づきに出会えたそうです。 　現代において法事の価値を見つめ直す、「法事のすゝめ」とも言える記事かもしれません。ぜひご一読くだ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>まいてら編集部の井出悦郎は、息子さんの十三回忌を営んだ際、法事の前後のプロセスを通じて色々な気づきに出会えたそうです。<br />
<em>　</em>現代において法事の価値を見つめ直す、「法事のすゝめ」とも言える記事かもしれません。ぜひご一読ください。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/02/prof_ide2.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">井出悦郎（いでえつろう）</p><p class="c_profile__txt-a">1979年生まれ。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める。東京大学文学部卒。<br />著書に<a href="https://amzn.to/3Hnyp79" rel="noopener" target="_blank">『これからの供養のかたち』（祥伝社新書）</a></p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/column/etsuro_ide/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>井出悦郎の記事一覧</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<h2 class="c_header_post-b">法事は関係性の再起動。故人が家族の関係性に息吹を吹き込む</h2>
<p><em>　</em>先日、生後２ヶ月で亡くなった長男の十三回忌を執り行いました。<br />
<em>　</em>葬儀、四十九日忌、一周忌、三回忌、七回忌を経て、十三回忌ともなると、法事をどこまで続けるのか、家族・親戚にもどのように声をかけるのかと、正直迷うところもありました。<br />
<em>　</em>私と妻双方の実家に呼び掛けたところ、両家の両親、兄弟たちは快い二つ返事。あっさり快諾してくれたことにうれしさを覚えました。<br />
<em>　</em>例えばお正月など、各家それぞれで集まることはあっても、両家全員が一緒に集まるのはなかなかないもの。そして、両家全員がわざわざ集まるもっともらしい理由を考えることは意外と大変です。しかし、法事は両家が集まる理由をあっさり提供してくれるのだと気づかされました。</p>
<p><em>　</em>法要の際、子どもたちが一生懸命にお経を読もうとしたり、大人たちの真似をして焼香する姿に成長を感じました。<br />
<em>　</em>法事後の会食では、子どもたちはポケモンカードで遊んだり、走り回ってかくれんぼ、大人は会話に熱中し、それぞれが思い思いに時間を過ごしていました。その光景を見て、「今日は法事をやって良かったなぁ」としみじみ感じました。</p>
<figure id="attachment_37940" aria-describedby="caption-attachment-37940" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-1024x768.jpg" alt="焼香" width="640" height="480" class="size-large wp-image-37940" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2.jpg 1477w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-37940" class="wp-caption-text">子どもたちなりに焼香と合掌</figcaption></figure>
<figure id="attachment_37941" aria-describedby="caption-attachment-37941" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial3-1024x768.jpg" alt="ポケモンカード" width="640" height="480" class="size-large wp-image-37941" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial3-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial3-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial3-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial3.jpg 1477w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-37941" class="wp-caption-text">ポケモンカードに興じる子どもたち</figcaption></figure>
<p><em>　</em>故人を中心に置く法事は、家族・親戚の「関係性を再起動」させる力があり、供養は故人のためだけでなく、実は“<ruby>遺<rt>のこ</rt></ruby>された人たちのため”でもあるのだと再認識させられました。死してなお、家族の関係性に息吹を吹き込み続ける息子の存在は大きなものがあると、親としてうれしく思います。</p>
<h2 class="c_header_post-b">法事を準備する過程で、妻と激動の日々を振り返る</h2>
<p><em>　</em>十三回忌に向けた準備をする中、妻と12年間を振返りながら、当時の激動の日々、12年を経ての家族や人生の変化について色々と話しました。</p>
<p><em>　</em>妻は時々、「当時の記憶があまりない」と言います。その言葉を聞くたびに、お腹を痛めて生んだ、生後間もない我が子を亡くすことの母親のショックは相当なものだと感じさせられてきました。<br />
<em>　</em>ただ、年数を重ねる中で妻の悲しみも変化したのでしょう。近年は当時のかすかで断片的な記憶を自分なりに整理するかのように、言葉をつむぎ出しながら語ってくれます。少しずつ語ることで、妻なりに息子の存在を、自分の人生と家族の大切な物語に昇華させているのだと感じます。</p>
<p><em>　</em>私自身を振り返ると、当時は「私が倒れたら家族はおしまい」と、始終気を張りつめていました。主治医の先生から息子の厳しい状況を伝えられる日々の中、「お父さん、とても冷静ですね」と驚かれたこともあります。<br />
<em>　</em>思えば当時の私は、事実を見つめることと、事実についてどのように思うかという感情を一生懸命分離していました。事実と感情が混ざり合ってしまった瞬間に、自分が壊れ、それは即座に家族が壊れていくことにつながるという強い直感があったのです。鉄仮面のような冷静さをまとうことは、私なりに自分と家族を守るための防衛本能だったのだと感じます。</p>
<p><em>　</em>ただ、そんな私でも、とてもつらいことがありました。当時は街で楽しそうにしている他のご家族の様子が非常にカラフルでキラキラとまぶしく映り、そのような場面に出会うたびに目を伏せたり、歩く道を変えたり、近くの建物に駆け込んだり、まぶしさによって心が火傷しないよう、ダメージを必死に避けていました。<br />
<em>　</em>当時の私たち家族の日々はカラフルさとは隔絶し、休日は家にこもってばかり。あえて色に例えれば、当時は毎日をモノクロの記憶とすることで感覚を麻痺させ、自分たちの心を防衛するような日々でした。</p>
<h2 class="c_header_post-b">法事は人生や関係性を振り返る、家族による集団的リフレクション</h2>
<p><em>　</em>人生には色々な単位の時間が巡ります。一日、一ヶ月、一年という客観的な時間の流れもあれば、入学・卒業・就職等のライフステージという、人生の成長を意味づける段階的な時間の流れもあります。<br />
<em>　</em>昨今は社会の変化が加速する中、目の前の仕事や予定に忙殺され、長期的な視点で物事を見ることが難しくなっています。現代人は物事の見方がおのずと短期化していると言えるでしょう。</p>
<p><em>　</em>一方、法事は●回忌という形で、時間を強制的に長い間隔で切り取ります。しかも、三回忌以降は４年と６年の繰り返しという絶妙な時間で回忌がめぐってきます。<br />
<em>　</em>今回の十三回忌に参列した家族・親戚みんなと、しみじみ12年前を振り返るということはしませんでしたが、それぞれに「あれから12年かぁ」と去来する気持ちはあったのではと思います。</p>
<p><em>　</em>12年という歳月の中で新しい命も誕生し、子どもたちも大きくなりました。家族・親戚みんなで人生や関係性を振り返る集団的リフレクション(内省)の機会でもあるということが、法事の意義の一つだと感じます。<br />
<em>　</em>振返りを通じて、私たち家族にとっても、モノクロの記憶は、時の流れとともに色彩を取り戻し始めています。息子が“いない”ことを嘆き悲しむのではなく、息子が“いてくれた”ことに感謝する、温かい記憶に変化していると感じます。</p>
<h2 class="c_header_post-b">私たちは故人から案じられている存在</h2>
<p><em>　</em>法要当日、住職は「日々の忙しさの中で故人と丁寧に向き合う時間はなかなか取れないものですが、ご家族みなさんが今日のようにお集まりになり、故人に向き合われる時間を持たれることそのものが尊いことだと思います」と優しく語られた後、「<ruby>啐啄同時<rt>そつたくどうじ</rt></ruby>」という法話をしてくださいました。</p>
<p><em>　</em>この言葉は、特に禅宗で語られますが、鳥の雛が卵の中から殻を破ろうとつつく(＝<ruby>啐<rt>そつ</rt></ruby>)際、親鳥も外から殻を破る（＝<ruby>啄<rt>たく</rt></ruby>）タイミングがぴったり合うことで、無事に雛が生まれてくる様子を表します。その意味が転じて、仏教で言えば弟子が悟りや教えを求めるタイミングに師匠が適切な言動で導くことを指し、日常の中では親と子や、上司と部下などの関係にも援用されます。</p>
<p><em>　</em>供養で言えば、故人は仏様に見立てられ、師匠や親に当たります。そして、法事等に参列する私たちが弟子や子であると言えます。<br />
<em>　</em>法事に参列する私たちが故人に思いを致す時、その時々の境遇によって故人との関係性からつむがれる意味は変わっていきます。亡くなってすぐは悲しみが大きいですが、時間の経過とともに悲しみがやわらぎ、故人との記憶や思い出を振り返る心の余裕もできてきます。故人が亡くなった事実は変わりませんが、時の流れとともに喪失を生き直すことで、故人について語るエピソードや感じ方は、遺された人の心の成長や環境変化によって変わり続けます。<br />
<em>　</em>つまり、「故人をどう語るか」は自分が今どこにいるかを映す、定点観測の鏡でもあると言えます。「啐啄同時」の点から言えば、故人に思いを致す一人ひとりが、その時にふさわしい気づきを得ることでもあります。<br />
<em>　</em>住職は「故人を案じている私たちが、実は故人からも案じられている」ともおっしゃられ、仏となった故人と遺された家族が相互互恵的な関係を育み続けることが法事等の供養の意義と言えるかもしれません。</p>
<p><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial1-1024x768.jpg" alt="法事" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-37942" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial1-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial1-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial1-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial1.jpg 1477w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">法事は続けることに意味がある。重ねることで見える世界がある</h2>
<p><em>　</em>法事を短い回忌で終えたり、法事をしなかったりする人が増えていると言われる現代ですが、故人とともに人生を歩むことで得られる気づきは、急速に変化する時代において貴重なものだと思います。</p>
<p><em>　</em>法事は続けることに意義がある。<br />
<em>　</em>法事を重ねることで見える世界がある。</p>
<p><em>　</em>私はこのように思います。タイパ、コスパ等、刹那的かつ矮小化された視点で供養の是非が判断される現代において、法事の意義や役割は今こそ再評価されるべきだと考えます。</p>
<p><em>　</em>みなさんにとって、法事はどのような時間でしょうか？<br />
<em>　</em>故人を偲ぶ時間の意味をご自身なりに受け止めることは、人生に豊かさを添えるきっかけになるかもしれません。</p>
<p><em>　</em>ただ、家族のカタチも多様化する中で、法事をしたくてもできないという方もいらっしゃるでしょう。そのような方は、ぜひ信頼できるお寺に相談してみてください。良心的なお寺であれば、その時々の家族の状況に合わせた最適なカタチを提案してくれると思います。</p>
<p><em>　</em>息子の十三回忌はその前後のプロセスを通じて、色々な気づきをもたらしてくれました。私たち家族なりのかたちで、これからも法事を重ねていきたいと思います。感謝。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<gnf:modified>Sun, 13 Jul 2025 23:41:40 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>法事の疑問に答えます &#8211; いつ行う？費用は？誰が施主？</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/houji_qa/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Feb 2025 01:44:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[Q.　四十九日、一周忌など、法事はいつ行うの？ 　法事は、亡くなった日を基準にあらかじめ時期が決まっています。 　 回忌 いつ？ 四十九日 亡くなって49日目 一周忌 亡くなって1年後 三回忌 亡くなって2年後 七回忌  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2 class="c_header_post-b">Q.　四十九日、一周忌など、法事はいつ行うの？</h2>
<p><em>　</em><strong>法事は、亡くなった日を基準にあらかじめ時期が決まっています。</strong><br />
<em>　</em></p>
<table class="wp-block-table aligncenter">
<thead>
<tr>
<th>回忌</th>
<th>いつ？</th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td>四十九日</td>
<td>亡くなって49日目</td>
</tr>
<tr>
<td>一周忌</td>
<td>亡くなって1年後</td>
</tr>
<tr>
<td>三回忌</td>
<td>亡くなって2年後</td>
</tr>
<tr>
<td>七回忌</td>
<td>亡くなって6年後（三回忌から4年後）</td>
</tr>
<tr>
<td>十三回忌</td>
<td>亡くなって12年後（七回忌から6年後）</td>
</tr>
<tr>
<td>十七回忌</td>
<td>亡くなって16年後（十三回忌から4年後）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><em>　</em><br />
<em>　</em>回忌は、故人が「亡くなった日（命日）を1日目」として数えます。四十九日忌は亡くなって49日目、一周忌は1年後の命日、三回忌は２年後の命日となり、あとは<strong>４年と６年の間隔を繰り返し</strong>、七回忌・十三回忌・十七回忌・・・三十三回忌と続いていきます。地域によっては五十回忌や百回忌をするところもあります。<br />
<em>　</em>特に、法事は目安の時期が回忌という慣習で決まっていることで、「いつやればいいのか？」という疑問を持たなくて良いことも特長と言えます。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-9081" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_07_hondou.jpg" alt="本堂" width="840" height="560" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_07_hondou.jpg 840w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_07_hondou-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_07_hondou-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_07_hondou-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 840px) 100vw, 840px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事は命日までに行わないとダメ？忘れたらどうする？</h2>
<p><em>　</em><strong>必ず命日までに行わなければならない決まりはありません。</strong><br />
<em>　</em>命日は一つの基準です。命日を超えると、いつ行えば良いのかという基準があいまいになるので、一般的に「命日まで」と言われますが、命日にこだわりすぎず、故人とご縁のある人々が集まりやすい時期を調整するのが最も大切です。ただ、お寺によっては命日前をおススメしている場合もありますので、気になる時はお寺に相談してみましょう。</p>
<p><em>　</em>また、三回忌を超えると、4年もしくは6年単位で法事がめぐってくるので、時には忘れてしまうこともあるでしょう。そのような時は、法事は回忌の年ではないとダメという決まりはありませんので、<strong>気づいた時に法事を行なうことが大切</strong>です。</p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&amp;mokuteki=houji&amp;group=&amp;s=" target="_blank" rel="noopener noreferrer">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　親戚はどこまで呼べばいいの？</h2>
<p><em>　</em><strong>呼ぶ親戚の範囲に厳密な決まりはありません。</strong><br />
<em>　</em>一周忌や三回忌といった早めの回忌は、参列者が比較的多いです。<br />
<em>　</em>七回忌や十三回忌以降も多くの方々が参列することは素晴らしいことですが、故人と参列者の生前の関係性に応じて、参列者に判断をゆだねることも一案です。事前に連絡をせず、回忌が終わった後に報告することで親族間でトラブルになることもありますので、参加の可否にかかわらず親族には事前に伝えることは大切にしましょう。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事の施主（主催者）は誰がやるの？長男でないといけない？</h2>
<p><em>　</em><strong>法事の施主は「必ず長男でなければならない」という決まりはありません。</strong><br />
<em>　</em>かつては家督を継ぐ長男が務めることが一般的でしたが、現代では家族のかたちが多様化しています。実際には、故人と最も近い立場の方――配偶者、長女、次男、あるいは実務を担いやすい方が施主を務めるケースが増えています。</p>
<p><em>　</em>大切なことは「形式」よりも、故人を想い、法事を整える意思があることです。<br />
<em>　</em>兄弟姉妹がいる場合は、事前に一言相談しておくことで、後の誤解やトラブルを防ぐことができます。不安がある場合は、お寺に事情を相談しながら進めると安心です。<br />
<em>　</em>施主は法事に関わる様々な準備で負担が大きいので、一人だけで担わず、家族間で役割を分担することもおススメです。</p>
<p><em>　</em>近年は、子どもがいないご夫婦や、娘だけのご家庭も増えています。<br />
<em>　</em>法事は「家」のためというより、「人」と「ご縁」のための営みと考えると分かりやすいでしょう。</p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&amp;mokuteki=houji&amp;group=&amp;s=" target="_blank" rel="noopener noreferrer">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　喪服でないとダメ？</h2>
<p><em>　</em><strong>必ずしも喪服でなければならないわけではありません。</strong></p>
<p><em>　</em>喪服の持つ役割は、「気持ちのスイッチ」という側面があります。場に適した服装や身なりを整えることで、故人やご先祖様に向かう参列者の心も整いやすいと言えます。</p>
<p><em>　</em>ただし、最近は家族だけの法事が多く、喪服を着用しないケースも少なくありません。和田隆恩住職（<a href="https://mytera.jp/tera/48chokakuji/monk/" target="_blank" rel="noopener">超覚寺</a>・広島県）によると、「四十九日までは喪服を着用される方が多いですが、それ以降はほとんどの方が平服で、特に違和感も感じません」とのこと。宮本覚道住職（<a href="https://mytera.jp/tera/ryutaiji71/monk/" target="_blank" rel="noopener">龍泰寺</a>・岐阜県）も同様に、「形式よりもしっかりとお参りすることが大切ですよ」と指摘します。</p>
<p><em>　</em>とはいえ、法事は大切な儀式ですので、平服でも場の雰囲気を乱すことがないよう、カジュアルな服装は控え、黒や紺やグレーを基調とした落ち着いた色柄が望ましいと言えます。ご家庭や地域の慣習もありますし、お寺によっては喪服を重視している場合もありますので、迷ったらまずはお寺に相談しましょう。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　みんなでわざわざ集まる必要があるの？ 一人でも故人を偲ぶこともできるのでは？</h2>
<p><em>　</em><strong>一人で偲ぶこともできますが、故人に縁がある人たちが法事として集まることには大きな意味があります。</strong></p>
<p><em>　</em>大切な故人であるほど、日常生活の中で故人を偲ぶこともしばしばあるでしょう。亡くなった方は一人ひとりの記憶の中で生き続けますし、一人でも故人を偲ぶことはもちろんできます。実際、「法事をやらなくていいのでは」と思う人も増えています。</p>
<p><em>　</em>しかし、家族や親戚が「わざわざ」日程を合わせ、「わざわざ」一同に集い、故人を偲ぶことに法事の大きな役割があります。日常生活の中で故人を偲ぶことはできますが、30分や1時間程度の時間を取ってじっくり偲ぶことはほとんどないでしょう。<br />
<em>　</em>法事は読経・焼香等の儀礼や僧侶の法話を通じて、一定時間にわたって故人を偲ぶ場に関係者みんなで身を浸し、同じ時間を共有することになります。故人を偲ぶという点において、とても尊い営みと言えます。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-32420" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1024x576.jpg" alt="法事" width="640" height="360" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1024x576.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-300x169.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-768x432.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1536x864.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-2048x1153.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　故人を偲ぶこと以外の法事の意義は？</h2>
<p><em>　</em><strong>法事は、家族のつながりを再確認する機会でもあります。</strong><br />
<em>　</em>故人とのつながりのある家族・親戚が集まることで、<strong>お互いのつながりを再確認し、関係性や絆を温め合うこと</strong>にも法事の大きな意義があります。家族・親戚の多くが集まる名目にしやすいということも、法事の大きな利点です。</p>
<p><em>　</em>そして、法事のとても重要な役割として「<strong>遺族の心の区切り・整理</strong>」も挙げられます。</p>
<p>「『七日参りをかさねて四十九日が終わって、ようやく別れを少し受け容れられた気がします』とおっしゃったご門徒さんがいらっしゃいました。法事は仏教の長い歴史の中で受け継がれてきた慣習ですが、亡くなられた大切な方のためというだけでなく、残されたご家族のためでもある…と感じます。」（西村達也住職・<a href="https://mytera.jp/tera/saihouji12/monk/" target="_blank" rel="noopener">西法寺</a>・福岡県）</p>
<p><em>　</em>大切な人を亡くした悲しみは長い時間をかけることでゆっくりと癒されます。過ぎ行く時に身を任せるのではなく、四十九日忌、一周忌、三回忌、七回忌と法事を重ねることで、そのつど立ち止まって、<strong>故人を偲ぶとともに自身の歩みを再確認</strong>し、また新たに歩みだすエネルギーを養うことが法事の大切な意義です。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事の会場はどうすればいい？</h2>
<p><em>　</em><strong>自宅だけでなく、お寺や葬儀社の会館等、柔軟に選ぶことができます。</strong><br />
<em>　</em>以前の法事は自宅が主流でしたが、近年は高齢化で自宅の片付けが大変なことや、親類が遠方に住むことも多くなることで、準備が楽で集まりやすいお寺や葬儀社の会館が法事の会場として選ばれるケースが増えています。特に、お寺は一般的に会場費がかからないことや、本堂という空間が儀式にふさわしいものとして好まれています。<br />
<em>　</em>ただ、仏壇のある自宅で故人を偲ぶことは素敵なことですので、集まりやすさや費用の観点から適した会場を検討すると良いでしょう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-39113" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1-1024x768.jpeg" alt="本堂" width="640" height="480" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1-1024x768.jpeg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1-300x225.jpeg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1-768x576.jpeg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1-1536x1152.jpeg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/11/youkouji84_facility1.jpeg 1920w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事当日はどのような流れで進むの？所要時間は？</h2>
<p><em>　</em>法事はおおよそ1時間前後で行われることが多く、その後にお墓参りや会食を行う場合もあります。<br />
<em>　</em>一般的な流れは次の通りです。</p>
<p><em>　</em>① 僧侶による読経（30〜40分程度）<br />
<em>　</em>② 焼香<br />
<em>　</em>③ 僧侶の法話（10〜15分程度）<br />
<em>　</em>④ 閉式</p>
<p><em>　</em>その後、お墓が近い場合は墓前でお参りをし、会食を行うこともあります。会食は1〜2時間程度が目安です。<br />
<em>　</em>参列者が多い場合は焼香に時間がかかることもありますが、<strong>全体としては半日程度で終わることが一般的</strong>です。<br />
<em>　</em>進行はお寺が案内してくれるため、施主や参列者が段取りを覚えておく必要はありません。不安な点があれば、事前にお寺に確認しておくと安心です。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-22878" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0063_houji1.jpg" alt="" width="900" height="600" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0063_houji1.jpg 900w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0063_houji1-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0063_houji1-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0063_houji1-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　子どもも参列していいの？</h2>
<p><em>　</em><strong>最近は小さなお子さんを連れて参列されるご家族も少なくありません。</strong><br />
<em>　</em>読経中に静かにできるか不安に感じる方もいますが、途中で席を外すことも可能ですし、事前にお寺へ相談しておけば配慮してもらえることがほとんどです。無理のないかたちで参列することが大切です。</p>
<figure id="attachment_37940" aria-describedby="caption-attachment-37940" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-large wp-image-37940" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-1024x768.jpg" alt="焼香" width="640" height="480" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2025/07/memorial2.jpg 1477w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-37940" class="wp-caption-text">子どもたちなりに焼香と合掌</figcaption></figure>
<p><em>　</em>また、遠方で参列が難しい場合には、参加者がスマートフォンでLINE通話などをつなぎ、オンラインで様子を共有するケースもあります。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事に持っていくものは？お布施以外に必要なものはある？</h2>
<p><em>　</em><strong>基本的には「お布施」「数珠」「供物」を用意すれば安心です。</strong></p>
<p><em>　</em>お布施は事前にのし袋に包み、当日お寺にお渡しします。数珠は焼香の際に使用しますので、参列者も持参するとよいでしょう。供物は果物や菓子などを持参することが一般的ですが、お寺によっては依頼すれば準備してくれる場合もあります。</p>
<p><em>　</em>持ち物に不安がある場合は、事前にお寺へ確認すれば安心ですので、気軽に相談してみましょう。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　故人の好物をお供えしてもいい？</h2>
<p><em>　</em><strong>もちろんＯＫです</strong>。故人とご縁のある人たちで、どんな供物が良いかを考えるのは、立派な供養です。<br />
「供養とは、亡き人のことを思い出すこと。亡くなった方の好物が、そのままその方との思い出を蘇らせてくれる」と品田泰俊住職（<a href="https://mytera.jp/tera/fugenin55/monk/" target="_blank" rel="noopener">普賢院</a>・青森県）は話します。例えば、「おじいちゃん、どんなものが好きだったかな」とお供え物を選ぶ時から、すでに供養は始まっていることになります。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事はいつまで続けるべき？　身寄りがいない場合はどうする？</h2>
<p><em>　</em>必ず三十三回忌まで続けなければならない決まりはありません。<strong>家族の事情に合わせて無理なく続けることが大事</strong>です。困った時はお寺に相談しましょう。<br />
<em>　</em>法事は古くから、多くの地域で三十三回忌まで行われる慣習が続いています。しかし最近では、法事を三十三回忌まで行わない家や、身寄りがなくなって法事そのものができないご家庭も増えています。そんな時はお寺に相談してみましょう。永代供養などの方法を提案してもらえるはずです。</p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　お布施はどう考えればいいの？</h2>
<p><em>　</em><strong>お布施に「決まった金額」はありません。悩んだ時はまずお寺に相談しましょう。</strong></p>
<p><em>　</em>法事のお布施は、お坊さんへの謝礼であるばかりでなく、亡き人の供養や家族親戚とのご縁への感謝の気持ちを形にしたものです。お布施の金額が低すぎると「本当にこれでよかったのかな？」と不安が残りますし、高すぎるとせっかくの法事の機会そのものが負担に感じられてしまいます。お布施は、納得感を持って包むのが理想です。</p>
<p><em>　</em>相場も地域や寺院によってさまざまです。全国的には3万円程度の地域・寺院が多いと考えられますが、5万円程度という地域・寺院や、それ以上の地域・寺院もあります。<br />
<em>　</em>まいてらに登録している寺院は、それぞれのご事情を聞きながら適切に対応してくれますので、<strong>お布施の金額に悩んだときはまずお寺に相談しましょう。</strong></p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&amp;mokuteki=houji&amp;group=&amp;s=" target="_blank" rel="noopener noreferrer">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">Q.　法事の費用はどの程度かかるの？</h2>
<p><em>　</em>法事の費用は規模や人数によって大きく変わりますが、総費用は一般的に10万円〜20万円前後になることが多いです。<br />
<em>　</em>法事はお布施以外にも、会場費や、法事後の会食の飲食代がかかります。会場費はお寺の場合は不要なケースが多いですが、葬儀社の会館を借りる場合には業者や会場の広さによって5万円から10万円程度必要になります。<br />
<em>　</em>また、会食は仕出し弁当（3,000円から5,000円程度/名）を頼むか、料理屋・レストラン(5,000円から10,000円程度/名)にするかによって費用も変わります。法事の施主(主催者)の費用負担を抑えるために、会食は会費制にする場合もあります。<br />
<em>　</em>仮に寺院で法事を行ない(お布施5万円、塔婆料1本5,000円、供物5,000円)、10名で会食(5,000円/名)する場合、その他雑費も含めて費用総額約15万円程度になります。費用が心配な場合もお寺に相談すれば、良いアドバイスをもらえます。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-22529" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0025_houji1-1024x768.jpg" alt="法事" width="640" height="480" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0025_houji1-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0025_houji1-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2020/06/0025_houji1-768x576.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><em>　</em>初めての法事でも大丈夫です。<br />
<em>　</em>法事について迷いや不安がある場合は、お気軽にお寺へご相談ください。</p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&amp;mokuteki=houji&amp;group=&amp;s=" target="_blank" rel="noopener noreferrer">こちら</a></strong></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<gnf:modified>Fri, 27 Feb 2026 02:10:35 +0000</gnf:modified>
	</item>
		<item>
		<title>法話は気づきを深めるキャッチボール（弘法寺副住職・渡邊弘範）</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/koubouji9_20240610/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[玉川 将人]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 10 Jun 2024 00:29:40 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://mytera.jp/?post_type=paper&#038;p=36417</guid>

					<description><![CDATA[『H1法話グランプリ』や、フジテレビの番組『90秒で心に沁みる！説法GP』など、なにかとお坊さんの法話が注目を集めています。お寺の日常でも、お坊さんとお檀家さんのつながりの中でも、さまざまな法話が交わされています。 　弘 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>『H1法話グランプリ』や、フジテレビの番組『90秒で心に沁みる！説法GP』など、なにかとお坊さんの法話が注目を集めています。お寺の日常でも、お坊さんとお檀家さんのつながりの中でも、さまざまな法話が交わされています。</p>
<p><em>　</em><ruby>弘法寺<rt>こうぼうじ</rt></ruby>の<ruby>渡邊弘範<rt>わたなべこうはん</rt></ruby>副住職（大阪府・真言宗）は、法話をし続けることを自らに課しているそうです。日々の法話でどんなことに悩み、どんな工夫をしているのでしょうか。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0009_03prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">渡邊弘範（わたなべこうはん）</p><p class="c_profile__txt-a">大阪大学大学院を修了後、世界40数ヶ国を放浪。帰国後は、高野山大学大学院でチベットの研究をする。石尾山弘法寺では「地域社会を豊かにするお寺活動」を合言葉に、お寺を「祈り・集い・学び」の場として開放。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/koubouji9/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>弘法寺ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<h2 class="c_header_post-b">法話によって生まれる納得</h2>
<p><em>　</em>30歳でお寺に戻り、僧侶として生きていくと決めた時、自身に誓ったことがあります。それは「葬儀や法事のあと、お檀家さんに必ず法話をするぞ」ということです。</p>
<p><em>　</em>法話とは、僧侶が説く仏法のお話のことです。近年も法話会や法話イベントが人気ですが、お檀家さんの葬儀や法事のあとのお話も、立派な法話なのです。</p>
<p><em>　</em>たとえば、葬儀や法事で読まれるお坊さんのお経。いったい何を語っているのか分からないですよね。真言宗の場合、お経の最後に「<ruby>回向文<rt>えこうもん</rt></ruby>」ということばを読み上げます。</p>
<p>　　願わくは　この<ruby>功徳<rt>くどく</rt></ruby>をもって　あまねく一切に及ぼし<br />
　　われらと<ruby>衆生<rt>しゆじよう</rt></ruby>と　みなともに仏道を<ruby>成<rt>じよう</rt></ruby>ぜん</p>
<p>「読み上げたお経やみなさんの祈りの功徳が、みなさん自身や故人さまだけではなく、すべての人に広がっていきますように、そんなことばで法事は締めくくられるんです」</p>
<p><em>　</em>このようにかみ砕いてお話しすることで、みなさん「へえ」「なるほど」と納得して下さいます。読経に対する理解が深まることは、私としてもとても嬉しく感じます。</p>
<figure id="attachment_36419" aria-describedby="caption-attachment-36419" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-1024x683.jpg" alt="法話の様子" width="640" height="427" class="size-large wp-image-36419" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72-600x400.jpg 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/9f5a08b9-41df-4a2a-822b-f9a3adbcaa72.jpg 1920w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-36419" class="wp-caption-text">地域探検でお寺にやってきた小学生たちに法話をする渡邊さん</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">法話を考えるのもひと苦労</h2>
<p><em>　</em>みなさんは、お坊さんの法話をどう受け止めていますか？</p>
<p>「いいこと言ってはるなあ」「なんかよう分からんわ」「話、長いなあ」などと、人それぞれだと思います。</p>
<p><em>　</em>お坊さん側としては、毎回「何を話そうかなあ」と、額に汗をかいているんです。</p>
<p><em>　</em>お身内にご不幸が起きますと、枕経、通夜、葬儀、初七日、七日参り、四十九日、一周忌と、仏事が続きますよね。同じテーマをくり返し話すことはできませんから、そのつど、違う話を考えます。</p>
<p><em>　</em>ところがたまに、ご親戚でご不幸が重なりお葬式が続くことがあります。そうすると、Ａさんのお宅とＢさんのお宅で、参列者が重なることも少なくありません。</p>
<p><em>　</em>こうなると大変です。できるだけ違う話をしようと思うと、さらにさまざまなパターンで法話を考えないといけなくなるのです。<br />
<img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-1024x683.jpg" alt="渡邊副住職" width="640" height="427" class="aligncenter size-large wp-image-36431" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668-600x400.jpg 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3668.jpg 1920w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">医師と僧侶の問答</h2>
<p><em>　</em>四十九日法要の席でよくお話しする法話があります。ここでちょっとご紹介しますね。</p>
<p><em>　</em>とあるお参りの方に「人は亡くなったらどうなるのでしょうか？」とたずねられたことがあります。</p>
<p><em>　</em>私は僧侶として「亡くなってから四十九日の間に修行をして、西の彼方にある阿弥陀如来さまがおられる極楽浄土に往生され、仏さまとなって見守ってくれるんですよ」とお伝えしました。すると「その話は本当ですか？」と返してこられたわけです。</p>
<p>「本当ですか？」と問われると返答に困るわけですが、わたしはその時「そうですよねえ、疑問に思いますよね」と口にしてから、「どうしてそのような質問をされたのですか？」と聞き返してみました。</p>
<p><em>　</em>聞いてみるとその方は、緩和ケア病棟にお勤めのお医者さま。患者さんから「死んだらどうなるのですか？」と問われた時に、答えに窮したのだそうです。</p>
<p><em>　</em>私はさらに「患者さんに『先生、この病気、治りますか？』と聞かれたら、お医者さまとしてどうお答えされるのですか？」と質問を続けました。すると次のように教えてくれました。</p>
<p>「治る、治らないは分からない。でも、ちょっとでも良くなってほしいなという『想い』で治療に取り組んでいるんです」と。</p>
<p><em>　</em>私は思わず「なるほど！」と膝を叩きました。なぜなら仏教も同じだからです。極楽浄土があるかないかよりも、そういう場所があったらいいなという『想い』が、私たちの心を支えてくれるのです。</p>
<p><em>　</em>四十九日法要を経て、故人は仏さまとなりますが、本当に仏さまになったか、正直誰にも分かりませんよね。でも「極楽浄土で安らいでくれていたらいいな」「仏さまになって見守ってくれていたらいいな」という切なる想いが、みなさんを癒し、安心させてくれるのではないでしょうか。</p>
<figure id="attachment_36420" aria-describedby="caption-attachment-36420" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/787aa1a0-0a48-4ecc-8b75-4f088a33f171-1024x768.jpg" alt="死生観ワークショップ" width="640" height="480" class="size-large wp-image-36420" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/787aa1a0-0a48-4ecc-8b75-4f088a33f171-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/787aa1a0-0a48-4ecc-8b75-4f088a33f171-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/787aa1a0-0a48-4ecc-8b75-4f088a33f171-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/787aa1a0-0a48-4ecc-8b75-4f088a33f171.jpg 1280w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-36420" class="wp-caption-text">死生観ワークショップの模様。「対話が気づきのきっかけとなることもある」と渡邊さん。</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">「そうですよね」が生むキャッチボール</h2>
<p><em>　</em>ところで、さきほどの法話の中にもありましたが、私の口癖は「そうですよね」です。</p>
<p><em>　</em>まずは相手のことばを否定せずに肯定する。「そうですよね。実際に、極楽浄土って、わたしも見たことないですもん」と。</p>
<p>「そうですよね」はもはや口癖になっちゃっています。でも、そこから始まる会話のキャッチボールが、お互いの話をより深めてくれます。</p>
<p><em>　</em>お坊さんの法話が完ぺきでなくても、キャッチボールの入り口になってくれたら、それで充分なのかもしれません。なぜなら、答えを与えるのではなく、考えや気づきのきっかけとなるのが、法話の役割だと考えるからです。</p>
<p><em>　</em>とはいえ、もちろん完ぺきに越したことはありませんから、これからもより法話に耳を傾けてもらえるよう、精進して参ります！</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-1024x683.jpg" alt="渡邊副住職" width="640" height="427" class="aligncenter size-large wp-image-36432" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659-600x400.jpg 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/06/IMG_3659.jpg 1920w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0009_00main-1.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">大阪府和泉市</div><div class="c_tera__title-a">石尾山 弘法寺</div><div class="c_tera__txt-b">石尾のお大師さんと呼ばれる古刹</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/koubouji9/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">弘法寺ページ</a></p></div></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<gnf:modified>Mon, 10 Jun 2024 00:51:59 +0000</gnf:modified>
	</item>
		<item>
		<title>想いを伝えるということ（妙華寺住職・中川和則）</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/myokeji49_20240604/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[玉川 将人]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 04 Jun 2024 00:12:55 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://mytera.jp/?post_type=paper&#038;p=36410</guid>

					<description><![CDATA[　自分の想いを相手に伝えるって、とても難しいですよね。 　片想いの告白、職場の人間関係、新商品のプレゼン、政治家の有権者への訴えなど、だれもが伝えたい想いを持ちながらも、なかなか相手に理解してもらえないものです。 　お坊 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>自分の想いを相手に伝えるって、とても難しいですよね。</p>
<p><em>　</em>片想いの告白、職場の人間関係、新商品のプレゼン、政治家の有権者への訴えなど、だれもが伝えたい想いを持ちながらも、なかなか相手に理解してもらえないものです。</p>
<p><em>　</em>お坊さんの役割は仏法を伝えることですが、<ruby>妙華寺<rt>みようけじ</rt></ruby>の<ruby>中川和則<rt>なかがわわそく</rt></ruby>住職（三重県・真宗高田派）も、「仏さまのみ教えをお檀家さんや地域の方々に届けられているか」と、日々、自問自答しています。</p>
<p><em>　</em>どうして人は想いを相手に伝えたいのか。どうすれば想いは相手に届くのか。中川さんの内省の中に、そのヒントがあるかもしれません。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2019/01/90051658cbd76bbc56d4496dcc400ade.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">中川和則（なかがわわそく）</p><p class="c_profile__txt-a">1956年生まれ　龍谷大学経済学部卒　津市役所に10年勤務（医療・保険・失業対策関係の事務）　その後高田本山専修寺御影堂平成大修理事務局に7年勤務　2006年住職拝命</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/myokeji49/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>妙華寺ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<h2 class="c_header_post-b">変わる世の中。お寺に何ができるか</h2>
<p><em>　</em>仏法とは、生きる意味そのものであり、わたしたちの心のよりどころになってくれるものです。この仏法を、わたしなりに日々一生懸命伝えようとするのですが、力不足を感じることも少なくありません。</p>
<p><em>　</em>私はお寺で生まれ育ち、現在68歳です。時代の移り変わりとともに、お寺を巡る環境も変化しています。核家族化や個人化により、地域のつながりも希薄になりつつあり、かつては親子三世代でのお参りも当たり前でしたが、いまは昔に比べると、お参りの方も減っています。それは、仏法を伝える場面が減っていることを意味します。</p>
<p><em>　</em>環境が変化する中でお寺として何ができるか。妙華寺では、貧困に苦しむ子どもたちにお供え物をおすそわけする「おてらおやつクラブ」や、障がいのある子、引きこもりの子やそのご家族を支援する「お寺と教会の親なきあと相談室」などに取り組んでいます。</p>
<p><em>　</em>このような支援活動を通じて、地域や家族に貢献できればと思いますし、やっぱりその奥には「仏法に触れてほしい」「仏縁を結んでほしい」という僧侶としての願いを込めています。<br />
<figure id="attachment_36412" aria-describedby="caption-attachment-36412" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n-1024x768.jpg" alt="妙華寺本堂" width="640" height="480" class="size-large wp-image-36412" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/441600024_1429031597759622_4549621347088060747_n.jpg 1920w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-36412" class="wp-caption-text">妙華寺の本堂。お供え物のお菓子は支援団体を通じて貧しい家庭の子どもたちに送られる。</figcaption></figure></p>
<h2 class="c_header_post-b">自ら命を絶たれたお檀家さんへ</h2>
<p><em>　</em>僧侶として伝えることの難しさを考える時に、ある忘れがたい出来事が蘇ります。</p>
<p><em>　</em>副住職だった頃、とあるお檀家の息子さんがお寺を訪ねてきて「死にたい」と訴えてこられました。当時住職だった父とわたしは「そんなことはすべきでない」と彼を説得したのですが、その一週間後、その方は自ら命を絶たれました。</p>
<p><em>　</em>僧侶としてこれほどショックなことはありません。救いを求めてお寺に来られたはずなのにと思うと、悔やんでも悔やみきれません。</p>
<p>「彼に何を伝えたらよかったのだろうか」</p>
<p><em>　</em>ずっと悩み続けてきたこの問いに、いまのわたしならこう答えます。</p>
<p>「何かを伝える前に、まずはじっくりと耳を傾け、話を聴くべきだったのでは」</p>
<p><em>　</em>なぜなら、わたしたちの説得が、彼の想いの否定につながったのではと思うからです。彼には彼なりの、伝えたい想い、聴いてもらいたい想いがあったのではないか。きっと彼も、想いが伝わらないこと、聴いてもらえないことに、苦しんでいたと思うのです。</p>
<h2 class="c_header_post-b">聴くことと、伝えることと</h2>
<p><em>　</em>伝えることだけでなく、「聴く」こともまた難しいものです。私は傾聴について学び続けていますが、相手に想いを出し切ってもらうこと、それをこちらが心から受け止めることの難しさを、日々感じています。</p>
<p><em>　</em>でも、こちらが真剣に耳を傾けると、相手も嬉しそうな表情をします。話す側と聴く側の、お互いの想いが通じ合った時、心が癒され、救われる気分がします。</p>
<p><em>　</em>人が「伝えたい」と願うのは、きっと相手に自分のことを知ってもらい、共感や共鳴がほしいからなのでしょう。共感や共鳴は人間が望むもっとも根源的な欲求の一つだと思います。</p>
<p><em>　</em>想いが伝わらないことに苦しんでいる時は、まずは相手の声に耳を傾けてみるのが一つの糸口になるのかもしれません。</p>
<h2 class="c_header_post-b">同じ時間を過ごすことで伝わること</h2>
<p><em>　</em>お檀家さんとの関係というのは不思議なもので、家族、親戚、友人とは異なるものの、ゆるやかなつながりが何十年と続きます。</p>
<p><em>　</em>常にしっかりとした対話ができるわけではありませんが、無理に「聴く」「伝える」という関係を築かなくても、まずは「一緒にいる」だけでいいのかもしれないと思わされる出来事がありました。</p>
<p><em>　</em>自死で息子さんを亡くされた別のお檀家さん。葬儀や法事の席であまりに辛い表情をされていると、僧侶とはいえ、ひとりの人間として言葉を失います。深く話を聴くことも、仏さまのみ教えをお伝えすることも、なかなかできずにいました。</p>
<p><em>　</em>でも、年回忌の法事を重ねるごとに少しずつ落ち着かれた表情に変化され、毎年行われるお寺の法要にも欠かさずお参りをし続けてくださいます。悲しみが癒えることはなくても、きっと長い時間をかけて、少しずつ、息子さんの死を受け入れられているのかもしれません。</p>
<p><em>　</em>深い対話ができなくても、同じ時間をともに過ごす中で、自然と心に仏法がしみ込んでいく、そういう伝わり方だってあるのでしょう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n-1024x685.jpg" alt="集い" width="640" height="428" class="aligncenter size-large wp-image-36413" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n-1024x685.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n-300x201.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n-768x514.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n-600x400.jpg 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2024/05/438299819_493643443100417_4993055500380957716_n.jpg 1280w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><em>　</em>僧侶として、そしてひとりの人間として、わたしはこれからもお檀家さんと心を通わせる努力を続けます。無理に聴こう、無理に伝えようとせずに、まずはお互いの理解を深めるために、ともに同じ時間を過ごせるお寺の運営に努めていきたいと思います。</p>
<p><em>　</em>法事や法要、地域貢献の取り組みなど、お寺で過ごす時間の中で、ひとりでも多くの方が仏法にふれるきっかけを感じ取ってもらうことを願っています。</p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2019/01/6c6891d34c122794828082fd6d95cb73.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">三重県津市</div><div class="c_tera__title-a">妙華寺</div><div class="c_tera__txt-b">私たちのお寺はあなたをひとりぼっちにしません</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/myokeji49/monk/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">妙華寺ページ</a></p></div></div>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<gnf:modified>Tue, 04 Jun 2024 00:12:55 +0000</gnf:modified>
	</item>
		<item>
		<title>霊魂について ー 見えないものを感じること（足立信行・T-sousai代表）【死に方のココロ構え(22)】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/shinikata20231011/</link>
					<comments>https://mytera.jp/paper/shinikata20231011/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Oct 2023 23:54:31 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[※前回（そんなにお葬式は悪いものですか？ －「お葬式の体験会」のススメー）はこちら 友人のお兄さんの死 　若い頃は、霊魂や魂についてはよく分かりませんでした。私は実家がお寺ではないので、葬儀や法事をする両親の後姿を見なが [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/adachi_profile.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">足立信行（あだちしんぎょう）</p><p class="c_profile__txt-a">株式会社 T-sousai 代表取締役社長。1982年、京都府生まれ。在家の家に生まれる。18 歳の時に高野山で僧侶になることを決意。高野山金剛峰寺布教研修生修了。高野山で修行をする中で僧侶や寺院の役割を考え、一度下山。葬儀の重要性に気づき、2008年 大手互助会系の葬儀会社に入社。葬儀の担当者となり、年間約 120 件の葬儀を手掛ける。2012 年IT 企業に入社し、エンジニアとして活動。2017年、僧侶と葬儀会社の担当という経験から、お互いが遺族や故人のために協力し祈りの場所として本堂などで葬儀をあげ、安価で心あるお寺葬の構想を企画。葬儀の告知、WEB、導入などから実施、施行までをワンストップできる株式会社 T-sousai を創業し、現職。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://t-sousai.co.jp/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>T-sousaiホームページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>※前回（そんなにお葬式は悪いものですか？ －「お葬式の体験会」のススメー）は<strong><a href="https://mytera.jp/paper/shinikata20230914/">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">友人のお兄さんの死</h2>
<p><em>　</em>若い頃は、霊魂や魂についてはよく分かりませんでした。私は実家がお寺ではないので、葬儀や法事をする両親の後姿を見ながら、なぜこんなことをやるのだろう、と疑問に思っておりました。<br />
<em>　</em>高野山で出家して大学に通いながら修行しましたが、その当時も霊魂について詳しく教えてくれる先生や先輩はいませんでした。誰も教えてくれる人がいませんでしたので、様々な宗教書や哲学書、科学書などを読み自分で勉強をしました。<br />
<em>　</em>いろいろなものを読むと、どうも霊魂というものはあるらしいと知りました。しかし、それは知識として理解しただけで、心底から霊魂があるとはいいがたい。そんな曖昧な想いを抱いておりました。</p>
<p><em>　</em>葬儀社に入って多くの方の葬儀を行い、また自らも先輩の自死という経験をし、3.11の納棺ボランティアや様々な霊山霊地での経験を経て、今は改めて想います。「霊魂はある」と。ただこういう領域は個人の信心によりますので基本的には強制はしませんし、強要もしません。</p>
<p><em>　</em>先月、友人のお兄様が亡くなられました。40代半ばという、若さ。菩提寺はないとのことで、私がご縁で導師をお勤めしました。喪主はお父様でいわゆる「逆縁」。ご家族は泣かれ、別れを惜しみました。収骨まで立ち会い、火葬中に喪主であるお父様とお母様と話す時間がありました。<br />
<em>　</em>最初はかなり辛そうで言葉すくなく話されていましたが、親戚と話し、お酒も入ったことで、徐々に会話をされるようになりました。その時に、喪主が酔いながら「いやーさびしいけど、またお盆に会えるからよー」と前向きな言葉をおっしゃいました。すると遺族や親戚も「そうだよ、そうだよ」と納得されていました。<br />
<em>　</em>法事、春秋の彼岸、祥月命日、そしてお盆。日本は亡き<ruby>御霊<rt>みたま</rt></ruby>と会えるシステムがいたるところにあるのだなと改めて実感すると同時に、だれもが霊魂という存在に対して、無批判に受け入れているところに、何があるのかとふと疑問に思いました。</p>
<figure id="attachment_35113" aria-describedby="caption-attachment-35113" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_1.jpg" alt="「また会えるから」と誰もが納得できる間柄" width="640" height="427" class="size-full wp-image-35113" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_1.jpg 640w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_1-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_1-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-35113" class="wp-caption-text">「また会えるから」と誰もが納得できる間柄</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか</h2>
<p><em>　</em>随分前に『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4062879182/ref=nosim?tag=myterajp-22" rel="noopener" target="_blank">日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか</a>』（内山節著・講談社現代新書）という著作が話題になりました。歴史哲学をテーマにした新書ですが、著書の内山節さんは群馬の上野村と東京を往復し、いろいろな人と交流する中で、ある年代を境に「キツネにだまされる人がいなくなった」という事実にたどり着きます。</p>
<p>「キツネにだまされる」とはみなさんもご承知の通り、昔話などで聞くものです。キツネやタヌキも出てきますが、村に帰る途中に日が暮れてふっと見ると一軒の家があり、美しい女性がいて、食事をもてなされて寝ると、草原で起きた。「ああ！昨日の女はキツネだったか！キツネにだまされた！」と悔しがる。<br />
<em>　</em>本書では1965年頃を境に、こういった「キツネにだまされた」という人がほぼいなくなったと言います。さまざまな考証がなされ、高度経済成長や自然への開発、はたまた、科学技術の進歩など。あるいはキツネ側の方が変わったのではないか、とも。<br />
<em>　</em>様々な角度から問いかけはなされますが、一向に答えは出ない。あきらめかけたその時、ふと明治時代に来た外国人技師の話を聞きます。</p>
<p><strong>かつて山奥のある村でこんな話を聞いたことがある。明治時代に入ると日本は欧米の 近代技術を導入するために、多くの外国人技師を招いた。そのなかには土木系の技師と して山間地に滞在する者もいた。この山奥の村にも外国人がしばらく暮らした。「ところが」という伝承がこの村には残っている。「当時の村人は、キツネやタヌキやムジナ にだまされながら暮らしていた。それが村のありふれた日常だった。それなのに外国人 たちは、けっして動物にだまされることはなかった」</strong><br />
※『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』（P.115）より引用</p>
<p><em>　</em>村人はだまされるが、同じ場所にいるのに外国人技師はだまされなかった。つまり、ある共同体の中ではキツネにだまされる人がいたが、共同体の外では、だまされる人はいなかったという事実に行き着いたのだ。</p>
<p><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_2-1-637x1024.jpg" alt="『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節著・講談社現代新書・2007年" width="318.5" height="512" class="aligncenter size-large wp-image-35121" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_2-1-637x1024.jpg 637w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_2-1-187x300.jpg 187w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_2-1-768x1235.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_2-1.jpg 933w" sizes="(max-width: 637px) 100vw, 637px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">「また会える霊魂」という共通の認識</h2>
<p><em>　</em>私は自分で調べた結果として、また実体験として霊魂があると断言できますし、信心からもあると思っています。強制や強要はしませんが、「また亡くなっても会える」という考えはとても重要な気がします。「また会える」ことによってどれほどの人の心が救われ、どれほどの人が前向きになれたか計り知れません。</p>
<p><em>　</em>確かに霊魂は、先ほどの「キツネにだまされた村人」と同じ共同体でのみ交わされる、局所的な共通認識なのかもしれません。目に見えないし、なにか古臭いし、知性もないのかもしれません。しかし、私たちの祖先は、この「また会える霊魂」という共通認識を大切に守り、多くの人がそれで救われ、次世代に継承してきたのです。これは何よりも大きな日本人の叡智ではないかと感じるのです。</p>
<p><em>　</em>葬儀を卒業式と考えると、法事やお盆は同窓会だと聞いたことがあります。葬儀は亡くなった方がこちらの世界からあちらの世界に巣立つ卒業式。法事やお盆は、亡き人と生きている私たちが共に集い交歓する大切な同窓会。旅立ちの儀式も大切ですが、また会える機会も大切にしていくことも、重要なのではないでしょうか。<br />
<em>　</em>私は、目に見えないからとか、古い考えだとか、知性がないからとかいう理由だけで、霊魂の存在や共通認識を一蹴してしまうことはしたくありません。ましてや、霊魂に対する認識がなくなった時にどれほど大きな被害がでるか恐怖を感じます。</p>
<p><strong>現代の私たちは、知性によってとらえられたものを絶対視して生きている。その結果、知性を介するととらえられなくなってしまうものを、つかむことが苦手になった。人間がキツネにだまされた物語が生まれなくなっていくという変化も、このことのなかで生じていたのである。</strong><br />
※『前掲書』P.161</p>
<p><em>　</em>私たちはもう一度、祖先が遺してくれた大きな叡智に感謝して、改めて、次世代に継承することを認識してもよいのかもしれません。</p>
<figure id="attachment_35114" aria-describedby="caption-attachment-35114" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_3.jpg" alt="彼岸花" width="640" height="427" class="size-full wp-image-35114" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_3.jpg 640w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_3-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/10/shinikata_20231011_3-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-35114" class="wp-caption-text">大切な人とまた会えることは素晴らしいことではないでしょうか</figcaption></figure>
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		<gnf:modified>Thu, 12 Oct 2023 00:04:36 +0000</gnf:modified>
	</item>
		<item>
		<title>供養の本来の意味とは？仏さまを供養することで、あなたも供養されている&#x2049;（西岸寺住職・中西無量）</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/saiganji76_20230911/</link>
					<comments>https://mytera.jp/paper/saiganji76_20230911/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[玉川 将人]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Sep 2023 01:28:37 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　私たちは、お寺やお墓、お仏壇で手を合わせて、亡くなった人のことを「供養くよう」しますが、この供養って、いったいどういうことなのでしょうか？ 供養の本来の意味は、 本来は仏や菩薩、諸天などの霊的存在に対して、尊敬や感謝の [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>私たちは、お寺やお墓、お仏壇で手を合わせて、亡くなった人のことを「<ruby>供養<rt>くよう</rt></ruby>」しますが、この供養って、いったいどういうことなのでしょうか？</p>
<p>供養の本来の意味は、</p>
<p>本来は仏や菩薩、諸天などの霊的存在に対して、尊敬や感謝の気持ちを表すために行われる行為です。</p>
<p>この言葉は、サンスクリット語で「尊敬」を意味します。</p>
<p>古来から現代に至るまで、供養はさまざまな形で行われてきましたが、特に亡くなった人々に対するものが一般的です。</p>
<p>供養を通じて、敬意や感謝の気持ちを表し、亡くなった人々の魂が安らかに成仏することを願うという目的が共有されています。</p>
<p>今回はこの「供養」について<br />
より深く意味を教えて頂くため</p>
<p>　<ruby>西岸寺<rt>さいがんじ</rt></ruby>の<ruby>中西無量<rt>なかにしむりよう</rt></ruby>住職（福岡県・真宗大谷派）に、まいてら編集部・玉川が伺いました。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/jushoku.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">中西 無量（なかにし むりょう）</p><p class="c_profile__txt-a">１９７４年田川市生まれ。２００２年大谷大学大学院博士課程（満期退学）の後、真宗大谷派（東本願寺）職員として、２０年ほど京都や九州各地で勤務。途中、宗派職員と西岸寺の「二足のわらじ」生活を送るも、２０２２年～西岸寺に専従。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/saiganji76/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>西岸寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<h2 class="c_header_post-b">供養は循環している</h2>
<p>&#8211; 「亡き人を供養する」「ご先祖さまを供養する」などとよく言いますが、供養ってどんな状態のことを指すのでしょうか？</p>
<p><em>　</em>そうですね。もっとも大切なのは、供養の主体はお坊さんではなく、「あなた」だということ。葬儀や法事の席では、お坊さんのお経をただそばで聞いているだけかもしれませんが、供養の主人公はあくまであなた自身、お坊さんはその伴走者でしかありません。</p>
<p>&#8211; 供養というのは、亡き人の冥福を祈ること、で合っていますか？</p>
<p><em>　</em>私、浄土真宗の僧侶なので「冥福」が気になりますが（笑）、それはさておき半分正しくて、でも半分物足りないというところでしょうか。まいてら代表の井出悦郎さんの著書『<a href="https://amzn.to/3DQmHAa" rel="noopener" target="_blank">これからの供養のかたち</a>』の中でも書かれていますが、供養は「<ruby>供給資養<rt>きようきゆうしよう</rt></ruby>」の略語だと言われており、双方向の供養を意味します。</p>
<p>&#8211; 双方向？</p>
<p><em>　</em>私の属する浄土真宗の場合、<ruby>阿弥陀如来<rt>あみだによらい</rt></ruby>さまという仏さまを大切にしますが、如来さまへの供養を「供給」、如来さまからの供養を「資養」と言い換えてもいいでしょう。</p>
<p>&#8211; へえ。仏さまから私たちへの供養、というものもあるのですか？</p>
<p><em>　</em>はい。供養と聞くと、私たちから仏さまやご先祖さまへといった、一方向的な供養ばかりを連想しがちです。ローソクやお線香やお花のお供えも、念仏や読経も、すべてそうですよね。でもそれだけではなく、仏さまから慈悲が注がれているという、こちらに向けられた供養というものもまたあるのです。</p>
<p>&#8211; 仏さまからの慈悲。なんだかとてもありがたいですね。</p>
<p><em>　</em>逆に浄土真宗では、仏さまから向けられる供養の面が強調されすぎているところがあります。私たちはすでに阿弥陀如来さまに救われているから、こちらからは何も供養をしなくてもいいんだと。でもそれはやはり一方向的でしかない。双方向の供養があって、はじめて心が満たされるのではないでしょうか。</p>
<h2 class="c_header_post-b">如来とは、先人たちが“よりどころ”にしてきた智慧の結晶</h2>
<figure id="attachment_34956" aria-describedby="caption-attachment-34956" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-1024x724.jpg" alt="パンフレット" width="640" height="453" class="size-large wp-image-34956" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-1024x724.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-300x212.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-768x543.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-1536x1086.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/0830_saiganji_dm-2048x1448.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-34956" class="wp-caption-text">西岸寺で使われている冊子(抜粋)</figcaption></figure>
<p>&#8211; 中西さんは、法事や葬儀でもこの冊子を用いて、供養についてお話しするのですよね。</p>
<p><em>　</em>はい。まずご自身を「私」の位置に置いてもらいます。</p>
<p>&#8211; 点線の向こうが「浄土」なのですね。私から浄土に、紫の矢印が向けられています。</p>
<p>「礼拝、念仏、お勤め、焼香」などを通じた、私たちから仏さま、ご先祖さまへの供養を表しています。</p>
<p>&#8211; 一方で、赤い矢印は「仏事（仏さまの仕事）」としてこちらに向けられていますが、「如来」と「<ruby>諸仏<rt>しよぶつ</rt></ruby>」とは、どういった存在なのですか？</p>
<p><em>　</em>如来とはご本尊のこと。その宗派が最も大切にする仏さまのことで、お寺の本堂でも家のお仏壇の中でも、必ず中心に祀られています。浄土真宗のご本尊は阿弥陀如来さまですが、私は如来を「先人たちが生前“よりどころ”にし、私たちに<ruby>遺<rt>のこ</rt></ruby>してくれた智慧の結晶」だとお伝えしています。</p>
<p>&#8211; 如来さまは、智慧の結晶？</p>
<p><em>　</em>はい。ここで言う智慧とは、人間がこの世間で大事にしている価値観を超えたもののことです。たとえば、何が善で何が悪だとか、何が損で何が得かなど。そのような人間が囚われがちな世俗の価値観を超えるもっと大きな仏さまのはたらきというものがあって、それが目に見える形で結晶化したのが、如来さまなのです。</p>
<p>&#8211; 少し、むずかしいですね。</p>
<p><em>　</em>たとえば、世間的には「長生きは良いことだ」と考えられていますよね。</p>
<p>&#8211; はい。</p>
<p><em>　</em>でも、長生きをすれば近しい方とのお別れ（死別）の悲しみ・苦しみは増えます。もっと言えば、いままさに息を引き取ろうとする人にとってこの価値観は意味を失っていきますよね。</p>
<p>&#8211; きっとそうですね。</p>
<p><em>　</em>こうしたことはインスタントに「分かった」とはいきません。人類の長い歴史の中で磨き上げられてきた経験知であって、私たちはそこに思いを致すことで、今は亡き故人と出会い直したり、自らの死と向き合ったりできるのだと思うのです。そのようにして培われた智慧、大いなるはたらきを、如来さまというお方が表してくれているのだと思います。</p>
<figure id="attachment_34960" aria-describedby="caption-attachment-34960" style="width: 960px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/371163082_270379982436029_3378061688052311234_n.jpg" alt="中西" width="960" height="657" class="size-full wp-image-34960" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/371163082_270379982436029_3378061688052311234_n.jpg 960w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/371163082_270379982436029_3378061688052311234_n-300x205.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/371163082_270379982436029_3378061688052311234_n-768x526.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 960px) 100vw, 960px" /><figcaption id="caption-attachment-34960" class="wp-caption-text">通夜の席で、葬儀や供養は何のために行うのかを、冊子を用いて話す中西さん。</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">身のまわりにいる“諸仏”たち</h2>
<p>&#8211; たしかに。命や生死の現場に近ければ近いほど、世俗の価値観を超えた大いなるはたらきが必要となってくるような気がします。</p>
<p><em>　</em>しかもそうしたことは、普段平凡に生きているだけではなかなか気づけませんが、そこで気づきを与えて下さるのが、私たちの身のまわりにいる先人たちです。こうした人たちのことを、「諸仏」と呼んでいます。</p>
<p>&#8211; 供養することの大切さや、仏さまの智慧に気づくきっかけを与えてくれる人たちのことですね。</p>
<p><em>　</em>そうです。私の場合、両親や祖父母、ご門徒さまといった私を囲んで下さる人たち。さらには浄土真宗を開かれた<ruby>親鸞聖人<rt>しんらんしようにん</rt></ruby>や、仏教を開かれたお<ruby>釈迦<rt>しやか</rt></ruby>さまも大切な先人、つまり諸仏です。こうした人たちがいて下さったからこそ、いま私はこうして僧侶としていられます。</p>
<p>&#8211; 私の場合、祖母はまさに諸仏です。幼いころ、祖母の家に遊びに行くとお仏壇に必ずおこづかいが置いてあって、それ目当てに手を合わせる習慣が付きました（笑）</p>
<p><em>　</em>おばあさんは、苦労の多い人生を送る中で幾度となく如来さま、そして諸仏（今はなきあの人）を想ってお仏壇に座り、時には涙を流しながら“よりどころ”にしてこられたんでしょうね。だからこそ、可愛い玉川さんにも「人生のよりどころを持ってほしい。自分が亡くなった後もここで会えるから」と、玉川さんをお仏壇の前へ連れてきてくださったんだと思います。まさに、玉川さんのことを生きながらに供養されていたのですよ。ちなみに、お仏壇に手を合わせる時、正面に座らされたのではないですか？</p>
<p>&#8211; はい、座布団の上にちょこんと。その横におばあちゃんが座ってくれていました。</p>
<p><em>　</em>ですよね、それは供養の主人公が玉川さんで、伴走者がおばあさんであると、私には映ります。今は亡きおばあさんは、玉川さんにとって「諸仏」そのものですよ。</p>
<p>&#8211; 主人公と伴走者！　冒頭の話につながりましたね！</p>
<p><em>　</em>供養は、双方向に行き交い、そして循環している。このことを身体中で感じながら日々を生活するだけで、心の平穏と充足がもたらされますよ。</p>
<p>&#8211; きっと、それを日々感じられる場所が、お寺であり、お仏壇なのですね。</p>
<p><em>　</em>そうですね。時には、心を静かに落ち着けて、お寺に、お仏壇に、手を合わせてもらいたいものです。そして、お坊さんは供養のサポートをする伴走者です。分からないことがあった時、すぐそばに何でも話せるお坊さんがいれば、これは大変心強いです。</p>
<p>&#8211; 田川はいいですね。こんなすてきな供養の伴走者がおられるのですから（笑）</p>
<p><em>　</em>ご門徒さまや地域の方々にそう言っていただけるよう、日々精進していきます。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/PXL_20230725_031653791.jpg" alt="中西" width="960" height="720" class="aligncenter size-full wp-image-34962" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/PXL_20230725_031653791.jpg 960w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/PXL_20230725_031653791-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/08/PXL_20230725_031653791-768x576.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 960px) 100vw, 960px" /></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">福岡県田川市</div><div class="c_tera__title-a">西岸寺</div><div class="c_tera__txt-b">あなたの悲喜・苦楽に伴走するお寺として</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/saiganji76/monk/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 29 Mar 2024 15:15:02 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>これからの供養、真剣に考えてみませんか？（足立信行・T-sousai代表）【死に方のココロ構え(19)】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/shinikata20230621/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Jun 2023 00:26:37 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[※前回（「終活孝行」のススメ　ー　父親の終活を終えて）はこちら 160万人のピリオド 　我が国の出生率や死亡者数の動きを見るのに、厚労省管轄の「人口動態統計」があります。 　先日の5月26日付けで、今年の1月～3月の死亡 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/adachi_profile.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">足立信行（あだちしんぎょう）</p><p class="c_profile__txt-a">株式会社 T-sousai 代表取締役社長。1982年、京都府生まれ。在家の家に生まれる。18 歳の時に高野山で僧侶になることを決意。高野山金剛峰寺布教研修生修了。高野山で修行をする中で僧侶や寺院の役割を考え、一度下山。葬儀の重要性に気づき、2008年 大手互助会系の葬儀会社に入社。葬儀の担当者となり、年間約 120 件の葬儀を手掛ける。2012 年IT 企業に入社し、エンジニアとして活動。2017年、僧侶と葬儀会社の担当という経験から、お互いが遺族や故人のために協力し祈りの場所として本堂などで葬儀をあげ、安価で心あるお寺葬の構想を企画。葬儀の告知、WEB、導入などから実施、施行までをワンストップできる株式会社 T-sousai を創業し、現職。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://t-sousai.co.jp/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>T-sousaiホームページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>※前回（「終活孝行」のススメ　ー　父親の終活を終えて）は<strong><a href="https://mytera.jp/paper/shinikata20230607/">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">160万人のピリオド</h2>
<p><em>　</em>我が国の出生率や死亡者数の動きを見るのに、厚労省管轄の「人口動態統計」があります。<br />
<em>　</em>先日の5月26日付けで、今年の1月～3月の死亡者数が発表され、葬儀業界は小さからぬ衝撃に包まれました。令和5年の全国での死亡者数は、438,983人です。前年と比較してみると実に16,946人も多い。パーセンテージにしてみると、4％多いことになりますが、これは異常値です。<br />
<em>　</em>昨年の令和4年は年間の死亡者数が1,568,961人で、令和3年に続いて2年連続で過去最多となりました。</p>
<p><em>　</em>今回の令和5年第一四半期の数字をみると、おそらく令和5年の死亡者数は160万人前後となり、3年連続で過去最多となることは必至でしょう。死亡者数が多くなるのは当然予測をしておりましたが、この度の急激な増加に大きな驚きを禁じ得ず、いよいよ本格的に多死社会に突入したのだと戦慄を覚えました。</p>
<p><em>　</em>日本経済新聞の「130万人のピリオド」と題した連載は2016年で、今から7年前です。来る年間死亡者130万人台を予期しての集中的な連載でした。130万人が亡くなる日本において、葬儀はどうするのか、墓はどうなるのか、供養を誰がするのかなど、多岐にわたって連載がなされてきました。</p>
<p><em>　</em>しかし、そこからわずか10年足らずで、日本は160万人が死亡する社会になりました。「160万人のピリオド」に対して私たちは向き合う時が来たのだと思います。<br />
<em>　</em>人が死ぬという事実に対して、否応なく向き合わなくてはならない時代が来てしまいました。従来は、死は遠くにあるもの、縁起の悪いもの、<ruby>忌諱<rt>きい</rt></ruby>すべきものという考えがあり、当然今の社会でもそういった考えは根強いものがあります<br />
<em>　</em>しかし、そのような慣習として沈殿した死や葬儀や供養の考え方がそれでよいのか、真剣に真正面から向き合わざる得ない時代に入ったではないかと思います。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_1.png" alt="人口動態統計" width="339" height="189" class="aligncenter size-full wp-image-34674" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_1.png 339w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_1-300x167.png 300w" sizes="auto, (max-width: 339px) 100vw, 339px" /></p>
<p>※人口動態統計の詳細なデータはこちらの<a href="https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/s2023/dl/202303.pdf" rel="noopener" target="_blank">リンク</a>からご覧いただけます。</p>
<h2 class="c_header_post-b">『これからの供養のかたち』</h2>
<p><em>　</em>本サイト「まいてら」の執筆者でもある井出悦郎氏が、5月末に新書を出版されました。タイトルは『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4396116810" rel="noopener" target="_blank">これからの供養のかたち</a>』（祥伝社新書）です。<br />
<em>　</em>Amazonでは一時200位台にランクインし（書籍が何十万タイトルもある中で、ものすごいことです）、その後も継続的に買われ続けているようです。</p>
<p><em>　</em>本書はこれからの供養を真剣に考える上でとても大切な一冊です。<br />
<em>　</em>供養という領域は今まで様々な方々が執筆されてきました。葬儀社、墓石店、エンディング関係業者、僧侶、スピリチュアルなど、多士済々の執筆者がこれまで縦横無尽に供養について語ってきましたが、『これからの供養のかたち』を読み終えた後では、それらはどうも一面的な話に終始していたように感じます。<br />
<em>　</em>葬儀社からの視点、作家からの視点、僧侶からの視点、墓石業からの視点など、様々な視点で供養は語られてきましたが、単視眼的な着想が目立ち、複眼的なスポットライトの当て方がなされてきませんでした。葬儀社は葬儀社が考える供養を伝える、作家は作家が考える供養を伝えるなど、著者の立ち位置が色濃く反映されるところに供養を語る上での<ruby>陥穽<rt>かんせい</rt></ruby>があったように感じるのです。</p>
<p><em>　</em>それもそのはずで供養は一見すると大きな宗教的・文化的枠組みの中にあるようで、その実、極めて個人的な色彩が強い営みなのです。大上段から構えて「供養はかくあるべき」と訴えることは自由ですが、実際に供養をするのは個人です。個人というパーソナルな部分からかけ離れたところに供養は存在できないものなのです。それゆえ、著者の社会的な立ち位置が大きく影響するのは仕方のないことでした。</p>
<p><em>　</em>一方、本書『これからの供養のかたち』は多面的で多角的、かつ複眼的な見方から供養を捉え、あまつさえ、数多くの僧侶から実際の供養の現場を聞き取り、取材をしながら、決して結論を押し付けるのではなく、逆にあえて考えさせ、読者をじっくり供養に向き合わせるような構成になっています。<br />
読み進めるうちに、自らの供養に対しての考えがじんわりと輪郭を帯びてきて、読了した後は自分に合ったこれからの供養のかたちが自然と浮かび上がってくる、実に不思議な一冊なのです。<br />
<em>　</em>なぜそのような構成にされたのかは、本書の冒頭「はじめに」に答えが載っておりますが、それはぜひご自身で読まれることをおススメいたします。</p>
<figure id="attachment_34672" aria-describedby="caption-attachment-34672" style="width: 742px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_2.jpg" alt="これからの供養のかたち" width="742" height="559" class="size-full wp-image-34672" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_2.jpg 742w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_2-300x226.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 742px) 100vw, 742px" /><figcaption id="caption-attachment-34672" class="wp-caption-text">『これからの供養のかたち』</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">『これからの供養のかたち』がもたらすもの</h2>
<p><em>　</em>年間160万人が死ぬ日本社会で私たちは真剣に供養と向き合わなければなりません。安い高いだけで評価される葬儀や、テレビでよく聞くという理由だけで判断されるお墓。流行っているというだけで選択される仏壇や、儀式の意味を理解させようとしない僧侶の読経など、ずっと続けられてきた「これまでの供養のかたち」。<br />
<em>　</em>今こそ、「これからの供養のかたち」に変化していく時ではないでしょうか。本気で故人を偲ぶ葬儀や、意味・意義を理解した上で選ぶお墓。ご本尊をきちんと<ruby>祀<rt>まつ</rt></ruby>り、その上で供養をする仏壇や読経の巧さはもちろん、儀式の意味をきちんと伝えられる読経など、「これからの供養のかたち」に向き合う時だと考えます。<br />
<em>　</em>なぜならば、供養を考えることは160万人の死と向き合うことであり、ひいては、多死社会においていつか死後に私たち自身も対象となる供養のあり方を真剣に考えることにつながるからです。</p>
<p><em>　</em>本書は「これからの供養のかたち」を知る上でとても重要な書です。説教臭さや読者へのすり寄り、居丈高で難解な供養の説明は一切なく、事実を丁寧に積み上げる「理」とともに、著者の思いや熱意が表れた「情」もバランスよく盛り込まれています。著者の人となりが垣間見れる一冊です。</p>
<p><em>　</em>本書『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4396116810" rel="noopener" target="_blank">これからの供養のかたち</a>』が今の私たちにもたらすもの。それは、供養の本質を考える機会を提供してくれることだと思います。時代や宗教が変わっても、供養をするのは個人です。私たち一人ひとりが供養に対して向き合うこと、そして亡き人に対して向き合うことが供養の本質そのものです。誰かに依存したり、誰かに一任するのではなく、一人ひとりにあった供養のかたちを考えるヒントが本書には書かれています。<br />
<em>　</em>間もなく東京はお盆を迎えます。これからの供養のかたち、真剣に考えてみませんか？</p>
<figure id="attachment_34673" aria-describedby="caption-attachment-34673" style="width: 567px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_3.jpg" alt="地蔵" width="567" height="377" class="size-full wp-image-34673" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_3.jpg 567w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/06/shinikata_20230621_3-300x199.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 567px) 100vw, 567px" /><figcaption id="caption-attachment-34673" class="wp-caption-text">供養を考えるよい夏にしませんか</figcaption></figure>
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		<gnf:modified>Fri, 23 Jun 2023 06:56:39 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>新刊『これからの供養のかたち』。著者・井出悦郎さんに聞く</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/kuyou/</link>
					<comments>https://mytera.jp/paper/kuyou/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 01 Jun 2023 00:15:44 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://mytera.jp/?post_type=paper&#038;p=34439</guid>

					<description><![CDATA[　この度、まいてら代表の井出悦郎さんによる新刊『これからの供養のかたち』が発売されます。本書には『まいてら』にご縁のある僧侶も多数登場。本書の見どころと、これからの供養について、著者の井出さんにまいてら編集部がうかがいま [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-1024x768.jpg" alt="これからの供養のかたち" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-34474" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/1310e4c30b6798ebd398676de032798f-2048x1536.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><em>　</em>この度、まいてら代表の井出悦郎さんによる新刊『<strong><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4396116810/ref=nosim?tag=myterajp-22" rel="noopener" target="_blank">これからの供養のかたち</a></strong>』が発売されます。本書には『まいてら』にご縁のある僧侶も多数登場。本書の見どころと、これからの供養について、著者の井出さんにまいてら編集部がうかがいました。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/02/prof_ide2.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">井出悦郎（いでえつろう）</p><p class="c_profile__txt-a">1979年生まれ。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める。東京大学文学部卒。<br />著書に<a href="https://amzn.to/3Hnyp79" rel="noopener" target="_blank">『これからの供養のかたち』（祥伝社新書）</a></p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/column/etsuro_ide/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>井出悦郎の記事一覧</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<h2 class="c_header_post-b">供養は一人ひとりの幸せのためにある</h2>
<p><strong>－　本書を読んでまず印象的だったのが、供養について語る文体や言葉選びがとても優しかったことです。</strong></p>
<p>井出(以下略)　ありがとうございます。供養は、その営みを通じて心がやさしく、あたたかくなるはずのものです。したがって、供養について書いた本書も、読んだ方がじんわりとあたたかい気持ちを感じられるよう、言葉を選んで書き進めました。<br />
<em>　</em>本書は「供養は一人ひとりの幸せのためにある」というテーマですので、幸せという観点からも、やさしく、あたたかい言葉を意識しました。</p>
<p><strong>－　葬儀の手引きや終活の解説本はたくさんありますが、ほとんどはノウハウしか書かれていない印象を受けます。それに対して『これからの供養のかたち』は、群を抜いて深いところが語られていると感じました。</strong></p>
<p><em>　</em>ノウハウはもちろん大切ですが、根底の意味や価値が伝わらず、理解されないものは長続きしません。時代が目まぐるしく変化する中、供養も過渡期を迎えています。したがって、第1章では「どうして供養が大切なのか」という供養の価値や意味が、読み手に分かりやすく伝わるよう、できる限り平易につづりました。<br />
<em>　</em>本書を通じて供養の価値や意味について理解を深められた方が、様々な供養のノウハウに触れることで、ご自身の価値観やライフスタイルに合った供養を考えていただける全体構成になっています。</p>
<h2 class="c_header_post-b">息子の死がなければこの本は書けなかった</h2>
<p><strong>－　「はじめに」を読み返すたびに、胸が締めつけられ、言葉にできない感情がこみあげます。この本の深みは、息子さんなしにはあり得なかったのでしょうか。</strong></p>
<p><em>　</em>そう思います。自分の中に当事者性がないと、ただの評論家の本で終わってしまいます。息子の死が私に与えた影響は、ものすごく大きいものがありましたし、いまも影響を与え続けています。多分それは一生続いていくでしょう。望んだわけではまったくないですが、息子との死別が図らずも本書とのご縁を結んでくれました。</p>
<p><strong>－　息子さんからいまも大きな影響を受け続けているとのことですが、具体的にどのような変化が井出さんの中に起こったのですか？</strong></p>
<p>「幸せ」というものを多面的に捉えられるようになりました。そして見方も深くなったと感じます。一般的に分かりやすい幸せとして、例えばおいしいものを食べるとか、お金をいっぱいもらえるとか、「何かを<ruby>掴<rt>つか</rt></ruby>んでいく」というイメージがあると思います。</p>
<p><strong>－　はい、そうですね。</strong></p>
<p><em>　</em>息子のことがあってから、幸せは「掴む」ものというよりも、目の前にある幸せを「感じられる」ことそのものが幸せだと思えるように、気持ちが変化したんですよね。今まで当たり前に空気のように感じていたことが、よりはっきりと、これが幸せなんだと思えるようになりました。<ruby>日日是<rt>にちにちこれ</rt></ruby>幸福と言いましょうか、生きているだけで100点満点だと思えるようになったのも息子のおかげだと思います。</p>
<p><strong>－　本書では「日本人は死者の力を借りて生きている」と言及されています。井出さんの場合、息子さんとの別れを、どれくらいの期間で受け入れられ、生きるエネルギーとしていかれたのですか？</strong></p>
<p><em>　</em>私は滅多に涙を流さないのですが、三回忌くらいまでは、ある時にふと襲ってくるものがあって、突然涙が出てくることが度々ありました。当時は出張も多く、新幹線の中で突然涙が流れ、周りのお客さんにいぶかしがられないよう、車窓のほうをずっと向いていたことも何度かあります。鼻をズルズルとすすっていたので、十分に怪しかったと思いますが(笑)<br />
<em>　</em>でも今はそういう感覚が薄れ、ある種のグラデーションのような感じで少しずつ心境も変化してきたのだと思います。</p>
<p><strong>－　この瞬間、というポイントがあるわけではないのですね。</strong></p>
<p><em>　</em>はい。人間は大きなショックを受けた時に、その現実を瞬間的には受け入れられないですよね。心の中にいろいろな感情が渦巻いて、少しずつ少しずつ自分なりに折り合いをつけ、現実を受け入れていく。でもやっぱり受け入れがたいという感情が湧いてきたり…。そういった進み戻りつの営みを繰り返しながら、少しずつ現実を受け入れていくのが悲しみとの向き合い方ではないでしょうか。そうすることで、悲しみ一辺倒だった亡き人との関係も徐々に変化し、悲しみだけではない多面的な関係が育まれていくのだと思います。</p>
<p><strong>－　亡き人と多面的な関係を育むためにも、時間をかけた継続的な供養が必要となるのでしょうか。</strong></p>
<p><em>　</em>そうですね。今風に言えばレジリエンス（精神的な耐性力・回復力）のための絶対的な儀式や魔法はなくて、時間や手間をかけていくしかありません。本書でも語っていますが、レジリエンスと亡き人との関係性は表裏一体だと思います。レジリエンスを養ったり、亡き人と心温まる関係を育んでいくためにも、継続的な供養は大切です。だからこそ、日常生活の中でお仏壇への手合わせやお墓参り、そしてお寺という場所やお坊さんの存在が大切なのではないでしょうか。</p>
<h2 class="c_header_post-b">疑いようのないお寺の力</h2>
<p><strong>－　世間では「寺離れ」ということばを耳にしますが、この本は、お寺に対する絶対的な信頼をベースに論が進められます。お寺の大切さを訴えるどころか、「お寺が大事だなんて、当たり前でしょ」くらいの勢いですね。</strong></p>
<p><em>　</em>そうですね（笑）お寺に対する明確なスタンスを置かないと、供養についての本は書けない気がします。<br />
<em>　</em>お寺の最も大切な役割は、供養の価値や意味を伝えることです。たとえばお仏壇やお墓を購入しても入魂式を行わないと、手を合わせても何か物足りないですよね。目に見えない存在の意味や価値を伝え、受け手の感受性を育むのは、宗教者の本来的な役割ではないでしょうか。</p>
<p><strong>－　はい、そう思います。</strong></p>
<p><em>　</em>この本の著者は私になっていますが、実際には、問いこそ私が立てているものの、問いへの回答を持つのは、本書に快くご協力いただいたお坊さんの方々です。そして、適切な問いを持つことができたのは、本書に登場されたお坊さんだけでなく、今までお会いしてきた多くのお坊さんとの供養に関する対話が根っこにあります。<br />
<em>　</em>どんなに私の中で明確に言語化できたとしても、供養について最後に確信を持ってお伝えできるのは、やっぱりお坊さんなんですよね。その意味で、本書は多くのお坊さんとの共作だと思っていますし、ご縁に心から感謝しています。</p>
<p><strong>－　ここ最近の供養の現場は、お葬式は葬儀社、仏壇は仏壇店、お墓は墓石店という感じで、必要が生じた時にお寺ではなく業者にアクセスする、という流れがメインになっていますよね。</strong></p>
<p><em>　</em>そうですね。本当は、お寺が檀家さんと業者さんのコミュニケーションを円滑にするために、アドバイザーやコンシェルジュ的な役割を果たせることが理想ですね。そうすることで、葬儀も仏壇もお墓も、一連の供養をトータルにケアできるため、檀家さんも安心です。</p>
<p><strong>－　きっとその方が檀家さんも楽ですよね。</strong></p>
<p><em>　</em>しかも、お坊さんが関わることで、檀家さんの経済的負担を和らげられると思います。お坊さんのアドバイスによって、無駄なものを買わなくて済むでしょうし、業者さんとの交渉のお手伝いもしてくれたらなおのことよしです。そもそも良いお寺であるほど、お金儲けのロジックで動いていないですからね。</p>
<h2 class="c_header_post-b">よきお寺とのご縁のつなぎ方</h2>
<p><strong>－　ここまで井出さんとお話してきて、よきお寺との出会いが、よき供養を支え、それが私たちの暮らしを幸せにしてくれるのだということが分かりました。井出さんご自身は、この本をどんな人に読んでもらいたいですか？</strong>　</p>
<p><em>　</em>お寺とのご縁がないけれども、供養というものが大切なのだろうと感じている方々はもちろんですが、すでにお寺の檀家になっている方々にも読んでほしいという想いがあります。</p>
<p><strong>－　檀家さん？それはどうしてですか？</strong></p>
<p><em>　</em>お寺の檀家さんであれば、日常的に法事や供養の関わりがあると思うのですが、きっと多くの檀家さんはそれが当たり前になりすぎていて、供養にどのような価値や意味があるかを理解できていない方が多いと思うんです。<br />
<em>　</em>特に家族の中で、お寺との関係が次世代にスムーズに継承されにくい世の中になっているので、檀家さんが供養の価値や意味に納得していないと、檀家さんとお寺との関係は続かないと思います。<br />
<em>　</em>なので、この本を通じて、一人でも多くの檀家さんが供養の意味や価値を再認識していただくきっかけになればという想いがあります。檀家さんとお寺との関係は、日本の供養文化を支える最重要な基盤ですしね。</p>
<p><strong>－　井出さんは著書の中で、檀家さんという存在を「日本人の美しい良心の一つの表れ」という美しいことばで表現されています。</strong></p>
<p><em>　</em>本当にそう思うんですよね。今まで全国の色々なお寺の檀家さんと交流させていただく機会がありましたが、本当に優しいと感じます。檀家さんご本人の持って生まれたものもあると思いますが、優しさの出現率の高さに鑑みると、長年のお寺との関係によって育まれる人柄というものが間違いなくあると感じます。</p>
<p><strong>－　今はまだお寺との付き合いこそないけれど、よきお寺と出会いたいと考えている方は、まず何から始めたらよいでしょうか？</strong></p>
<p><em>　</em>そうですね、インターネットの時代ですから、まずはWEBサイトやSNSの発信などを通じて、気に入ったお寺をフォローしてみるのはいかがでしょうか。</p>
<p><strong>－　ネットでの情報収集が苦手な方はいかがですか？</strong></p>
<p><em>　</em>お盆やお彼岸、何かの法要やイベントなど、お寺の境内が華やぐ時期があります。そんな時にお寺をお参りしてみて、気に入った空間や風景が見つかったり、お参りされている方々の雰囲気が気に入ったお寺に少しずつお参りしてみることをおススメします。お寺との距離を少しずつ近づけるのが良いと思います。</p>
<p><em>　</em>そして、特に住職には直接会って話したほう良いですね。住職も人間なので相性がありますし、全ての人にピッタリの住職やお坊さんはいないと思いますから。</p>
<p><strong>－　『まいてら』も、素敵なお坊さんを紹介していますよね。</strong></p>
<p>『まいてら』は安心してご紹介できるお坊さんたちとともにコンテンツを作り上げています。もちろん『まいてら』の登録寺院と素敵なご縁を結んでいただいたらとても嬉しいですが、みなさんの身近にもよきお寺はたくさんあると思います。地域の気になるお寺があればぜひお参りいただき、ご縁を育んでいただきたいですね。</p>
<h2 class="c_header_post-b">（参考）『これからの供養のかたち』の紹介記事</h2>
<p>・<strong>AERA dot</strong>　<a href="https://dot.asahi.com/articles/-/201478?page=1" rel="noopener" target="_blank">コンサルから独立し寺院の経営支援に　異色の経歴を持つ著者がつづる『これからの供養のかたち』</a></p>
<p>・<strong>日刊ゲンダイ</strong>　<a href="https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/326563" rel="noopener" target="_blank">著者インタビュー「これからの供養のかたち」井出悦郎氏</a></p>
<p>・<strong>臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師</strong>　<a href="https://www.youtube.com/watch?v=D2bktIvQo3E" rel="noopener" target="_blank">【毎日の管長日記と呼吸瞑想】第877回「供養のかたち」</a></p>
<p>・<strong>應典院 秋田光彦住職</strong>　<a href="https://www.outenin.com/article/article-17933/" rel="noopener" target="_blank">【住職ブログ】井出悦郎さんの新著「これからの供養のかたち」を読んで</a></p>
<p>・<strong>妙華寺 中川和則住職</strong>　<a href="https://myoke-ji.com/%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E3%80%8C%E3%81%93%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E4%BE%9B%E9%A4%8A%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%80%8D/" rel="noopener" target="_blank">お寺からのお知らせ「これからの供養のかたち」</a></p>
<p>・<strong>光澤寺 宗元英敏住職</strong>　<a href="http://blog.livedoor.jp/sakurasakukoutakuji/archives/57625690.html" rel="noopener" target="_blank">【光澤寺日記】二冊の本から・・・東洋経済「宗教消滅危機」と「これからの供養のかたち」</a></p>
<p>・<strong>善光寺 伊藤誠英副住職</strong>　<a href="https://zenkoji-nagoya.com/2024/03/22/%e6%9b%b8%e7%b1%8d%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e2%91%a0%e3%80%8c%e3%81%93%e3%82%8c%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e4%be%9b%e9%a4%8a%e3%81%ae%e3%81%8b%e3%81%9f%e3%81%a1%e3%80%8d-%ef%bc%88%e7%a5%a5%e4%bc%9d%e7%a4%be/" rel="noopener" target="_blank">書籍紹介①「これからの供養のかたち」 （祥伝社新書）著者：井出悦郎</a></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2023/05/35ab13e5f90fdd5ce1689bab15f80a38-scaled.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__title-a">これからの供養のかたち</div><div class="c_tera__txt-b">供養は一人ひとりの幸せのためにある</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4396116810/ref=nosim?tag=myterajp-22" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">amazonを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Wed, 25 Sep 2024 02:10:26 +0000</gnf:modified>
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		<title>法事はめんどくさい？一周忌など法話は「幸せ」のためにある！ &#8211; 四十九日や一周忌の意義、お布施や喪服マナーは？【教えて！お坊さん】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[まいてら 編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Sep 2022 02:00:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　家族や親族が集まって故人やご先祖様を供養する法事。久しぶりの再会を喜ぶ方もいれば、「法事なんてめんどくさい」「一周忌や法事の法話を聞くなんて嫌だな」と感じる方も少なくないのでは？ 「世間体やお寺との付き合いのため」 「 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>家族や親族が集まって故人やご先祖様を供養する法事。久しぶりの再会を喜ぶ方もいれば、「法事なんてめんどくさい」「一周忌や法事の法話を聞くなんて嫌だな」と感じる方も少なくないのでは？</p>
<p>「世間体やお寺との付き合いのため」<br />
「昔からのしきたりだから」<br />
<em>　</em>法事にはこのようなマイナスイメージもあるようです。そして……</p>
<p>「どうして法事をしなくてはいけないの？」<br />
「何回忌まで法事をすればいいの？」<br />
「服装は？　お供え物は？　しきたりやマナーが全然わからない」</p>
<p><em>　</em>こうした疑問が、まいてらにはたくさん寄せられます。このようなイメージや疑問について、法事を通じてたくさんのご家庭を見てきたお坊さんたちにぶつけてみました。</p>
<p><em>　</em>すると、お坊さんたちは一様に、「法事を行うことでたくさんの人が幸せになっている」と言うのです。</p>
<p><em>　</em>お坊さんたちの言葉の中に、あなたが幸せになれるためのヒントが見つかるかもしれません。どうぞ最後まで読んでみてください。</p>
<h2 class="c_header_post-b">赤ちゃんOKの法事。世代を超えて安心できる時間になる</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1024x576.jpg" alt="赤ちゃん大歓迎" width="640" height="360" class="aligncenter size-large wp-image-32420" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1024x576.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-300x169.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-768x432.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-1536x864.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-2-2048x1153.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><br />
<em>　</em>法事は本来、世代をつなぎ、安心を取り戻すための時間です。</p>
<p><em>　</em>本堂に立ち込めるお香の香り、<ruby>厳<rt>おごそ</rt></ruby>かな雰囲気、そして「ごおおん」とおなかの中にまで響く鐘の音。いつもと違った場所で久しぶりに会う親戚同士の近況報告。</p>
<p>「元気にしてた？」<br />
「最近肩と膝が痛くてねえ」<br />
「前はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなって」</p>
<p><em>　</em>法事でよく見かける光景です。「どうして法事をしなくてはいけないの？」の問いに、<a href="https://mytera.jp/tera/fugenin55/monk/"><ruby>普賢院<rt>ふげんいん</rt></ruby>の<ruby>品田泰峻<rt>しなだたいしゆん</rt></ruby>住職</a>（青森県・真言宗）は、お経や儀式に加えて、こうした何気ないやりとりが大切だと答えます。</p>
<p>「定期的に行われる冠婚葬祭って、実は法事だけなんですよね。定期的に親戚同士が再会し、お互いが等しく歳をとっていることを確認しあうだけで、なんだかホッとするものです。小さなお子さんの泣き声などを気にされる方もいますが、子どもたちがいることで、『私たちはひとりじゃない』『命はきちんと過去から受け継がれて未来につながっていく』ということを肌で感じられます。ぜひ赤ちゃんにも一緒にお参りいただいて、その顔をみんなに見せてあげてほしいですね」</p>
<p>「世代を超えたつながりは、まさに浄土教が説く『<ruby>無量寿<rt>むりようじゆ</rt></ruby>』の世界観に通じます」<br />
<em>　</em>こう教えてくれたのは<a href="https://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/"><ruby>善光寺<rt>ぜんこうじ</rt></ruby>の<ruby>大久保瑞昭<rt>おおくぼずいしよう</rt></ruby>住職</a>（北海道・浄土宗）。<br />
「無量寿とは、永遠の仏さまの中で生きていくこと。私たちが生まれる前から亡くなったあとも命が続いていくことの実感が、大きな安心感となります」</p>
<h2 class="c_header_post-b">法事や法話はグリーフケア。故人や家族の思い出を語り合い、心の整理が進む</h2>
<p><em>　</em>定期的に親族が集うだけなら、法事でなくてもいいように思えます。ですが、法事ならではのものに「法話」があります。法話は、お坊さんが話してくれる仏さまの教え。普段考えることのない死について、そして生きることについて向き合うきっかけとなります。</p>
<p><em>　</em>法話と聞くと、お坊さんからの話を一方的に聞く光景を思い描きがちですが、<a href="https://mytera.jp/tera/48chokakuji/monk/"><ruby>超覚寺<rt>ちようかくじ</rt></ruby>の<ruby>和田隆恩<rt>わだりゆうおん</rt></ruby>住職</a>（広島県・真宗大谷派）は、法話を参加者同士の語りの場にし、その中に「グリーフケア」の要素を見出します。</p>
<p><em>　</em>グリーフケアとは、死別の悲しみを癒し、いたわること。このグリーフケアのために、和田住職が普段から意識して取り組んでいるのが、故人との思い出話です。法事のお勤めを終えたあとの法話では、必ず「故人様はどんな方でしたか？」「どんな思い出がありますか？」と聞くようにしているそうです。</p>
<p>「こちらからの問いかけに答える形で、ご遺族に、大切な方との思い出を語ってもらっています。胸の内にある想いを言葉にして外に放つことが、グリーフケアにはとても大切なんです」<br />
<em>　</em>実は和田住職、今年（2022年）の1月に自身の父を亡くしています。葬儀では自らが喪主と導師を務めましたが、親族の受け入れ、葬儀社との打合せ、さらには自分自身で読経をしたため、ゆっくりとお別れをする時間がありませんでした。その分、落ち着いた雰囲気の中で行われた四十九日の法事で、初めて「本当のお別れ」を実感できたそうです。</p>
<p>「お勤めのあと、ふだんうかがっている故人との思い出話を、私自身の家族や親戚たちに向けて訊いてみました。すると、それぞれが父の思い出話を熱心に語り出してくれました。おかげでこれまで知らなかった父の一面を知ることができました。法事中、私も思わず涙が出てきました。葬儀の時は平気だったんですけどね。でも、泣けるって大事なんです」</p>
<p><em>　</em>みんなで話し、聴き、笑い、泣く。ひとりで抱え込むのではなく、みんなで分かち合い、受け止め合うことで、その悲しみが少しずつ和らいでいくのかもしれません。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-1024x768.jpg" alt="ろうそく" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-32421" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-5-2048x1536.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&#038;mokuteki=houji&#038;group=&#038;s=" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">悲しみはすぐ癒えない。ゆっくり弔う時間を継続的に持つ意味</h2>
<p><em>　</em>お葬式を終えたあとに行われる法事は、四十九日、百か日、一周忌にとどまらず、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌まで続き、地域によっては五十回忌や百回忌をするところもあります。なぜ、何度も法事をおこなうのでしょうか？</p>
<p>「長い年月には、死別の悲しみをゆっくりと癒してくれる効果もあります。そして定期的にお寺で法事をしてもらうことで、その癒しを再確認できるのではないでしょうか」</p>
<p><em>　</em>大久保住職は、あるお檀家さんのエピソードを紹介してくれました。最愛の妻を失い、三回忌や七回忌の時には寂しそうにしていたお檀家さんが、十三回忌を終えた時には穏やかな表情をしていたのだそうです。</p>
<p>「明るい性格で、お寺にも親しく関わり、うちの息子の面倒もよく見て下さった方でした。ある日、急性くも膜下出血で突然この世を去ります。ご主人は常々『自分が先に逝くものとばかり思っていた』と話されていましたから、とても寂しくつらい思いをされたのだと思います」</p>
<p><em>　</em>実は2年前（2019年）に、長男を13歳の若さで亡くした大久保住職。だからこそ、大切な人を亡くした方の、つらさや悲しみが分かると話します。<br />
「僧侶の私ですら、現実を素直に受け止められず、『神も仏もないのだろうか』と考えてしまうこともありました。そのお檀家さんも、奥様を亡くされてからの12年間、さまざまな想いがあったはずです」</p>
<p><em>　</em>これまで夫婦そろって参加していたお寺の行事に、ひとりになったあとも欠かさず参加しつづけたというお檀家さん。それはきっと、亡き妻の供養のためだったのだろうと、大久保住職は言います。</p>
<p>「まわりはご夫婦連れなのに、おひとりで寂しかったに違いないですが、きっと心の中で奥様がご一緒されていたのだと思います。時間をかけてゆっくりと大切な方の死を受け入れていく過程で、お寺を心の拠りどころにしてくれていたのでしょう」<br />
　<br />
<em>　</em>悲しみは長い時間をかけることでゆっくりと癒されます。しかし、ただ漫然と過ぎ行く時間に身を任せるのではなく、三回忌、七回忌、十三回忌と法事を重ねることで、そのつど立ち止まって、亡き人と自身の歩みを再確認し、また新たに歩みだすことができます。<br />
<em>　</em>亡き人を胸に抱いて生きていく。お寺は、そんな私たちをそばで見守ってくれる伴走者なのかもしれません。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-1024x768.jpg" alt="お供えの花" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-32422" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-3-2048x1536.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&#038;mokuteki=houji&#038;group=&#038;s=" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">法事がもたらす幸福感。人が満たされる瞬間とは？</h2>
<p><em>　</em>ここまでお坊さんたちの話を聞いてきて、法事が悲しみを癒し、つながりを感じさせてくれるものだということが何となく理解できました。こうして個別の意義や意味がわかってくると、さらに一歩踏み込んだ、根源的な疑問が浮かんできます。</p>
<p>「そもそもなぜ法事をするの？」</p>
<p><em>　</em>この問いをお坊さんたちにぶつけてみたところ……不思議とみなさん口を揃えて、冒頭でもご紹介した、この答えを返してくれたのです。</p>
<p>「法事は、幸せのためにある」</p>
<p><em>　</em>では、「幸せ」とは、いったいどういうことなのでしょうか。<br />
<em>　</em>まいてら編集部は、この素朴な疑問を<a href="https://mytera.jp/tera/ryutaiji71/monk/"><ruby>龍泰寺<rt>りゆうたいじ</rt></ruby>の<ruby>宮本覚道<rt>みやもとかくどう</rt></ruby>住職</a>（岐阜県・曹洞宗）に尋ねてみました。幸せって、何ですか？</p>
<p>「モノやお金が満たされることが幸せという考え方もあるでしょう。でも、本当の幸せは、自分の存在が承認されること。自分は決してひとりじゃないんだと、感じられることではないでしょうか。亡き人とのつながりという縦糸、久しぶりに再会した家族や親戚とのつながりという横糸。法事は、この縦糸と横糸、2つのつながりの糸を編み込むために行うように思います。法事をすることで、自分がたくさんの人とつながっていることを実感でき、自らの存在が承認されることを感じられるのです」</p>
<p><em>　</em>また別の視点を教えてくれたのは、普賢院の品田住職。</p>
<p>「幸せとは、執着から解放された穏やかな状態のことではないでしょうか。私たちは、家事や仕事など、毎日が何かと忙しく、ついつい目の前のことにとらわれてばかりです。でも、法事を通じて、亡き人やご先祖様と向き合うことで、自分たちが悠久の時間の中に生きていることに気づけます。大きな視点に立つことで、穏やかに自分自身と向き合えます。たまに海を見たくなって、大きな海を目の前にすると、小さな悩みがちっぽけに思えますよね。法事の良さって、あの感覚に近いのかもしれません」</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-1-1024x566.jpg" alt="品田住職" width="640" height="354" class="aligncenter size-large wp-image-32423" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-1-1024x566.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-1-300x166.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-1-768x425.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-1.jpg 1284w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">不安が消える法事マナーQ&#038;A。迷わないポイントをお坊さんが解説</h2>
<p><em>　</em>法事にはたくさんのマナーやしきたりがあります。実はこれらも、本来は、この世に生きる私たちの幸せのためにあるのだそうです。形式だけが重要なのではありません。法事のマナーの本当の意味について、お坊さんと一緒に考えてみましょう。</p>
<p><strong>Q.　故人の好物をお供えしてもいいですか？</strong><br />
<strong>　　→A.　OKなこともある</strong><br />
<em>　</em>仏教では<ruby>殺生<rt>せつしよう</rt></ruby>が禁じられ、飲酒を<ruby>戒<rt>いまし</rt></ruby>める教えもありますが、肉や魚、お酒などが亡くなった方の好物だった場合は、これらをお供えしてもよいのでしょうか？</p>
<p>「檀家さんから故人の好物だったうなぎをお供えしてもよいかと訊ねられた際には、『いいですよ』とお答えしました」と話すのは宮本住職。ご家族に、ものすごく喜ばれたそうです。<br />
「殺生したもののお供えには賛否両論ありますが、ご家族が供養の想いを込めてお供えするのであれば構わないと私は考えます。故人様が喜ぶ姿を思い浮かべることで、この世に生きる私たちも嬉しい気分になりますからね」</p>
<p><em>　</em>ただし、こうしたケースはあくまで檀家さんとの関係性があってのこと。考え方はお坊さんによってさまざまなので、気になる方は必ず法事をお願いするお坊さんに確認しましょう。</p>
<p><em>　</em>品田住職は、「供養とは、亡き人のことを思い出すこと。亡くなった方の好物が、そのままその方との思い出を蘇らせてくれる」と話します。そう考えると、「おじいちゃん、どんなものが好きだったかな」と、お供え物を選んでいる時から、すでに供養は始まっていることになりますね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-1024x768.jpg" alt="お斎" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-32424" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-4-2048x1536.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><strong>Q.　喪服でないとダメ？</strong><br />
<strong>　　→A.　形式よりも、しっかりお参りする心を大切に</strong><br />
<em>　</em>本来、喪服は家族が喪に服するためのものでした。けれども昨今では、葬儀に加え、法事に参加する際の礼服として着用されています。法事でもやはり、喪服を着用すべきなのでしょうか？</p>
<p><em>　</em>喪服の持つ役割を、大久保住職は「気持ちのスイッチ」だと話します。「法事は故人様を敬う特別な日です。だからこそ普段と異なる特別な服を着ることで、参加者ひとりひとりがきちんとした想いで法事に臨めます」<br />
<em>　</em>場に適した服装で身なりを整えることで、亡き人やご先祖様に向かう私たちの心も整うようです。</p>
<p><em>　</em>ただし、最近では家族だけの法事が多く、喪服を着用しないケースも少なくありません。<br />
<em>　</em>和田住職によると、「四十九日までは喪服を着用される方が多いですが、それ以降はほとんどの方が平服で、特に違和感も感じません」とのこと。宮本住職も同様に、「形式よりもしっかりとお参りすることが大切なんですよ」と話します。</p>
<p><em>　</em>とはいえ、法事は大切な儀式です。「平服でも、場の雰囲気を乱すことがないよう、カジュアルな服装は控えましょう」と品田住職。黒や紺やグレーを基調とした落ち着いた色柄が望ましいそうです。ご家庭や地域の慣習もあります。迷ったら、まずは菩提寺に相談してみましょう。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-1024x576.jpg" alt="法事の参列者" width="640" height="360" class="aligncenter size-large wp-image-32425" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-1024x576.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-300x169.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-768x432.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-1536x864.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_ookubo-1-2048x1153.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><strong>Q.　法事はいつまで行うべき？　身寄りがいない場合はどうする？</strong><br />
<strong>　　→A.　地域や家庭によりさまざま。永代供養という選択肢も</strong><br />
<em>　</em>私たちは長い時間をかけて法事をすることで、大切な家族の死をゆっくりと受け入れていきます。</p>
<p><em>　</em>法事は古くから、ほとんどの地域で三十三回忌まで行われ、このたびお話をうかがった4人のお坊さんのお寺では今もこの慣習が続いているようです。「広島ではほぼ100％のご家庭が三十三回忌までしています」と和田住職。「うちの地域（岐阜県）では、三十七回忌まで行いますよ」と宮本住職。風習も、ところ変わればです。</p>
<p><em>　</em>しかし最近では、法事を三十三回忌まで行わない家や、身寄りがなくなって法事そのものができないご家庭も増えています。</p>
<p><em>　</em>そんな時こそお寺に相談してみましょう。永代供養などの方法を提案してもらえるはずです。品田住職はこう言います。「お骨の預かりや永代供養のご相談は、近年増えてきています。永代にわたって丁寧なご供養をするので、どうぞ安心してお預けください」</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-1024x768.jpg" alt="お香" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-32426" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-1536x1152.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/08/oshiete_houji_shinada-2-2048x1536.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<p><strong>Q.　香典返しはどう考えればいいの？</strong><br />
<strong>　　→A.　形よりも、気持ちが大切</strong><br />
<em>　</em>いただいた香典の半分や３分の１を返すことがマナーと言われますが、対象者が親戚か友人かなどの関係性や距離感にもよりますし、金額にそこまでこだわらなくても良いでしょう。最近は分かりやすく商品券でお返しする場合もありますし、モノでお返ししたい時には<a href="https://antina.jp/AOS/" rel="noopener" target="_blank">ギフトサイト</a>を参考にしていただくこともおススメです。</p>
<h2 class="c_header_post-b">お布施で悩んだらお寺に相談を。相場よりも大切な考え方がある</h2>
<p><em>　</em>法事のお布施は、お坊さんへの謝礼であるばかりでなく、亡き人の供養や家族親戚とのご縁への感謝の気持ちを形にしたものです。安すぎると「これくらいでいいのかな？」と不安が残りますし、高すぎるとせっかくの法事の機会そのものが負担に感じられてしまいます。お布施は、納得感を持って包むのが理想です。</p>
<p><em>　</em>では、具体的にどうやって金額を決めたらいいのでしょうか。地域やお寺によってさまざまですが、法事のお布施には、大きく分けると次のようなパターンがあります。</p>
<ul>
<li>金額を明示するお寺</li>
<li>檀家の中でお布施の額を決めているお寺</li>
<li>平均的な目安を示しつつも、お気持ちに任せているお寺</li>
<li>完全にお気持ちに任せているお寺</li>
</ul>
<p><em>　</em>相場も地域や寺院によってさまざまです。全国的には3万円程度の地域・寺院が多いと考えられますが、5万円程度という地域・寺院もあります。<br />
<em>　</em>まいてらのお坊さんたちはみな一様に「ご家族それぞれに色々な事情があると思います。悩んだ時には事前に相談してほしいです」と話します。みなさんのご事情を聞きながら対応してくれるので、金額に悩んだときは、まずお寺に相談してみましょう。</p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&#038;mokuteki=houji&#038;group=&#038;s=" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a></strong></p>
<h2 class="c_header_post-b">『面倒』が安心と幸せに変わる時間。法事や法話は自分を整えるひと時</h2>
<p><em>　</em>お坊さんたちが口々に語ったこの「法事と幸せ」の意味を、みなさんはどう受け止められましたか？</p>
<p><em>　</em>法事は、定期的に行うことによって死別の悲しみを長い時間かけて癒やし、仏様に見守られながら「私は決してひとりじゃない」「ご先祖様がいて私がいる」という実感が得られるものです。また、忙しい毎日ではかえりみることが難しい自分自身と向き合い、本来の自分を取り戻す機会ともなるのです。<br />
<em>　</em>法事は単なる儀式ではなく、心に安心を養い、大切なものを見つめ直す時間です。もし迷ったらお寺に気軽に相談いただき、準備を進めてください。</p>
<p><strong>※四十九日忌・一周忌等、法事を承っている寺院は<a href="https://mytera.jp/?area=&#038;mokuteki=houji&#038;group=&#038;s=" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a></strong></p>
<p><strong>【記事に登場したお坊さん】</strong></p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2019/10/168a86f9135b891efa6d14a91c59b32e.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">品田泰峻(しなだ たいしゅん)</p><p class="c_profile__txt-a">普賢院住職。昭和58年生まれ。大学では人類学を専攻。卒業後に宗門大学編入、平成21年3月卒業。東京の寺院へ奉職後、平成23年に普賢院へ帰山。豊山流大師講詠秀。真言宗豊山派現代教化研究所研究員。趣味は探求。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/fugenin55/place/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>普賢院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/10/0039_02_prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">大久保瑞昭（おおくぼずいしょう）</p><p class="c_profile__txt-a">龍谷大学卒、浄土宗西山禅林寺派布教師、文化書道師範。仏さまの教えが説かれてあるお経をご一緒に読誦する法要や、仏さまの教えをお伝えするお説教、そして、お互いに人生の苦悩や感動を共有することで、仏教と共に有る人生をご一緒に歩みましょう。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/zenkouji39/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>善光寺ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2019/01/5f22927c675f7b6fb2bef0f017be31e5.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">和田隆恩（わだりゅうおん）</p><p class="c_profile__txt-a">1967年京都府生まれ。山形大学理学部卒業。証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。遺族の分かち合いや傾聴相談など地道なグリーフケア活動を続ける。認定臨床宗教師。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/48chokakuji/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>超覚寺ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/02/90051658cbd76bbc56d4496dcc400ade.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">宮本 覚道（みやもと かくどう）</p><p class="c_profile__txt-a">1978年生まれ。慶應大学卒業、駒澤大学大学院修了後、永平寺・總持寺の両本山で修行。龍泰寺住職。あかつき幼稚園園長。現役のパワーリフティング選手でアジアチャンピオン＆日本記録保持者にも。東海管区センター布教師。保護司。認定心理士。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/ryutaiji71/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>龍泰寺ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/10/tamagawa_2amend.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">玉川将人（執筆）</p><p class="c_profile__txt-a">1981年生まれ。5年間で約500件の葬儀を担当した１級葬祭ディレクター。現在は仏壇墓石の素心（兵庫県）に勤務し、日本初の仏壇店メディア『こころね』も運営。仏教や弔いに特化したフリーライターとしても活動。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/column/writer_masato_tamagawa/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>玉川将人執筆のまいてら記事</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/02/prof_ide2.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">井出悦郎（編集・監修：まいてら代表）</p><p class="c_profile__txt-a">1979年生まれ、東京育ち。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を2012年に創業。寺院の経営支援と現場取材を10年以上継続し、全国の住職との協働や対話を通じて、供養や法事の実践知を継続的に体系化してきた。著書に『<a href="https://amzn.to/3DQmHAa" rel="noopener" target="_blank">これからの供養のかたち</a>』（祥伝社新書）</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="ttps://mytera.jp/column/etsuro_ide/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>井出悦郎執筆のまいてら記事</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
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		<gnf:modified>Mon, 08 Dec 2025 12:57:08 +0000</gnf:modified>
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		<title>法要はかけ湯のごとく（西法寺住職・西村達也）</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/saihouji12_20220608/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[西村達也]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Jun 2022 22:32:11 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　先日、ご法事に参列されたご門徒さんから、「大切な方の法事に参列することで、法要を重ねることの意義に気づかされた」という感想を、後日にお便りでいただきました。 　ぜひ多くの方にもお伝えしたい内容だと思いましたので、以下に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_02_prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">西村達也（にしむらたつや）</p><p class="c_profile__txt-a">西法寺住職。1962年北九州市生まれ。龍谷大学文学部仏教学科真宗学専攻を’85年卒業。自坊法務の傍ら鎮西敬愛学園宗教科の非常勤講師を勤めた。’97年第十三世住職に。社会福祉法人慈恵会（済美保育園/旭ヶ丘保育園）理事長。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/saihouji12/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>西法寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>先日、ご法事に参列されたご門徒さんから、「大切な方の法事に参列することで、法要を重ねることの意義に気づかされた」という感想を、後日にお便りでいただきました。<br />
<em>　</em>ぜひ多くの方にもお伝えしたい内容だと思いましたので、以下に掲載させていただきます。</p>
<h2 class="c_header_post-b">法要はかけ湯のごとく、亡き人を偲ぶ心を回復させていく</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/06/4918501_s.jpg" alt="かけ湯" width="640" height="427" class="aligncenter size-full wp-image-31414" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/06/4918501_s.jpg 640w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/06/4918501_s-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/06/4918501_s-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><br />
<em>　</em>知人の四十九日法要の為、久しぶりに西法寺を訪れました。突然のご逝去だったこともあり、通夜、葬儀には参列することが出来ずにいたため、やっとお参りすることが叶いました。<br />
<em>　</em>大切な方とのお別れは何度経験しても慣れることはなく、その度に驚き涙し、心が揺れる。無事お参りを終えた時、そんな戸惑いの心が少し安らぐのを感じることができました。</p>
<p><em>　</em>通夜、葬儀、初七日、四十九日、初盆、一周忌・・・今まで法要を重ねる意義を深く考えたことはありませんでしたが、温泉のかけ湯のごとく足先からゆっくりとお湯をかけ体を慣らすように、数々の法要を経ることで大切な人がいないという現実にゆっくりと向き合い、悲しみの中から思い出話に花を咲かせ、一周忌を迎える頃には笑顔で故人を偲べるような心に回復させる。法要にはそんな役割があるのだと後れ馳せながら気付きました。</p>
<p><em>　</em>温かい湯に身を浸すように故人への思いが温かく体を満たし、安らげるようなお手伝いをして頂いている・・・お寺のありがたい効能に改めて手を合わせました。<br />
<em>　</em>若い世代にもこの恩恵が引き継がれ、お寺文化が末永く続くことを願います。</p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2017/07/0012_01_eyecatch-1.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">福岡県北九州市八幡西区</div><div class="c_tera__title-a">西法寺</div><div class="c_tera__txt-b">「ご門徒さんは宝」を合言葉に─</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/saihouji12/event/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Thu, 02 Mar 2023 07:04:48 +0000</gnf:modified>
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