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葬儀のお経をお願いしたいお坊さんはいますか?(足立信行・T-sousai代表)【死に方のココロ構え(20)】

2023.08.18

足立信行(あだちしんぎょう)

株式会社 T-sousai 代表取締役社長。1982年、京都府生まれ。在家の家に生まれる。18 歳の時に高野山で僧侶になることを決意。高野山金剛峰寺布教研修生修了。高野山で修行をする中で僧侶や寺院の役割を考え、一度下山。葬儀の重要性に気づき、2008年 大手互助会系の葬儀会社に入社。葬儀の担当者となり、年間約 120 件の葬儀を手掛ける。2012 年IT 企業に入社し、エンジニアとして活動。2017年、僧侶と葬儀会社の担当という経験から、お互いが遺族や故人のために協力し祈りの場所として本堂などで葬儀をあげ、安価で心あるお寺葬の構想を企画。葬儀の告知、WEB、導入などから実施、施行までをワンストップできる株式会社 T-sousai を創業し、現職。

T-sousaiホームページ

※前回(これからの供養、真剣に考えてみませんか?)はこちら

よいお坊さんと遠慮したいお坊さん

 ずいぶん前に、とある葬儀仲介業者の役員と、記憶に残る会話をしました。
 葬儀仲介業者とは、自社では葬儀のお式の実施(施行)を行わず、受注だけをする業者のことです。お葬式自体は全て契約している葬儀社に任せるという業種で、ブローカーや仲介業者、紹介業社などと言われますが、この10年くらいでかなり増えてきた印象があります。
 その会社は手広くやっている仲介業者で、同時に菩提寺がない方のために僧侶の紹介も行っています。最初は葬儀の話をしていたのですが、僧侶紹介の話になった途端、「よいお坊さんと遠慮したいお坊さん」という話題になりました。業者は普段から様々な僧侶を見ているため「こんなお坊さんにお経を読まれたい」というテーマで話したということになります。その時の業者が言った内容は概ね以下になります。

  • 遺族に寄り添うお坊さんはよい。尊大で横柄なお坊さんは遠慮したい。
  • 遺族にソフトで柔らかい対応のお坊さんはよい。高圧的なお坊さんは遠慮したい。
  • 遺族に親身になってくれるお坊さんはよい。排他的なお坊さんは遠慮したい。

 あくまでその業者の考えですが、遺族に寄り添う姿勢や、親身になることは僧侶としてとても重要なことだと感じ、「色々な僧侶を見ている分、眼が肥えているな」と実感しました。

遺族に寄り添うお坊さん
遺族に寄り添うお坊さんは良い

この人にお経をお願いしたい

 2021年に、全国約1200か所の葬儀社・遺族に対し「葬儀に関わる僧侶の実態調査」と題したアンケートが行われました。回答が約2割の236件で、本アンケートは公益財団法人全日本仏教会が実施したため、僧侶の間で広く物議を醸しました。
 一つひとつを詳述することは控えますが、最後の項目に「葬儀を行うにあたり信頼できる僧侶の有無とその理由」という設問があり、「葬儀の際に信頼できるお坊さんはどんな人ですか?」という自由記述になっています。掲載されているのが11件の中で頻出する言葉が「寄り添う」や「親身になる」や「(遺族への)今後のアドバイスをしてくれる」など僧侶の人柄に関するものが散見されました。「お経がうまい」とか「お寺に由緒ある」とか「高い袈裟の色を着てる」などの記述はなく、「遺族に配慮をするお坊さん」こそが、このアンケートで言う「葬儀の際に信頼できるお坊さん」なのです。

「葬儀を行うにあたり信頼できる僧侶」というのは端的に言えば、「この人にお経をお願いしたい(もしくは、この人にお経をお願いしてよかった)」と遺族が思えるかどうかです。
 先述した仲介業者の「寄り添う」「ソフト」「親身」というのもほぼそれに近いもの。つまり、僧侶の袈裟の色やお寺の歴史や大きさなどでお坊さんを選ぶのではなく、遺族に寄り添う姿勢や、配慮のあるお坊さんがふさわしい。換言すれば「人柄」が全てだ、ということになります。

 不思議なものですが、ある程度の年齢になれば、人柄は初対面でも何となくわかります。冷たそうだなとか、高圧的だなとか、親しみがあるなとか。何となれば電話越しでも伝わるものです。知り合いの僧侶の話ですが、初対面の遺族の方にお電話して、「とても誠実そう」という印象を声だけで持っていただいたことがあるそうで、そういったお話はいくつもあります。
 信頼に足るお坊さんに生前にお会いして「この人にお経をお願いしたい」と依頼することはとても重要です。お坊さんにお願いする際は、お寺の大きや歴史ではなく、ぜひ人柄で選ぶことをおススメめします。

 そして私がもう一つ重要だと考えるのが「社会人経験の有無」です。

袈裟
袈裟で選ぶことも大切ですが、人柄で選んでみてはいかがでしょうか

「家庭教師はだめだ。」

『Dr.Eggs ドクターエッグス』というマンガがあります。医大生が主人公のマンガで、その中で主人公がアルバイトを選ぶ場面が出てきます。医大の先輩に「家庭教師をしようと考えています」と相談するのですが、先輩はその瞬間、かなり真剣な顔で「家庭教師はだめだ。医師になりたいならやめておけ」と諭します。理由も教えてもらえず腑に落ちない主人公はしぶしぶその先輩が働いている飲食店で体験アルバイトのような形で働きます。
 帰り道。その先輩がなぜ家庭教師がダメなのか理由を答えますが、それが「先生と呼ばれるから」というものでした。若い頃からずっと先生、先生と呼ばれると勘違いしてしまう。そうすると知らず知らずのうちに傲慢になり、悩みに耳を傾けなくなり、やがて、誰からも相手にされなくなると言います。

「医師は人と接する仕事なんだよ。患者さんと向き合ってしっかりとコミュニケーション取ることがとても大切だ。/それは医学生の俺たちでも十分に理解できる。/今は人と接して楽しく会話してサービスして/お客さんにいい気分で過ごしてもらって/そういうスキルを磨くことも医学の勉強のひとつだ/それには飲食のバイトが一番なんだよ」(『Dr.Eggs ドクターエッグス』4巻P145より)

 この言葉は若くして「先生、先生」と呼ばれる僧侶にも当てはまるのではないかと強く感じました。当然、飲食やサービス業、社会人経験をもたなくても立派な僧侶がたくさんいます。そして、その逆もしかりで、社会人経験をもっていてもなかなか耳を傾けない僧侶もいます。
 しかし、社会人などの経験があるだけで、遺族に「親身」になり、「ソフト」な口調で語りかけることができ、「寄り添う」ことができる可能性が高まるとしたら、やはり社会人経験がある方がよいと私は感じます。何よりコミュニケーションをきちんと取れることは、悲しむ遺族にとってどれほどありがたいことでしょうか。
 僧侶が社会人経験をもつことで、遺族に親身になり、寄り添う僧侶が増えるのであれば、ひいてはそれが葬儀そのものの質向上につながるはずです。

 インターネットの発達で、良い僧侶を探すのも以前よりはだいぶ楽になりました。例えば、本サイト「まいてら」には素晴らしい僧侶の方が多数おられます。サイトを少しのぞいて、よさそうなお坊さんや少し近くのお坊さんがおられたら、お寺にお参りされますことをおススメめいたします。お坊さんを少しでも探す努力をしてみるのも「死に方のココロ構え」としてとても重要な視点と言えます。

コミュニケーション
大切なのは遺族とのコミュニケーション

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