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スマホで死顔を撮ることについて(足立信行・T-sousai代表)【死に方のココロ構え(13)】

2022.12.22

足立信行(あだちしんぎょう)

株式会社 T-sousai 代表取締役社長。1982年、京都府生まれ。在家の家に生まれる。18 歳の時に高野山で僧侶になることを決意。高野山金剛峰寺布教研修生修了。高野山で修行をする中で僧侶や寺院の役割を考え、一度下山。葬儀の重要性に気づき、2008年 大手互助会系の葬儀会社に入社。葬儀の担当者となり、年間約 120 件の葬儀を手掛ける。2012 年IT 企業に入社し、エンジニアとして活動。2017年、僧侶と葬儀会社の担当という経験から、お互いが遺族や故人のために協力し祈りの場所として本堂などで葬儀をあげ、安価で心あるお寺葬の構想を企画。葬儀の告知、WEB、導入などから実施、施行までをワンストップできる株式会社 T-sousai を創業し、現職。

T-sousaiホームページ

※前回(葬儀は最高の法話の場。ただし…)はこちら

TikTokに投稿し炎上した理由

 11月の末に、動画投稿アプリTikTokに自身の祖父の死顔を撮影した動画を投稿し、炎上後に削除されたことが物議を醸しました。以前も楽天の元監督であった野村克也さんの死顔しにがおを義理の息子がSNSにアップし、こちらも炎上しました。葬儀の現場でも祭壇などをスマホで撮影する人は多く、中には花に囲まれた故人を「きれい」という理由で撮影する方もいます。また、葬儀の担当者の中には自らそれを積極的に推奨する人もいます。

 個人的に死者をスマホで撮影するのは自由だと思っています。最期の思い出が欲しい、死顔がとてもきれいだから、ずっと思い出をのこしておきたい。様々な理由があるでしょう。しかし、死顔をスマホで撮影することに抵抗を持つ方が一定数いることも事実です。
 なぜ、死顔を撮影することに抵抗があるのか。TikTokの炎上の理由をまとめると以下の3つになるかと思います。

①死者は反論できない
死者は死顔を見せたいかもしれないが、見せたくないかもしれない。発言することができない方の死顔を世間にばらまくことは、故人の尊厳にかかわる。死顔を撮影すべきではない。

②死者を話題作りに利用している
死顔をSNSなどにアップし、話題をつくることで名を売ろうとする。また、「いいね」をかせごうとする。死者を話題作りにしているから撮影はすべきではない。

③死者は撮影者ひとりのものだけではなく社会的な存在
死者は色々な人が存在を認め悼む間柄。撮影者は多くの人に見せたいかもしれないが、他の人からすると見せてほしくないかもしれない。相手のことを考え撮影すべきではない。

スマホ
スマホで撮影するのは自由ですが…

スマホで撮影するより大事なこと

 私自身は先述したように撮影するのは自由と感じます。死は公であると同時に、個人的なものですし、他人がとやかく論じることはなじまないと感じているからです。
 しかし、自身の家族をスマホで撮影するかと問われれば、「死者の尊厳」という理由から撮影はしません。私の家族や親戚がもし、私の亡くなった家族を撮影しようものなら、「やめてほしい」ときっぱりと告げます。それは亡き人の尊厳を守るためであり、私自身が死顔を撮影されることを望まないからです。

 もし、私が亡くなられた方の写真がどうしても欲しい場合は、元気な時の写真を知り合いからもらったり、どうしてもない場合は思い出の中で共に生き続けます。
 私は、どうしても死者の気持ちをおもんばかってしまい、スマホで撮影することに抵抗があります。10年程前に自死で先輩を亡くしましたが、今も生前の写真を大切にして供養しています。死顔を写真に残すより、生前の嬉しい思い出をたくさん作り、笑顔の思い出があった方がいいと考えるからです。スマホで撮影するより思い出の中で共に生きたいと思うからです。

 あくまで死をどのように扱うかは故人の遺志も大切ですが、最終的には、家族に裁量が求められるものです。故人の遺志が反映されない葬儀もありますし、反映されたとしても家族の想いを無視していいはずがありません。生きている人が故人と共に創り上げるのが葬儀であると感じます。それ故、話すことのできない死者の言葉を最大限くみ取る遠慮が必要であり、死者への尊厳が必要不可欠であると感じるのです。

想い出
亡き人との想い出が重要ではないでしょうか

デジタルとアナログを考える

 冒頭の炎上問題を含め、私が最近感じるのは、アナログとデジタルの相性の問題です。葬儀というアナログな世界に、SNSやスマホというデジタルな世界は思いのほか相性が良くないのではないか、ということです。
 コロナの際に少し話題になったオンラインでの法要や葬儀を考えてみます。今現在もやっている葬儀社やお寺もあるでしょうが、極めて少なくなったのが実情ではないでしょうか。デジタルでのお別れより、アナログでのお別れの方に日本人の気持ちがまさったのがその証拠だと考えます。

 誤解いただきたくないのは、デジタルそのものが悪いのではありません。葬儀業界にデジタルの視点は必要であり、デジタルを更に加速させて導入しなければ業界は沈むと思っています。私の会社も遺族から故人の生前の写真をお借りし、無料でメモリアルのDVDを作ったり、見積書や電子化、テレワークなど推進していますので、デジタルがなければ私の会社は大きな痛手を被ります。
 問題は、デジタルとアナログの双方を棲み分けながら活用することだと感じます。アナログの場にそのままデジタルを導入することは相性が悪い。その逆も然りです。けれども、アナログの場を発展させるためのデジタルのツールであればよい相性になりやすいです。メモリアルDVDだけでなく、葬儀の式次第や説明をスライドにしてプロジェクターで投影しているお寺もあるくらいです。要はデジタルとアナログの是か非かという二項対立で物事を捉えるのではなく、それぞれの特性を生かしながら共存させることだと思います。例えば、故人の死顔より、故人の遺影をデジタルにして多くの人に渡すとか、死顔を少し加工して絵としてのこすなど、方策はいくらでもあります。
 今後の葬儀にはデジタルの良い部分を取り入れていくべきと考えますが、アナログを無視した推進は不毛であると改めて感じます。

デジタルとアナログの棲み分け
デジタルとアナログの棲み分けが必要

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