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科学者から僧侶への転身 お寺を中心とした「いのちのネットワーク」-善西寺住職 矢田俊量さん(三重県桑名市)

2020.05.11

取材・文 玉川将人

「りてら」のお寺がめざすもの こども・いのち・くらす

 桑名くわなは東海道五十三次の42番目の宿場しゆくば町。かつてはお伊勢参りへの玄関口としてにぎわった。そのころの風情を残す旧街道沿いに、善西寺ぜんさいじはある。

 まずはご本尊にお参り。浄土真宗のお寺だけあって、極楽浄土を描いた本堂はまばゆく荘厳しようごんだ。「お寺は創建から450年にもなりますが、本堂は戦災で一度消失してしまったものを、先代住職が一代で再建しました」と、住職の矢田 やだ俊量 しゆんりようさんは教えてくれた。

 外陣げじんに気になるものが目に入った。ふだん、お寺の本堂ではなかなか見ることのない建築模型とドローイング。なんでも、善西寺の進めるお寺再生プロジェクトに関心を持った若手の建築家とのコラボが、建築業界では由緒あるコンペで受賞したのだそうだ。善西寺は境内の整備事業を手がけている真っ最中。境内には永代供養墓えいたいくようぼ建立こんりゆうし、道路を挟んだ門前の一軒家は葬儀もできるコミュニティスペースに改装中だ。そしてそのちょうど中間地点に設計されたのが、独創的なかたちをした蓮の葉のオブジェ。泥池に咲く蓮が、お寺のアウトリーチを彩る。

「地元出身で新進気鋭の若手建築家ユニットが、一緒に面白いことをしましょうと考えてくれたんです」と嬉しそうに語る矢田さんだが、若者の大胆な発想を受け入れてしまう矢田さんの懐の深さにも興味がそそられる。

 矢田さんはお寺の法務以外にも、善西寺をもっと地域の人に頼られる場にするためにさまざまなことに取り組み、その一連のプロジェクトを「RETERA(りてら)」と名付ける。「RE」は再びという意味の接頭語。「昔からあったお寺の機能を現代に再生させたい」という想いが込められている。「りてら」は、リジェネレーション(再生)、リリース(解放)、そしてリテラシー(適切な解釈)の3つの「リ」で成り立ち、その活動は主に次の3つに分けられる。

こども(いのちを育む)
「善西寺はチャイルドファーストのお寺です」と矢田さん。こどもの貧困支援に取り組む「おてらおやつクラブ」、地域の子どもたちに無償で食事を提供する「おてらこども食堂」、地域の中高生向けの無料勉強会「てら勉」、さらには里親制度を支援する「くわなアンジープロジェクト」まで、地域の子どもたちの教育や支援の場としてお寺を活用している。

いのち(いのちを見つめる)
 長らくグリーフサポート(死別の悲しみにくれる人を支える取り組み)の現場に携わってきた矢田さん。「グリサポくわな」は、グリーフサポートの自助グループ。特に周産期に子どもを亡くした親たちのサポートに努めている。また、終活のノウハウを学べるだけでなく、生と死を深く見つめる内容の「エンディングセミナー」も人気だ。定期的に開催することで、地域の医療、福祉とお寺をつなぎ、看取りの文化の再興を目指す。

くらす(いのちを生きる)
「キャンドル寺ヨガ」は女性に人気のお寺イベント。さらには門前にある餅屋の店舗をいまはやりのサブスクリプション(定額会費制)によるヴィンテージの洋服セレクトショップに再生した「Fukumochi vintage」。年会費3千円で何度でも服を借りることができる。家主と店主をつないでお店をプロデュースし、門徒にも声をかけて支援を後押しする。

 まるで「いのちのネットワーク」をお寺を中心に作り上げるような取り組みだ。地域の社会実験をひとりで担うかのような活動の幅の広さに舌を巻く。

 そんな矢田さん、もともとは大学院を出て、大学の研究機関にも従事した科学者だったというから驚きだ。科学者として「生命」に、僧侶として「いのち」に向き合う矢田さんのあゆみを、その原点からうかがってみたい。

おてらこども食堂の参加者と
本堂で定期的に開催されるキャンドル寺ヨガ
蓮の葉のオブジェは、鹿島出版会が主催する建築、インテリアなどの模型の入選展「SDレビュー2019」で最優秀「鹿島賞」を受賞

科学者が見た終末医療の現場の苦悩

 矢田さんは、1963年に善西寺の長男として生まれる。もともと文系少年だったが、高校時代の恩師との出会いで生命科学に魅了され、大学もその道を進む。折しも世間はバイオブームのころ。細胞融合や遺伝子組み換えなどの技術開発は、医療や農業や食品など、さまざまな分野で利用され、バイオテクノロジーはまさに夢の産業だった。理学博士を取得し、その後は愛知とアメリカの大学で16年間、第一線の研究に従事する。「お寺のことなど考えずに目の前のことを突き詰めていた」という若き日の矢田さんは、やがて終末医療の現場に積極的に関わっていくこととなる。それには二つのきっかけがあった。

 ひとつは、心理学者の河合隼雄 かわいはやおさんとの出会い。留学先のアメリカで河合さんの講演を聞き、臨床心理学を知る。ユング心理学と仏教の共通点から、科学と仏教をひとつのつながりとして見直すようになった。

「河合先生は、西洋社会を中心に発展したユング心理学を深く学ぶうちに、ご自身の中にある仏教的な要素を再認識し、西洋と東洋との自我意識の違いや、母性型か父性型かといった社会構造の違いなど、こうした問題に目を向けるようになり、それを心理療法の現場に活かすことを試みます。まさに自然科学と仏教の橋渡し役のような立ち位置だと思いました」

アメリカ留学時代

 そしてもうひとつのきっかけが、帰任地である愛知医科大学で病棟看護師によるワークショップに参加したこと。そこで矢田さんは、やがて亡くなっていく患者との向き合い方に悩む看護師たちの姿に触れ、研究室と現場の違いをまざまざと見せつけられた。

「看護師たちは、人の生死に対して、宗教や思想といった後ろだてなく、まさしく”素手”で立ち向かっていました。その日のワークショップのテーマは『臨終間際の患者さんのバイタルを測定することにどれほどの意味があるのか』でした。看護師たちは、医師と患者、家族の前で、淡々と医療業務を行うのです。家族の悲しみ・つらさを推し量りつつも、臨終間近の患者のバイタルを計らなければならない。それまで患者に寄り添い、その方の病歴、人柄、家族、仕事など、さまざまな情報を手探りで収集し、その人にとってのベストなケアを提供するのが病棟看護師。その彼らが、その方の家族との大切な最期の時間に、業務として分け入っていくことに大きな罪悪感を抱えている。葛藤する看護師たちの本音と、そんな彼らの想いをくむ看護学の先生。これが現場なんだと、ただただ驚きました」

 そこでのご縁から、まもなく愛知県内の市民ホスピス運動に参加。グリーフサポートを担当した矢田さんは、医師や看護師たちからことばにならない疑問をぶつけられているように感じた。

「現場の医師や看護師の方たちは、本当に高い職業意識のもと、熱意をもって仕事に向き合っています。だからこそ、『病になるとは、死ぬとは、一体どういうことなのだろうか』と、少しでも患者さんに応えるために、目の前で起きていることの意味を求めるんです」矢田さんは、このあたりから僧侶の自分だからこそできることを自覚しはじめる。

「医療者と家族のはざまに立って、宗教者として関わることができれば、もっとよい看取りができるのでは」と、矢田さんは愛知県内のさまざまな医療者とのつながりを増やし、以降グリーフサポートの自助グループの運営やホスピスボランティアなどに携わり、多くの人の苦しみに寄り添うこととなる。

科学者から宗教者へ 医療現場で活かせる仏教の力

 生命科学の研究者だった矢田さんが、どうして人の生き死にの現場に引き寄せられていったのか。そこには前坊守ぼうもりである母の存在が影響している。矢田さんが大学院に入ったころに難病におかされ、15年間もの長い時間、闘病がつづいた。

「私にとって、臨床現場での学びはそのまま自分ごとでした。一方では研究者として医療を支え、また多くの人のグリーフに寄り添ってきた。その一方で自分自身が患者家族として母を看る側に立つことで、医療と患者の間にある葛藤やギャップに気づかされました」と当時をふりかえる。

 闘病生活を続けていた母が息を引き取ったのは、矢田さんが40歳の時。これを機に、17年間続けてきた生命科学の研究職を辞めて、僧侶になることを決めた。さまざまな看取りの活動に取り組んでいたにもかかわらず、母の看取りは十分にできなかった。その想いが、矢田さんを善西寺に帰らせた。「愛知県内では看取りやグリーフサポートのネットワークができていましたが、三重県内には、まだまだ大切な人を安心して看取る環境はなかった。それを故郷で作りたいなと思ったんです」

 科学者から宗教者へ。まったく対極への転身のように思えるが、矢田さんの中ではふたつは違和感なくつながっているという。「自然科学は西洋で、万物の創造主である神の存在の証明のためにここまで発達してきたんです。宗教のほうが、歴史はずーっと古いですからね」

 科学と宗教がお互いを補完しあう動きは医療現場でも見られる。医師の診断や看護師の医療行為は科学的な裏づけ(エビデンス)を積み上げることによって成り立つのだが、「病が苦しい」「死がこわい」などの心の働きにエビデンスをもとめることは簡単ではない。しかし、終末医療や看取りの現場では、まさにこうした人の心に寄り添わなければならず、「だからこそ生老病死という人間の苦しみに関わってきた仏教の力が生きる」と、矢田さんは力強く言い切る。

「医療の新しい方法に『ナラティブ・ベイスド・メディスン』というものがあります。ナラティブとは対話や物語という意味で、『対話や物語に基づく医療』と訳せます。『なぜこんなに苦しいの』『なぜ私が死ななきゃいけないの』。こうした『なぜ』の部分に対して医学は答えきれない。しかし仏典や経典では、数千年にもわたる人々の苦しみが語られています。過去は変えられないけれど、対話や物語を通じて苦しみへの受け止め方が変わることで、過去が、その人の現実が変わっていく。死の恐怖や苦しみの部分に答えられるのは、エビデンスではなくナラティブなんです。でも私は、そうしたナラティブの大切さを、患者さんの苦しみに一生懸命関わろうとするお医者さんや看護師さんたちから学んだのですよ」

善西寺が主催し、地元桑名市のコミュニティプラザで開催されたエンディングセミナーで登壇する矢田さん

お寺づくりはまちづくり 豊かな看取り文化のために

 善西寺に戻ってきた矢田さんは、僧侶の立場から、地域の医療や福祉の現場に積極的にかかわり、ネットワークを築いていった。やがてそれは「まちづくり」へと広がっていく。

「苦しんでいる人を手厚くケアをするためには、マンツーマンでは限界があります。点で支えるのでも、線で寄りそうのでもなく、面で受けとめなければ」と矢田さん。地域全体が手を取り合うことの大切さを強調する矢田さんの活動は、まちづくりに取り組む若者たちとつながり、やがて善西寺は世代を超えた人たちが行きう場になっていく。

「地域の人たちにとって『いつもともにあるお寺』を目指しています。はじめの方で紹介した『りてらプロジェクト』にも、まさにそうしたへ想いを込めています。桑名が、若い人たちも住みたいと思えるおもしろい町になってほしいですし、お寺をもっとおもしろい場にしたい。若者が集うことで、地域全体で高齢者をサポートすることもできます」

 善西寺を中心に作られる「いのちのネットワーク」。矢田さんの見すえる先には、いい看取り、いいグリーフがあり、それこそが、この世に生きる私たちの幸せにつながるのだろう。

境内を訪れた地域の方と
お寺画像
三重県桑名市
走井山 善西寺
「いのち」に向き合う、グリーフサポートのお寺

寺院ページを見る

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玉川 将人

玉川 将人

1981年山口県生まれ。家族のたて続けの死をきっかけに、生涯を「弔い」に捧げる。都内の葬儀社に5年間従事したのち、現在は仏壇墓石の素心(兵庫県姫路市)に勤務。供養業界に携わりながら、ライター「とむらいマン」として活動。1級葬祭ディレクター、2級お墓ディレクター、2級グリーフケアカウンセラー。 「この世を生きるということは、亡くなった人とともに生きることなんだよ」ということを、私たちはついつい忘れがちです。お寺は、そんな大切なことを思い出させてくれるとってもありがたい場所です。お寺の魅力を発信することで、祈りや弔いの素晴らしさをお伝えできればと思います。

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