医療的ケア児と家族にお寺ができること。「もみじの家」と社会貢献①(井出悦郎)
2021.02.19
井出悦郎(いでえつろう)
1979年生まれ。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める。東京大学文学部卒。
著書に『これからの供養のかたち』(祥伝社新書)
国内推計2万人。「医療的ケア児」を知っていますか?
この度、まいてらの社会貢献活動の一環として、医療的ケア児のサポートに取り組む国立成育医療研究センター「もみじの家」の活動を支援させていただくことになりました。
まず最初に、「医療的ケア児」をご存知でしょうか?
日本は乳児死亡率が世界で最も低い国の1つです。
新生児医療技術の進歩により、日本の乳児死亡率は1000人中1.9人、生後4週までに限ると0.9人となっています(2017年)。米国は5.9人、英国3.9人、フランス3.3人(いずれも2015年)ですから、他の先進国と比べても低いことがわかります。
その結果、新たな課題も生まれています。
命を落とすことなくNICU(新生児集中治療室)を退院できる子どもが増えたことで、退院後も自宅で「医療的ケア」が必要な子どもが増えているのです。「医療的ケア」とは、鼻からのチューブなどで栄養を摂取する経管栄養、人工呼吸器の管理など、何らかの医療行為と人的なサポートのことです。
日本国内の医療的ケア児は推計で約2万人。近年では毎年700~1,000人ほど増えています。家族・親戚等の関係者も含めると、毎年数千人が新たに医療的ケア児に関わっているということになります。
医療的ケア児と家族が置かれた困難な状況
こうした医療的ケア児の家庭は、非常に困難な状況におかれています。
- 自分以外にケアを依頼できる人がいない 37.6%
- 5分以上目を離せない 40.8%
- 家族以外に子どもを預けられるところがない(学校を除く) 57.0%(*)
- 登校や施設・事業所を利⽤するときに付き添いが必要 60.9%(*)
- 子どもを連れての外出は困難を極める 65.3%(*)
- 急病や緊急の⽤事ができた時に、子どもの預け先がない 82.7%(*)
※厚生労働省「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」(令和2年実施)より。
(*)は「当てはまる」「まあ当てはまる」の回答者の合計
このように、医療的ケア児のいる家庭では、一般家庭での「当たり前のこと」ができないのです。
そのため、こうしたご家庭では次のような問題を抱えることになります。
- 退院した直後からの24時間体制での介護
- まとまった睡眠時間がとれず、肉体的にも精神的にも疲労困憊
- 外出が困難なため、家に閉じこもりがちになる
- 他者や地域とのつながりが希薄になり、孤立化が進む
- 子どもが社会的つながりを持てず、発達を促す機会がない
- 通常の認可保育所を利用できない(医療的ケアを行える担当者不足のため)
- 保護者(多くの場合母親)が仕事を辞めざるを得なくなり、経済的に困窮
身体的・精神的な負担に加え、経済的な困窮が加わると、両親の離婚などに発展するケースも少なくないようです。
医療的ケア児を家族だけで支えることは限界があります。私たちは、こうした問題を社会で考えないといけない段階にきています。
医療的ケア児家庭に必要不可欠な「レスパイト」とは
まいてらがご支援する「もみじの家」は、医療的ケア児と家族を短期間受け入れる「医療型短期入所施設」です。2016年4月に開設されました。
具体的には、1回あたり最長9泊10日の滞在ができ、看護師が様々な医療的ケアに対応。日常的なケアで疲労が蓄積しているご家族の介護負担を軽減し、「レスパイト」を提供します。
「レスパイト」とは、「小休止」「休息」という意味です。介護者が一時的に介護から解放され、リフレッシュすることの重要性は、医療や介護関係者にはよく知られていることです。
もみじの家を利用することで、ご家族は久しぶりにぐっすり眠ったり、数年ぶりの外食に行ったり、入所しているお子さんと安心して一緒にすごしたり、リフレッシュすることができます。
子どもたちのためのプログラムも充実しています。
常駐の保育士が、子どもの成長・発達に応じて自宅では味わえない体験を提供します。看護師がいて命が守られる安心・安全の環境で、ふだんはなかなか難しい同世代の子どもと遊んだり学んだりする機会も得られるのです。
「もみじの家」モデルを全国に広げるためにまず必要なこと
- 24時間にわたる「医療的ケア」
- 入浴・食事などの「生活介助」
- 遊びや学びを通じて子どもの成長・発達を支援する「日中活動」
もみじの家は、この「ケアの三本柱」を軸に、子どもとご家族にとって安心してくつろげる「第二のわが家」を目指しています。
そして、「重い病気を持つ子供と家族に対する新たな支援を研究開発し、提言することにより、社会の理解を深め、新しい支援のしくみを全国に広めることを目指します」というミッションを掲げています。
この素晴らしいミッションを全国に広げていくには、共感者や仲間が必要です。各地でもみじの家のような施設をつくっていくには、まずその地域のご家族の声を集めて行政に陳情していく必要があります。
つまり、医療的ケア児とご家族の「横のつながり」がとても大切なのです。しかし、各地で横のつながりが充実しているとは言えないのが現状だそうです。
具体的に、お寺ができること
仏教が大切にする「慈悲と利他」にもとづいて、こうした医療的ケア児を支える活動をしていきたい。現段階では次のような貢献を考えています。
貢献1:家族の会への会場提供
各地域で医療的ケア児とご家族が集まる際に、まず会場確保の問題にぶつかることが多いそうです。
お寺を会場として提供すれば、広い空間でゆったり過ごしてもらうことができ、さらには伽藍に薫習したお香の香りが緊張を和らげ、リラックスした雰囲気の中でつながりを育むことができるでしょう。
貢献2:子ども同士で触れ合う機会の提供
子ども会などに熱心に取り組んでいるお寺においては、医療的ケア児も参加できる機会が、いずれ設けられると考えます。子
どもたちにとっては小さい頃から身近に医療的ケア児との触れ合いがあることで、多様性を「当たり前」に受け入れる価値観が自然と醸成されていくでしょう。こうした風景はお寺にとってもうれしいことです。
貢献3:お寺の存在感を活かした社会への発信
お寺という歴史と物語性のある存在からの発信に期待します。お寺が社会課題に取り組み、講演会や勉強会を通じて檀信徒や地域住民に広く知らせていくことには大きな意義があります。
メディアに取り上げられることがあれば、「社会の理解を深める」というミッションを側面支援することにもつながります。
年数や経験が深まれば、さらに様々な貢献領域が生まれてくるはずです。まずは地道な活動を続けることが大切です。
精神的にも空間的にもバリアフリーなお寺へ。得られる学び
医療的ケア児の支援に取り組むことは、お寺にとっても学びがあります。
残念ながら、現状多くのお寺の境内や建物はバリアフリー化しているとは言えません。しかし、高齢化社会が進展する中で、その必要性は確実に高まっています。
医療的ケア児と関わることで、階段などの段差をどうするか、医療機器のための電源をどう確保するかなど、様々な課題が見えてきます。これらは、将来的な本堂や建物の建て替えの際に重要な参考となり、新たな建物や空間に反映されることでしょう。
こうした取り組みは、精神的・空間的に「真のバリアフリー」な存在として、お寺が発展していくことにもつながるはずです。
きっかけは、子どもを亡くした体験
私事で恐縮ですが、今回の支援のきっかけは、私の個人的な体験によるものです。
2013年に、私たち家族は生後間もない長男を亡くしました。先天的な病気を持っていた長男は、NICU(新生児集中治療室)での2ヶ月強の闘病を経て亡くなりました。
当時は息子がなんとか退院し、家に帰ってみんなで一緒に暮らしたいという一心でしたが、一方で退院したらとても大変になるだろうという大きな不安もありました。自宅での医療的ケアが必要になることは間違いなく、妻は仕事を辞める覚悟をしていたようですし、私も仕事をかなりセーブする必要を感じていました。
もみじの家の存在は、たまたま妻が記事を発見したことで知りました。
個人的な体験からも、悲しさやつらさの中にも希望の光を見つけ、生きるエネルギーに変えていくことが大切だと感じています。
もみじの家をはじめ、医療的ケア児を支える様々な制度や施設、人的ネットワークが充実していくことは、医療的ケア児やご家族にとって希望の光が社会に溢れていくことだと思います。
医療的ケア児が社会の中でイキイキと自然に生きていく環境を実現するため、多くの寺院と協働しながら、取り組んでいきたいと考えます。
素晴らしいですね!ありがとうございます!p(^_^)q
僕も群馬でやります!