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「両忘 − 好きと仕事の境界線」 ~ ちけんの禅語法話(耕雲院 副住職・河口智賢)

2020.07.06

 みなさん、こんにちは。河口智賢ちけんです。
 在宅でも心を落ち着けられる取り組みができたらと思い、毎週日曜日の朝6時スタートでオンライン坐禅会をおこなっています。参加されるみなさんのおかげで、私にとってもとても大切なひとときになっています。
 毎回坐禅の後にいただいたご質問からテーマを決めて少しお話をさせていただいています。ご質問に対し、禅語をまじえてお答えさせていただいています。
 今回いただいたご質問は、は「好きなものを仕事にすると、かえってつらくなることもあるが、どのように考えればよいのか?」という趣旨の質問でした。今回はこの“好きと仕事の境界線”をテーマに、私なりに考えたことをお話しさせていただきます。

河口智賢(かわぐちちけん)

耕雲院 副住職。様々なことにチャレンジしながら坐禅や精進料理など「禅ZEN」の魅力を発信しています。また、お寺で色んな人を巻き込んで地域食堂やマルシェなどを開催しています。ご縁から生まれる笑顔を見ることが喜びになってます。

耕雲院寺院ページ

好きも嫌いも、理想も現実も、どちらも忘れる「両忘」

 好きなことを仕事にするということは、理想でありとてもやりがいに満ちた気持ちになりますよね。しかし、好きなことでもいざ仕事となると途端に気持ちが変わります。様々なタスク管理など、仕事だからと知らず知らずのうちに気持ちが追われます。いつしか好きが好きでなくなる。そんなことも起こるかもしれません。

 禅語に両忘りようぼうという言葉があります。「好きとか嫌いとか二元的なものをどちらも忘れてしまいなさい。そうすれば心が静寂になりますよ」という意味です。

坐禅が嫌いだった自分に訪れた両忘の瞬間

 私自身も今でこそ、坐禅の時間をとても心地よく感じていますし、より多くの方へ禅の魅力を伝えていくことが生き甲斐にもなっていますが、実のところ昔は坐禅が嫌いでした。

 私は、僧侶になるために福井県にある大本山永平寺へ4年ほど修行をしました。
 永平寺での生活は、集団で規律を守り坐禅を中心とした修行をします。朝は3時半に起床して坐禅、読経、作務(お掃除)、食事も坐禅をしながら食べます。集団で生活の作法を徹底的に覚えます。威儀即仏法いぎそくぶつぽうといい、姿形を正すことが即ち仏の教えであると捉え、作法がとても重視されます。そこでは自分の意思などまったく通りません。
 坐禅も同様に眠くても足が痛くても、ただ只管しかん(「ひたすら」という意味)に座ることを繰り返しました。「これも修行」と自分に言い聞かせていましたが、苦手意識が強くなるばかりでした。

 ただひたすらに坐禅を繰り返し、いつしかそれが日常になったある日、苦手とか修行を頑張ろうと意気込んだ思いすら忘れている自分に気づくことがありました。まさに両忘の瞬間でした。そして、両忘の状態に身が置かれると、気持ちが楽だということにも気づいたのです。

坐禅は両忘に近づく営み。気にしなければ楽になる

 修行中に、この人は超人なんじゃないかと尊敬する方がいらっしゃいました。その方が「好きな仕事でも1日に何回も同じことを繰り返していたら気持ちを保つことは難しいよ」とおっしゃっていて、何故かホッとしたことを今でも時々思い出します。

 好きなことをずっと続けていくことは、理想であると同時に苦労もあります。仕事となればしがらみもあります。自分の好きなことであっても、相手の求めていることとは違うかもしれません。理想と現実の違いに苦しんだり、自分は何でこんな思いをしているんだろうと思った時は、いっそうのこと両方考えることをやめてしまいましょう。気にしなければ楽になります。
 坐禅や瞑想は、両忘に近づくための営みでもあります。両忘は一瞬でも構いません。ただ坐禅を繰り返す中で、一瞬でも訪れるかもしれない心に捉われのない時間を大切にしてください。

 心を静寂にして、好きと仕事の境界線を忘れてしまう。自分に力が入っていると感じた時は、両忘のひと時を大切にされてはいかがでしょうか。
 今日もみなさんにとって良い1日でありますよう。

オンライン坐禅会の申込方法

 オンライン坐禅会は毎週日曜日の朝6時から行なっています。参加方法はまいてらカレンダーをご参照ください。
 皆さまのご質問や坐禅会で話してほしいことなどを募集しておりますので、ぜひお気軽にお申し込みください。

本稿の英訳(※坐禅会のご参加者の方が英訳されたものです。感謝!)

How can we draw a line between a hobby and a work?

Hello. I’m Chiken Kawaguchi.
Thank you very much for attending our fifth online Zen session. I’m writing this email letter to share the talk we had after the meditation.

I’d like to talk about today’s theme – drawing a line between what we love to do and what we have to do.

Choosing what you enjoy as your job is such an ideal and rewarding thing. At the same time, you have to change your perspectives once you’ve taken it as a job. You will find yourself pressed with works like curriculum preparation and task management without realizing. Before long, you may not enjoy what you are supposed to like.
That sometimes happens.

At long last, I feel very comfortable during a zen meditation and it’s been my motivation to appeal Zen aesthetics to more people. I was not fond of a meditation practice before, to be honest.

We have a word, Ryo-bo, in Zen teachings. It reminds us of the importance of forgetting something two-dimensional such as likes and dislikes. If you do so, you will obtain a peaceful mind.

I went through Zen practices for about four years at Daihonzan Eiheiji Temple in Fukui Prefecture to become a Buddhist priest. We were trained to follow the disciplines, mainly practicing a seated meditation, in a group. We got up at 3:30 in the morning, seated in meditation, read sutras, cleaned and had meals even in meditation. I turned over a leaf from as an easy campus life to a hard Buddhist training. Everything started from acquiring manners of group life without using things like a mobile, a watch or a TV. It was hardly possible to express our own thoughts, of course.

Igisokubuppo – which tells us that keeping proper demeanor is nothing but a Buddhist teaching.

The same goes with a Zen meditation. So, I just sat with all my heart day after day despite drowsiness and pain in my legs. I kept telling myself that I could endure this as a training, but on the contrary, it was getting more and more difficult.

One day, I suddenly became aware that my devotion to meditation had become a routine and even my determination toward conquering difficulties and going through ascetic practices had disappeared. At that point, I also noticed I had a free mind.

The man I respect, actually I think he is a superman, said that maintaining himself high-energy all the time was almost impossible when he did the same thing repeatedly even if he loved it. I remember what he said relieved me for some reason.

Continuing something you love is ideal but sometimes trying. When it comes to work, you will be even more constrained. Your passion may not correspond with others’. If you are distressed by the gap between ideal and reality or the thought of what suffers you, why not forget the both altogether?

Soon, you will definitely be eased. Cherish the time, even a moment, in which you can be free from yourself by making a habit of seating in meditation. And you may happen to find that everybody has a similar kind of worries. Thinking like that will surely comfort you.

Find no border between what we love to do and what we have to do in a place of tranquility. Don’t we need to take it easy once in a while? I hope you can savor such a precious moment.

If you have any questions or something you’d like to talk about, please let me know.
Our next session will start at six in the morning, June 28. Please sing up on this website.

I look forward to having you again. Have a beautiful day!

Sincerely,
Chiken Kawaguchi

お寺画像
山梨県都留市
種月山 耕雲院

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河口 智賢

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