大阪のオアシス寺。住職は時代の先を歩くアイデアマン-興徳寺 住職 青木隆興さん(大阪市天王寺区)
2019.07.16
自然豊かな都会のオアシス 人のぬくもりが感じられる境内
山門をくぐると大阪市内とは思えない緑豊かな庭が広がり、ささやかな置物ひとつひとつにまで人の手のぬくもりを感じる。猫の散歩、鳥のさえずり、境内を流れる川の音が訪れる者を癒し、放生池で鯉が泳ぐのを横目に、「朝の6時半から日没までであれば、いつでもどなたでもお参りしていただけますよ」と、住職の青木隆興(あおきりゅうこう)さんはにこやかに語る。
庭の手入れは主に母がしてくれています。寺務所の軒に吊るしてある風鈴は妻。たくさん並んでいる石の置物は私の趣味。昔なつかしいコイン式の乗り物は父が買ってきたものです(笑)
本堂にたどりつくまでに目を見張るところがたくさんあって楽しい。不動明王や六地蔵の石仏。あちこちの植木鉢から顔をのぞかせる色あざやかな草花。頭の上からは地元の保育園の子どもたちによる鯉のぼり。樹木葬の区域には松と楠としだれ桜が植えられ、その上、33尺(約10メートル)にもおよぶ准堤(じゅんてい)観音が大きくそびえ立つ。
大阪の一等地にあるお寺ゆえ、決して広くはないが、小さな見所がありすぎて、お寺の人たちがいかに心を込めて境内のすみずみにまで手を加えているかがひしひしと感じられる。「都会の中のオアシス」。ありきたりな言葉がぴったりあてはまるお寺だ。
家族みんなでやっていることが伝わっているんですね。お檀家さんのお墓参りもありますし、このあたりに勤めているサラリーマンの人で、毎日お昼休みに本堂でぼーっと過ごされる人もいます。みなさんおのおの、興徳寺をご利用いただいています。
境内に流れるよい空気は、お父様である先代住職が育んだそうだ。自分自身が住職となったことで、いまの興徳寺のベースを作った先代の偉大さが分かるという。
父は行事ごとが大好きでしたね。施餓鬼法要の時も、「3世代でお参りしてほしい」という想いから、子どもが喜ぶような金魚すくいやいろいろなアトラクションなどを積極的に作っていました。そのため子どもの頃から法要の準備にかり出され、まあ大変でしたよ(笑)。
その血を受け継いでいるのだろうか。興徳寺ではいまも積極的に境内でのイベントを開催している。月に2回の「寺ヨガ」には男女問わず参加者を集めている。
ヨガは妻の発案なんですけどね(笑)。仏様に見守られ、ゆったりとした雰囲気の中で行います。本堂の灯りを暗くして、お線香のゆらゆらとした煙と薫りが心身をリラックスさせてくれると好評です。
また、年に2回行われる「寺ジャズ」も人気を博している。
ジャズもね、妻の発案なんです(笑)。「これをしてみたい」という提案を、「とりあえずやってみたら」といって受け入れるんです。なにごともそれがいいのか悪いのか、やってみないと本当に分かりませんからね。
積極的な取り組みには、住職としての使命感があるという。
私自身、宗教者だけど、ひとりの経営者でなければならないと思ってます。普通のお店と違って、お寺は「できないからやーめた」ができない。なぜなら、お預かりしているご先祖様がおられるからです。ご先祖様とのご縁を次の代に引き継いで、未来永劫続くように段取りするのが住職の仕事。そのためにはお寺をつぶしてはならないんです。
「町の電気屋さん」のようなお寺を目指して
宗教者だけど経営者。その自覚は母方の祖父の血を受け継いでいるのではないかと、青木さん曰く「かなりアヴァンギャルドな人」だったそうだ。
戦後の焼け野原の中ですぐにトマトの栽培を始めたり、佐賀県に米作りのヒントがあると聞くとその日のうちに飛んで行くような人。時代は戦後ですからね、当時はトマトなんてものがそもそもないし、そう簡単に九州まで移動できるような社会じゃない中での行動力。「商売は世の中の半歩先を行かなあかん」と言ってたそうですが、でも本人は3歩先を行くような人だったそうです。
「ではお寺にとっての半歩先はどんな感じなのか?」と訊ねると「半歩先なんて見えないですよ。私も3歩先に行っちゃうんで」と笑いながら、大変興味深い冊子を出してくれた。高齢者と社会福祉制度をお寺がつなぐという取り組みだ。
見守り制度、後見制度、遺言。高齢者を支援する社会制度は着実に充実していますが、まだまだ理解されていない。お寺だったら、お檀家さんとそれらの制度との中継ぎを担えるんじゃないかと思うんです。お檀家さんの家には月に一度、月参りという形で必ず訪問しますが、これは立派な定期巡回システムでもある。だから、困ったらまずはうちに相談してよと。お寺だからこそ「よろずや」の役割ができる。弁護士さんや行政とのパイプを私が持っていることで、お檀家さんを助けられるんじゃないかと。
時代の半歩先にお年寄りの困りごとを見据える青木さん。お寺としてあるべき姿を考えた時に、意外にも昭和的な「町の電気屋さん」が浮かんだ。
「町の電気屋さん」は量販店にはないフットワークの軽さがあります。最近見かけなくなりましたがお年寄りにとってはとても大切な存在。「ちょっとテレビがおかしい」「ちょっと電球がつかない」こういうささいな困りごとにすぐに対応できるフットワークのあるお坊さんが求められていると思います。
きっかけは、お互いにとって無念だったお檀家さんの死
お寺が社会福祉の一端を担う。青木さんがこのような取り組みを積極的に行うのは、ある方の孤独死がきっかけだった。
お檀家さんの中に孤独死をされた方がおられました。身寄りもないし、外にも出ませんから、月に1度の私のお参りが数少ない外との接点だったんです。後見制度や遺言など、すべきことを伝えてはいたんですが、「まだまだ若いから」ということで何もされなかった。うちのお寺で永代供養にしてほしいとも仰ってましたし、私にとっても大切なお檀家さんですから、当然のように遺骨を受け入れるつもりでした。
しかし、ことはお互いにとって望まない形で進んでいく。孤独死で身寄りが見つからないために、遺体は警察預かりとなり、故人の葬儀は行政が執り行った。遺骨がどこにあるのか、いまでも分からない。
お互いに無念ですよね。どんなに私がその方の想いを知ってたとしても、本人が望む葬儀や供養が叶えられなかった。だからこそ急がなければならないと思いました。お檀家さんの中には似たような境遇の人がとても多い。お寺の一番の仕事は死者供養かもしれませんが、その一歩手前からできることがたくさんある。
青木さんは、「お坊さんの仕事はパントマイムだ」と表現してくれた。その意図するところがなんとも深い。
パントマイムってのは、形がないものをあるものとして振る舞うわけです。私たちも一緒。お坊さんが提供できるものって、形がないんです。葬儀や法事もそうですよね。目に見えない死者や先祖の存在を見えるようにしてあげるのが私たちの仕事ですから。
死者供養を行うことで、生きている人と亡き人をつなぐ。そして定期的にお檀家さんの家にお参りすることで、悩みや困りごとを聴き、それぞれの専門家につなぐ。お坊さんの仕事とは、まさに「つなぐこと」に尽きるのだろう。
私は近江商人の考え方を大事にしています。「三方よし」の考え方ですね。「売り手よし、買い手よし、世間よし」でなければならないと思ってます。お寺だけが奉仕するのではなく、それによってすべての人がつながり、満たされることが大切です。
お寺が経済や商売を考えるというのは、聞こえは悪いかもしれないが、人々が循環し、社会全体の活性化につながるとても意味のあることなのかもしれない。お檀家さんと定期的に行っている遠足も、その内のひとつだ。
年に2回ほど、お檀家さんとお寺や神社を巡る遠足をしてるんです。普段外に出ることのないお年寄りの人も、お寺から誘われたら行きやすいですよね。そしてそれによって、バス会社、ごはん屋さん、おみやげ屋さん、いろんなところが動く。お寺が1つ動くだけで、お檀家さんが喜んでくれるだけでなくて、経済が動くんです。
人間は自然の中で活かされている
お寺にはいつお参りの人がやってくるか分からない。葬儀もいつ発生するか分からない。お坊さんとはオンオフの切り替えが難しい仕事だ。「オフの日なんて、ないですよね?」と訊ねると、意外にも青木さんはオフをとることの大切さを語ってくれた。
たしかに難しいことです。でも私は意識的にオフを作るようにしています。私も普通の人間なんで、リフレッシュの時間は必要です。もちろん携帯電話を持ってますんで、いつでも対応はできるようにしてますよ。
ドライブや買い物に加えて、青木さんはよく海に潜りに行くのだそうだ。
海に入ると分かるんです。人間も自然の中で生かされているということを。人間は、ちょっとした変化ですぐにダメになる。波が出てくるだけで、もうそれに振り回されちゃうんです。
大阪の大都会にあるお寺とはいえ、青木さんの仕事は、遺骨の埋葬を通じ、自然に還っていく瞬間に携わることだ。
どんなに人間ががんばってもこの自然には勝てない。もう少し人間も謙虚に生きなければならない。海はそんなことを教えてくれます。
あなたの気の向くままに興徳寺を使ってほしい
誰もが気軽に境内でおのおのの時間を過ごせる。インタビューを終えて、改めて、境内をひとつひとつ案内してもらった。緑が豊かで、鳥がさえずり、魚が泳ぐ。隣の学校では部活に明け暮れる学生たちの声が響く。その光景にとけ込むように樹木葬墓地があり、切り株の形をした合葬墓が置かれている。興徳寺では、人も、自然も、動物も、そして生者も死者も、みなが等しくあるように感じられる。
葬儀やお墓のご相談ももちろんですけど、気の向くままに興徳寺を使ってほしいです。鯉に餌をあげに、仏様を感じに、ただぼーっとしに。どんな人にとっても、あたたかな場でありたいと思ってます。
お礼を述べて立ち去ろうとすると、青木さんの背後に本堂に入ろうとしているスーツ姿の男性が見えた。青木さんはにこやかに、「あの方ですよ。毎日昼休みにお参りに来られている男性の方は」と教えてくれた。