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「社会性の葬儀」から「想い最優先の葬儀」へ。新型コロナが葬儀を変える(足立信行・T-sousai代表)【死に方のココロ構え①】

2021.12.19

足立信行(あだちしんぎょう)

株式会社 T-sousai 代表取締役社長。1982年、京都府生まれ。在家の家に生まれる。18 歳の時に高野山で僧侶になることを決意。2005年高野山大学人文学部密教学科卒業。2006年高野山専修学院卒業。2007年高野山金剛峰寺布教研修生修了。高野山で修行をする中で僧侶や寺院の役割を考え、一度下山。葬儀の重要性に気づき、2008年 大手互助会系の葬儀会社に入社。葬儀の担当者となり、年間約 120 件の葬儀を手掛ける。2012 年IT 企業に入社。エンジニアとして活動。2017年、僧侶と葬儀会社の担当という経験から、お互いが遺族や故人のために協力し祈りの場所として本堂などで葬儀をあげ、安価で心あるお寺葬の構想を企画。葬儀の告知、WEB、導入などから実施、施行までをワンストップできる株式会社 T-sousai を創業し、現職。

T-sousaiホームページ

 私は現在、都内で葬儀社を経営しております。そして、葬儀社の代表を務めながら、私自身は18歳の時に発心して出家し、経営者であり、僧侶という珍しい経歴を持っております。この度は貴重な機会をいただき、僧侶として、葬儀社として、弔いの儀式とはなにか、葬送の根本的な意義とはなにかなどを、お伝えしていければと思っております。
 第1回目は、コロナの葬儀を経験して感じたことと、これからの葬儀に関してのお話しをいたします。

コロナ禍で「導師」と「葬儀社の担当」を経験する僧侶

 昨年以来、新型コロナが猛威を振るう中、まずは亡くなられた方のご冥福とご家族の深い悲しみに心からお悔やみ申し上げたいと存じます。
 私自身、葬儀の担当者として、感染された方の葬儀を幾度か経験いたしました。感染が若干落ち着いた時期でも新型コロナ感染者のご遺体搬送は厳重極まるもので、納体袋のうたいぶくろという特殊な袋にお身体を入れて搬送し、安置いたします。ひつぎを開けての最後にお別れも、袋の上からでしか出来ません。

 また別の機会では、新型コロナ感染で亡くなられた方の、葬儀の導師を勤めることもありました。故人様の弔いと葬儀社の負担がなるべく少なくなるよう、葬儀社の指示は素直かつ速やかに実施し、お別れにも立ち合い、葬儀を終えることができました。
 担当者として、そして導師として、新型コロナの葬儀にたずさわりましたが、いずれの方も袋の上からしかお別れができないことに大きな悲しみを覚えておられました。私自身も、感染症という目に見えないウィルスに罹患りかんすると、かくも不自由なお別れを強いられるのかとやりきれない想いでいっぱいになりました。

新型コロナ禍における葬儀導師
葬儀の導師を務めた際に撮った写真

「社会性を帯びた葬儀」から「想いを最優先にする葬儀」に

 新型コロナ前と比較すると、一日のみで終わらせる葬儀式が増えています。徐々に感染者が少なくなった時期でも、一日葬は未だに多い状況です。
 しかし、それに逆行してか、新型コロナを契機に儀式を重要視する方が多くなってきたように感じます。儀式の意味や意義に加え、葬儀で近親者が集うことを前向きに考えるご遺族が多くなった気がします。多くの参列者を呼ぶ葬儀はとても減りましたが、その反面、近しい人やお別れをしたいと本当に思える方をきちんと呼ぼうとするご遺族が増えていると感じます。バーチャルな画面越しでお別れするよりも、実際に同じ場におもむき、同じ空気の中で同じ弔いの儀式を体験することが重んじられるようになりました。オンライン葬儀なども一時は言われましたが、現在ではあまりニーズはありません。

 この現象を僧侶と葬儀社の両方の視点から考えてみると、故人様とあまり面識のない一般の方を呼ぶという、社会的なお別れの側面が強かった葬儀から、よりご家族に近く、最期を見送りたいと思う方が同じ場に集ってお別れをする葬儀に変化してきました。換言すれば、「社会性を帯びた葬儀」から、「想いを最優先にする葬儀」に変わってきたと言えます。
 僧侶も葬儀社も、なんとなく葬儀はこういうものだ、変わるわけがないと高をくくっていたのですが、昨年からガラリと変わり、遺族は、同じ場で同じことをすることの大切さを改めて実感したのだと思います。コロナで集うことの機会が失われ初めて集まる重要性に気づいたのだと思います。

お寺の本堂葬
本当にお別れをしたい人が弔う葬儀へ

手を触れて別れる意義

 どんな人も亡くなります。しかし、のこされた人は理由を求めます。

「なぜいま死んだのか?」
「なぜもう少し長生きしてくれなかったのか?」
「もっと話したかった。もっとつながりたかった」

 ある程度、死期を予見していても人は少なからずその理由を求めます。それでも、あらゆる感情を押し込めて前に進むしかありません。遺された人々は答えのない理由を胸に抱き、生きていくのが現実です。

 そんな時に大切になるのが「死を捉える実感」であり、弔いの場がもつ力です。大切な人の死に対して、納得はできない、理由も見つからない、けれども前を向いていかなくてはならない。そのためには、死の実感がとても重要だと感じます。亡くなったことを受け入れるでもなく、理解するでもなく、亡くなったことをただ実感する。当然、実感には個人差がありますが、同じ場所で同じ葬儀を経験することをより強く考えさせてくれるのがこの実感ではないでしょうか。

 新型コロナ禍で、故人に手を触れて別れる大切さを私たちは放棄してはならないと改めて感じました。これからの葬儀は、会葬者の人数はより少なくなり、より想いを大切にする儀式になっていくでしょう。時代が変わっても大切な人を亡くす悲しみは変わりません。祭壇や設備の豪華さより、亡き人を弔うという大切な営みや想いが、今見直され始めています。

出棺時の献花
これから葬儀は本当に弔いたい方が集う葬儀に

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