「物心つく頃から母と歩いていた」老遍路との出会い(長谷寺住職・岡澤慶澄)【けいちょうの徒然お遍路記(7)】
2021.07.20
岡澤慶澄(おかざわけいちょう)
昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。
前回(1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す)はこちら。
すぐに巡礼者に気持ちが切り替わらず
賑やかな、朝の通学の子供たちや通勤の車の行きかう道から、遍路道は静かに離れて続いています。その道を行く僧形の二人。手に執 る錫杖の金輪の音が、その静かな道にシャクシャクと響きました。1番札所を後にして、まだ数キロも歩かぬ私たちの姿は、お遍路さんとしてはいかにもぎこちなく、遍路道に溶け込めないものだったでしょう。そんな姿を、きっと道沿いの人々は昔から見送りながら、そのぎこちなさを「初々しい」とみることもあるのでしょうか。
人はいかにしてお遍路さんとなるのか。
なんだか哲学的?な問いですが、つい昨日まで働いたり学校に行ったり、家族と過ごしたりしている人が、一介の巡礼者になります。そこには、なにがしかの変容があって、私の場合は旅衣の姿になったり、電車や船の旅をしたりしながら、じわじわと日常の暮らしから遠ざかってお遍路世界に足を踏み入れてきたように思います。しかし実際に遍路道を歩き始めてみれば、そう易々と生活者が巡礼者に切り替わったりしないとも感じていました。
そんな私の気持ちを、遍路世界へとぐっと引き入れる出会いが、このお遍路初日にふたつありました。ひとつ目は、ある老人(老遍路)との出会い、ふたつ目は、逆打ちの精悍な男性との出会いでした。どちらも、私のその後の遍路旅を方向づけもし、励ましもし、迷わせもしました。
記憶に残る老遍路との出会い。強烈な匂い
一人の老遍路との出会いは、2番札所を過ぎたころのことでした。記憶では、少し霧雨のような雨が降り、私たちは道沿いのお宮の大きな樹の下で雨宿りをし、いくらか晴れてきたので再び歩き始めました。雨にぬれたアスファルトの路面に、秋とはいえ日差しが当たるとむっとした空気が立ち込めます。
そんな中を歩く私たちのかなり前方に、杖を突く小柄な姿がありました。白装束ではありません。青いヤッケのようなものを着ているようでしたが、だいぶゆっくり歩いています。とてもゆっくりでした。ですので、ほどなくその人に追いつきましたが、近づきつつ思わず私たちは顔を見合わせました。
驚いたのは、その老人の匂いでした。それはもうずっと長い間、入浴していないのか、洗濯をしていないのか、そのどちらでもある、強い匂いでした。
私は歩き遍路をする5年ほど前に、東海道を京都から歩いて旅をしようと目論んで、途中、豊橋で挫折した経験があります。何しろビーサンでブラブラ歩いたので、足がおかしくなったのでした。あまりの痛さに、ある大きな街の駅の裏手の公園で動けなくなり、しばらく休んでいるうちに眠り込んでしまったことがありました。
まだ明るい時間だったと思います。ふと気がついて辺りを見回すと、自分が数人の人たちの中にいて、その人たちはホームレスなのでした。目を覚ました私に、口の空いたワンカップを渡すおじさんがいて、何だか分からずに一口飲みました。謎の味で、アルコールらしいことは分かるものの、目覚めには効きすぎました。ホームレスのおじさんたちは、別に私に話しかけるでもありません。どうやら、日が暮れるとみんなで集まって寝泊まりするようなところに、私が入り込んでしまったらしいのでした。
数人のホームレスのおじさんたちと一緒に、街の駅裏の公園で、静かな不思議な温もりのような感覚に包まれたしばしの時間。ワンカップをおじさんに返してお礼を言い、痛い足を引きずって歩き始めました。その時の、匂いが鮮烈に蘇りました。そしてその老遍路さんにも、静かな温もりを感じました。
衝撃の返答「物心ついた時からお遍路を歩いていた」
私はその老遍路に追いつくと、しばらくの間、横を歩いて、思い切って話しかけてみました。
「おじさんは、もうずっと歩いているんですか?」
片足を引きずるようにして歩いていたその老人は、久しぶりに人の声を聞いたという顔で私をちらっと見ると、しばらく間をおいてから独り言のように言いました。
「ものごころついた時には、もう母親に手を引かれてお遍路をしとった」
真っ黒に日焼けした顔には深い皺が刻まれていて、青いヤッケもよく見るとところどころ破れてボロボロでした。何か入っているのか黒い小さなリュックを背負い、もともと何色だったのかも分からないズボンを履いていて、素足の足には右と左に別々のビーチサンダルを履いていました。足の爪は、もうほとんどなくなっています。とても固そうな足の皮膚がごつごつしているのでした。
私は、その老遍路の放つ匂いに圧倒されながら、その匂いからすぐにでも逃れたいと感じつつ、また一方で、開始早々に遍路道そのものが何かいきなり「道の実相を見よ」とばかりに、うかうかしていたら気づけないでいる大切なことを見ているように感じて、その場を離れられないのでした。至れり尽くせり準備万端で自分探しヨロシクさっそうと歩きだしてみた私に、老遍路は匂いと、ボロの服と、ちぐはぐなサンダルとごつごつの皮膚の足で何かを語りかけてくるのです。私は、きっと無礼な振る舞いだったと今も思うのですが、その姿をじっと見つめました。
しかしこの時、老遍路を凝視しながら、自分が実際に何を感じていたのか、実はよく思い出すことができません。ただ、その老人の身なりとか、瞳とか、喋る時の口の動きとか、何よりその体臭が蘇ってくるばかりなのです。それは何か、感想とか、解釈とか、言語化とか、理解とか、まして共感を許さない、そのような出来事でした。
老遍路との道連れは今少しだけ続きます。
ものごころついた時から歩いているという老遍路の足は、遍路道に深く深く根差すかのようにゆっくり。一方、私の歩みは、相変わらずぎこちないものでした。
※次の記事(「お遍路を400周!?」ただ者ではない老遍路との出会い2)に続く