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【へんろ道の思い出(6)】1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す(長谷寺住職・岡澤慶澄)

2021.06.29

岡澤慶澄(おかざわけいちょう)

昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。

長谷寺寺院ページ

前回(お遍路の始まり。いざ、一番札所・霊山寺へ)はこちら

1200キロの遍路道、その第一歩

 翌朝、いよいよ全長約1200キロメートルの歩き遍路の旅、四国八十八ケ所巡礼の旅が始まりました。宿のおじさんは、そうやってこれまでにいったい何人のお遍路さんを送り出してきたのか、淡々としながらも、ていねいに送り出してくれました。

 友人と私は、お互いに眠りの浅い夜を過ごしていましたが、旅の衣支度を調え、網代笠 あじろがさ錫杖 しゃくじょうを手に持ち、歩きの旅にはいささか大きなリュックを背負って、おじさんに挨拶をして一番札所に向かいました。

霊性を開発するメソッドが詰まった霊場の空間

 よく晴れた初秋の阿波の空の下、天竺と大和をつなぐという「竺和山じくわさん」の山号がまぶしく輝く山門をくぐり、私たちは連れ立って「始まりの寺」である霊山寺りようぜんじをお参りしました。朝七時を過ぎたばかりの、朝の静けさが心地よい境内には、もうすでに香煙が漂っています。

絶えることのない祈りの香煙

 お遍路さんは、山門で足を止め丁寧に一礼してからくぐります。寺の山門は、俗界と聖なる世界との関所でもあり、仁王さまが私たちを生き様のすべてを見透かすように眼光鋭くにらみを利かしています。阿形 あぎょう吽形 うんぎょう、「あ」に始まって「ん」に至るまで、私という存在を丸裸にしてお参りしなさいということでしょうか。門を潜ればそこに水屋があって、参拝者は水をもって口をすすぎ手を洗って心身を清めます。

俗界と聖なる世界の境でにらみを利かす仁王さま

 こうして巡礼をしていると次第に気がついていくことがあります。山門、水屋、参道、そして本堂へと進むアプローチでは、頭を下げたり手を合わせたり、口を漱いだり、参道脇の石仏に手を合わせたり、行きかう人に「ようお参り」と声をかけられたりしながら、ゆっくりと、こころを運んでいきます。
 それはどこに?本尊さまの前に、です。霊場というのは、古来伝えられる作法や習慣の手順を踏みながら、私たちの心をゆっくりと無意識のうちに、聖なる場所へと運び、日常性の中で閉じていた宗教心を開いていきます。今ふうに言うなら、霊性を開発していくメソッドとして、こうした巡礼の作法や文化は形成されていると言ってよいでしょうね。

歩き遍路に不安でいっぱい。道中の無事を念じ、大声で読経

 そんな理屈はともあれ、参道を進みながら、いよいよ始まる歩き遍路の旅を前に、私は心身がおののいているのを感じていました。かなりの健脚の人でも一か月は要する歩きの旅が、実際どのようなものなのか想像もできないのですから、きっと初めて歩く人は誰でもこの一番札所で同じような不安を感じるに違いありません。

 お遍路では、各お寺(札所)の本堂と大師堂の二か所でお参りをします。つまりその寺の本尊さまと、弘法大師にお参りをします。どの寺も、弘法大師とゆかりがあり、さまざまな縁起を伝えています。
 私は、この「始まりの寺」の本尊釈迦如来さまの前で、道中の無事を念じつつ読経を捧げましたが、心中は「大丈夫だろうか」という不安でいっぱいでした。せめて坊さんらしくお勤めをしようと、友人とともに大きな声で観音経と般若心経を唱えたのでした。一番札所だけに、次々とやってくるお遍路さんたちが、「お坊さんがいるよ」と小声で話しながら手を合わせてくれるのでした。大師堂でも一層熱を入れて読経しました。少し緊張もほぐれたのか、境内に自分たちの声が響いているのを感じました。
 読経を終え、ほっと一息ついて境内を散策していると、バス巡拝のお遍路さんたちが到着し、巡礼の鈴の音が境内いっぱい鳴り響きました。鈴の音は、遍路道に昔も今も鳴り響く祈りの音です。

 時刻はまだ8時前。朝日が山門の向こうに輝いていました。いよいよ本当の旅の始まりです。私たちは朝日に照らされる山門を出て、あらためて境内に向かって深々と頭を下げ、そしてお遍路道を二番札所極楽寺 ごくらくじへと向かって歩み始めました。おりしも登校する子供たちとすれ違いながら歩いていくと、出勤時間の車がせわしく行き交う道路から、古い遍路道はそっと離れて、静かな田舎道へと続いているのでした。 (続く)

旧遍路道の道しるべ
お寺画像
長野県長野市
金峯山 長谷寺
日本三所 長谷観世音霊場

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