月に一度のよりどころ 炎の前で心を整える護摩祈願(普賢寺住職・小野常寛)
2025.12.08
東京・府中にある天台宗の普賢寺では、不動明王のご縁日である毎月28日に護摩祈願が行われています。立ちのぼる炎の前で手を合わせ、自分の願いと静かに向き合うひとときは、多くの人にとって心を整える「よりどころ」のような時間になっているようです。IT企業などの勤務を経て寺カフェを立ち上げ、また比叡山での修行を重ねてきた住職・小野常寛さん。護摩祈願を通して、「フレンドリーなお寺」をどのように育てていこうとしているのか、語っていただきました。

小野常寛(おのじょうかん)
都立国際高校、早稲田大学卒業、米に交換留学。一般企業を経て寺カフェの運営を行う。 2017年 北嶺回峰行初百日満行 2020年 普賢寺43世住職拝命 夢:「世界平和に貢献する国際的な僧侶になること」
炎に願いを込める護摩祈願 – 心を整え、未来へ祈る時間

普賢寺では、不動明王さまのご縁日である毎月28日に護摩祈願を行っています。「護摩祈願」と聞いても、あまりなじみがない方も多いかもしれませんね。
護摩とは、古代インドに端を発する火の儀礼で、お米や穀物などの供物を火に投じて祈りを捧げる儀式の総称です。密教とともに日本に伝わり、やがて山伏に代表される修験道や神道とも結びつきながら、日本独自の祈願のかたちとして発展してきました。
立ちのぼる炎の柱と、もくもくと立ちこめる煙。そのおごそかな雰囲気に惹かれて、毎回、本当にさまざまな世代の方が足を運んでくださいます。
お寺に行くと煙を体にかけたりしますよね。あの煙は、供物をお供えした残り香のようなもので、そのご利益にあやかろうという思いが込められています。
護摩祈願の場では、まず行者(護摩を修行する僧侶)自身が密教の教えに基づいて身と心を浄め、諸仏・諸尊をお迎えします。そして、供物を火にお供えしながら、皆さまの代わりに仏さまへ願いをお伝えしていきます。最後には「お加持」といって、仏さまと一体となった行者が一人ひとりにお数珠を頭と肩にあてて、祈りが届くよう橋渡しをするお勤めをいたします。全体としては、40〜45分ほどの法要です。

護摩のあいだ、皆さまにもご一緒にお経や不動明王さまの真言を唱えていただきます。途中で、それぞれの願い事を書いていただいた護摩木を、自ら護摩壇のそばへお持ちいただき、お供えしていただきます。

願い事の内容は、家内安全や病気平癒、合格祈願、商売繁盛など本当にさまざまです。誰かの不幸を願うような内容でなければ、どんな願いでも構いません。自分が元気になったり、進学や仕事がうまくいったりすることで、その力を周りの人や社会にも還元していけるような願いであってほしいと、私は思っています。
実際に、護摩祈願に来られる方からは「心が晴れやかになる」「力をいただいて、また頑張ろうと思える」「毎月来ないと落ち着かない」といった声を多くいただきます。心をリセットしたい、静かに整えたいという思いで、毎月続けて来られる方もいらっしゃいます。
当日は予約不要で、時間に合わせてお越しいただければ、どなたでもご参列いただけます。お一人で静かに座っておられる方もいれば、ご家族やご友人と一緒に来られる方もいます。いずれにしても、護摩の場がその方にとっての心の拠り所や生活のリズムの一部になっているのであれば、住職としてこれほど嬉しいことはありません。
誰でも訪ねやすいお寺へ – 普賢寺が育む“フレンドリーな空気”

私は2020年、父の後を継いで第43世住職を拝命しました。それまでの経歴は、僧侶としては少し変わっているかもしれません。
大学の在学中にはアメリカに交換留学も経験し、卒業後は、人事・組織のコンサルタント会社や IT ベンチャー企業で働きました。その後、寺カフェの運営を行う「結縁企画」という会社を立ち上げました。もともと寺を継ぐつもりではありましたが、国際的な視野を持ち、社会のことをよく知っている僧侶になりたいという思いがあったので、まずは社会人としての経験を積みました。そして2007年頃から、本格的に僧侶としての修行をスタートしたのです。

普賢寺では、「参詣される方の心が豊かになること」を一番大切にしています。寺の名前の由来である普賢菩薩さまは、お釈迦さまの慈悲の象徴だといわれます。本尊の不動明王さまも、内に深い慈悲の心を宿しながら、外側には憤怒のお姿を現される尊格です。その「慈悲」はサンスクリット語でミトラ、マイトリーと言い、もともとの意味は「友」です。
どんな方にとっても友好的で、慈しみの心をあたためられる「フレンドリーなお寺」でありたい。それが、私の願いです。
その一環として寺カフェの活動なども行い、お寺と人々の日常が出会う入口を広げてきました。最近では、外国の方が写経や護摩祈願などに参加される機会も増えてきています。
護摩から生まれるつながりの輪 – 普賢寺が大切にする「場づくり」

今後、特に力を入れていきたいと考えているのは「場づくり」です。宿泊ができたり、勉強会や学びの場が開けたりするようなスペースを整えて、日本仏教の精神性や教えを、より深く味わっていただけるプログラムを用意したいと思っています。
単に一度お参りして終わり、ということではなく、継続的に学び、対話し、自分自身と向き合う時間を持っていただけるような場にしていきたいのです。

護摩祈願の炎の前で、自分の願いと静かに向き合う時間は、誰にとっても日常から一歩離れて、自分自身と深く出会い直す機会になるはずです。その体験を通して、心が少しでも豊かになり、明日からの一日一日を、少し軽やかに、生きやすく過ごしていただけたら嬉しく思います。




まいてらだより