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	<title>金峯山 長谷寺 &#8211; まいてら</title>
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	<description>安心の寺院・僧侶紹介。あなたにピッタリの探し方</description>
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		<title>文殊菩薩の一撃（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（12）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20220304/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Mar 2022 07:57:55 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（逆打ちお遍路さんの衝撃の一言「いつも初めてです」）はこちら。 文殊菩薩の一撃「いつも初めてです」 　ゴムまりを彷彿とさせるエネルギッシュな逆打ちのお遍路さんは、「もう何週も回っているんですか？」という私の質問に対 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（逆打ちお遍路さんの衝撃の一言「いつも初めてです」）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211220/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">文殊菩薩の一撃「いつも初めてです」</h2>
<p><em>　</em>ゴムまりを彷彿とさせるエネルギッシュな逆打ちのお遍路さんは、「もう何週も回っているんですか？」という私の質問に対して、「10周」とか「30周」というような、私がワクワクしながら期待した回答ではありませんでした。彼は「いつも初めてです」と言ったのです。</p>
<p><em>　</em>その予期せぬ言葉は、私にとってかなりインパクトがありました。「覚醒の一打」と言うのでしょうか。禅の道では、<ruby>警策 <rt>けいさく</rt></ruby>というよく知られる棒があり、体験したことがある人も多いと思いますが、座禅中に背中をパチンとやられるあれのように、そのゴムまりのような逆打ち遍路さんの言葉は、何かハッとするものがありました。私の中で、遍路道への心構えが、その時に変わったように覚えています。</p>
<p><em>　</em>禅の世界で警策という棒は、「<ruby>文殊菩薩 <rt>もんじゅぼさつ</rt></ruby>の手」と言われているそうです。文殊菩薩は、禅堂に獅子に乗った姿でまつられていますが、仏教における智慧の菩薩としてとりわけ重視されます。あの背中をしたたかにひっぱたくパチンは、私たちの心の目覚めを促す、みほとけの方便の一撃にほかならないわけです。</p>
<figure id="attachment_30828" aria-describedby="caption-attachment-30828" style="width: 876px" class="wp-caption aligncenter"><img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/monju.jpg" alt="文殊菩薩（高校生仏師　大久保秀佳作「利剣文殊」）" width="876" height="993" class="size-full wp-image-30828" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/monju.jpg 876w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/monju-265x300.jpg 265w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/monju-768x871.jpg 768w" sizes="(max-width: 876px) 100vw, 876px" /><figcaption id="caption-attachment-30828" class="wp-caption-text">文殊菩薩（長谷寺とご縁のある高校生仏師　大久保秀佳作「利剣文殊」）</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">「大きい、速い、たくさん、豪華」という尺度</h2>
<p><em>　</em>朝方にかれこれ400周歩いたというただ者でない<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210820-2/" rel="noopener" target="_blank">老遍路</a>に出会ったこともあり、全長1,200キロメートルにも及ぶ遍路道を歩くことは、それ自体疑いもなく大変なことですから、それを何周もめぐっている人は敬うべきです。なにしろ人のできないことをして、尊い祈りの道を歩いているわけですし、世俗的な価値から遠く離れた聖なる人という感じがするわけです。<br />
<em>　</em>一方で、「何周も」という回数や量にばかり目が行くと、遍路道の願いとはズレていきます。文字通り「道を踏み外す」ことになってしまいますので、注意が必要です。</p>
<p><em>　</em>今では私も、一周であれ、百周であれ、また歩きであれ、バスであれ、電車であれ、遍路旅をするその人の心が大切なのだと思えます。しかし、ビギナー遍路として、遍路道にある種の憧れを抱いてやってきた当時の私にしてみれば、たくさん歩いているというだけでエライ！という単純な思い込みは、とても強かったと思います。</p>
<p><em>　</em>思えば平成もまだ前半で、世の中では「大きいもの、速いもの、たくさんなもの、豪華なもの」という尺度に価値があるという風潮がありましたし、お寺の世界にも遍路の世界にも普通に広まっていたと思います。それは物質的な価値と言ってよいでしょう。<br />
<em>　</em>しかし、そういう価値がすべて悪いわけではないけれど、それだけで生きていくと苦しくなるし無理が生じてきます。そんな時代の反動もあり、バブル崩壊以降の精神的な価値への関心も高まってきたのだと考えます。きっとそのような時代の流れの中で遍路道が見直されつつあったのでしょうし、あのオウム真理教のような精神世界への極端な傾斜もあったのだと思います。</p>
<p><em>　</em>当時の私が遍路道に憧れたのも、精神的な世界への回帰という流れを感じていたのかもしれませんが、「大きい！速い！たくさん！豪華！」をよしとする時代の普通の子でしたから、「たくさん歩いている人は凄い」という評価を持っていたことは疑いありません。きっとそういう私の単純さというか、良く言えば無垢な、悪く言えば浅薄なものの見方が、先ほどの質問（もう何周も回っているんですか？）にあらわれていたのでしょう。</p>
<p><em>　</em>そしてそのゴムまり遍路さんは文殊の一撃を私に降したわけです。</p>
<p><em>　</em>「いつも初めてです」と。</p>
<p><em>　</em>私は、その一言で、何だかいろんなことが分かったというか、これからの歩みのあり方のようなものが、急に開けたように感じました。遍路というものが、どういう態度で挑むべき道なのか、その一言によって私なりに理解が深まり、方向づけられたのです。</p>
<h2 class="c_header_post-b">お遍路はオリンピックじゃない</h2>
<p><em>　</em>仏教は、人間として授かったいのちの有り難さとか、人生の苦とか、そこには原因がありまたそれを越えていくことが出来るという真実に、自分自身で「はっ」と気づいていく教えであると言います。したがって仏道とは、「はっ」とする体験を重ねていく道であると言ってもいいのかもしれません。<br />
<em>　</em>ゴムまり遍路さんからの一撃は、ぼんやりしていた私を「はっ」とさせるとても尊い言葉でした。</p>
<p><em>　</em>私が絶句していた時、９番札所の門前には夕闇が迫っていたと記憶しています。私たちはまだその日、１０番札所まで行く予定でした。初日に１０ケ寺も巡ろうというのですから、それこそ欲張って若気の至りというものでしょう。<br />
<em>　</em>そんな血気にはやるビギナー遍路をなだめるかのように、ゴムまり遍路さんは少し微笑みながら自分の話をしてくれました。若い頃からずっと登山をしていて、秋の終わりから春先まで、冬の山小屋の管理人をしているとか、空いている夏のシーズンにしばしばこうして遍路道を歩くとか。話を聞きながら、このムキムキの肉体は山で鍛えたのか、などと感じ入ったりしていました。そういえば弘法大師も山岳修行をなさっています。</p>
<p><em>　</em>それから彼は重ねて「荷物を減らすこと」「歩き遍路は決して競争ではないこと」を話し、念を押すように「お遍路はオリンピックじゃないからね」と言いました。「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーは、近代スポーツの理想かもしれないが、お遍路はそういうものではないよと、念を押したのです。</p>
<p><em>　</em>そして彼は最後に私たちの道中の無事を祈ってくれると、私の方を見て「これをあげるよ」と言って小さな遍路道のガイドブックを手渡してくれました。それは遍路や巡礼の世界では有名な、千葉県の銚子にある<ruby>満願寺<rt>まんがんじ</rt></ruby>の<ruby>平幡良雄<rt>ひらはたりようゆう</rt></ruby>師の本でした。私はお礼を言い、お互いに別れの挨拶を交わすと、彼は杖をとり、跳ねるようにして夕闇せまる遍路道を逆打ちに消えていきました。風のように。</p>
<p><em>　</em>私は手渡された使い古しのガイドブックを手に、耳に残るいくつかの彼の言葉を反芻しました。なかでも「いつも初めてです」というフレーズは、力強く胸に響いていました。</p>
<h2 class="c_header_post-b">我、ひとりの乞食にして、何の肩書も後ろ盾もなし</h2>
<p><em>　</em>私たちはそれから法輪寺の本堂と大師堂にお参りをしました。この寺のご本尊は、<ruby>涅槃 <rt>ねはん</rt></ruby>の姿の釈迦如来です。お釈迦さまは８０歳で入滅されましたが、その最後の説法が有名な「<ruby>自灯明 <rt>じとうみょう</rt></ruby>、<ruby>法灯明 <rt>ほうとうみょう</rt></ruby>」であり、また「すべては移ろいゆく、怠らず、勤め励みなさい」というものであったと言われます。<ruby>勤行法楽<rt>ごんぎようほうらく</rt></ruby>をしながらも、先ほどのゴムまり遍路の言葉を感じつつ、お釈迦さまのその最後のお説法を思い起こしていました。法を灯明とせよ、自らを灯明とせよ。<ruby>勤精進<rt>ごんしようじん</rt></ruby>、勤精進、、、と。</p>
<figure id="attachment_30806" aria-describedby="caption-attachment-30806" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><a href="http://ohenro.mobi/area/shikoku/tokushima/9/"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1-1024x682.jpg" alt="9番" width="640" height="426" class="size-large wp-image-30806" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1-1024x682.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1-600x400.jpg 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2022/03/9_1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></a><figcaption id="caption-attachment-30806" class="wp-caption-text">法輪寺の山門</figcaption></figure>
<p><em>　</em>ようやく法輪寺を打ち終え、初日の最後の予定である１０番の<ruby>切幡寺<rt>きりはたじ</rt></ruby>へと向かう前に、ふと思い出して私はゴムまり遍路さんにいただいたガイドブックを開きました。するとその見開きに、彼の手書きでしょうか。力強く太い大きな字で、このように書き込まれていたのでした。</p>
<p><em>　</em>我、ひとりの乞食にして、何の肩書も後ろ盾もなし。</p>
<p><em>　</em>ゴムまり遍路の言葉は、暮れていく遍路道を切幡寺へと向かう間中、私をつかんでいました。なぜなら、僧侶としてとか、寺の息子としてという肩書や後ろ盾を、自分ではさほど気にしていないつもりでいましたし、自分はそういうものから自由でありたいとも思っていたからです。ところが、実際のところどうなの？と問いかけられたように感じたのでした。</p>
<p><em>　</em>文殊菩薩は、私たちの迷いを断つ智慧の利剣を手にしています。ついさっき、その一撃を食らって十分に目の覚めるような思いでいたつもりでしたが、ここで返す刀というのでしょうか、思いがけず鋭い一撃が、もうひとつ打ち込まれてきたのでした。</p>
<p>（続く）</p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 07:57:55 +0000</gnf:modified>
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		<title>逆打ちお遍路さんの衝撃の一言「いつも初めてです」（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（11）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211220/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Dec 2021 07:31:35 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（安楽寺の霊験譚。信仰が信仰を呼ぶ）はこちら。 鍵をたくさん持つ人は悲しみをたくさん抱える 　井上陽水が、「鍵をたくさん持っている人は悲しみをたくさん抱えている」というようなことをどこかで語っていて、なるほどそうか [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（安楽寺の霊験譚。信仰が信仰を呼ぶ）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211007/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">鍵をたくさん持つ人は悲しみをたくさん抱える</h2>
<p><em>　</em>井上陽水が、「鍵をたくさん持っている人は悲しみをたくさん抱えている」というようなことをどこかで語っていて、なるほどそうかもしれないと深くうなずいたことがあります。実際、井上陽水には「<a href="https://youtu.be/uOyMQPXSWDQ" rel="noopener" target="_blank">鍵の数</a>」という歌もあります。</p>
<p><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/f81fd2e4c52864042852c112ce927ae2.png" alt="鍵の束" width="237" height="213" class="aligncenter size-full wp-image-30056" /></p>
<p><em>　</em>それでは、私はどうでしょうか。歩き遍路をした時から25年以上の年月を生きた今、密かに胸のうちを振り返ってみれば、人には言えないような情けない体験や思い出、エゴイズムゆえの恥ずかしい行為、それゆえにもたらされた苦悩、そんなあれこれを隠した秘密の部屋のような場所が心の中にあり、その部屋を閉め切った鍵をガチャガチャと持ち歩いている気がします。</p>
<p><em>　</em>禅僧はよく「<ruby>本来無一物 <rt>ほんらいむいちもつ</rt></ruby>」といいます。何も持っていなければ心はさぞ軽いことでしょう。その境地に至れば、全世界いっぱいに私という存在が広がり、豊かな心持にもなるでしょう。でも、実際の私たちの心は、執着心で満ちていて、とても無一物とはいきませんし、マインドフルネスが流行する昨今は「手放そう」という言葉を耳にすることはありますが、そう易々と心の傷や悲しい思い出を手放せません。だからこそ、四国八十八ケ所の遍路道は今も昔と変わらずにあるのではないでしょうか。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-1024x683.jpg" alt="お参りする遍路たち" width="640" height="427" class="aligncenter size-large wp-image-30055" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/12/2021-04-17_46-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2 class="c_header_post-b">逆打ちのお遍路さんとの出会い</h2>
<p><em>　</em>遍路の道中で、「あんたたち、荷物多すぎだよ」と、顔を合わせるなり開口一番に私に向かって言う人がいました。<br />
<em>　</em>その男性のことは、今でもよく覚えています。全身から活力がもりもり溢れている人で、10月も半ばだというのにTシャツ。太ももやふくらはぎの筋肉がむきっと盛り上がるのがよく分かるスポーツウェアで、私に語りながらストレッチ体操をする勢いでした。</p>
<p><em>　</em>確かに、私の荷物は多かったのです。大きなリュックに、着替えなどいろいろ詰め込んであって、道中の心配をあれこれしては絆創膏やタオル、針や糸を持っていました。今となっては微笑ましくもあるビギナー遍路の完全装備という仕度でしたが、彼はそれを「全部送り返した方が良いよ、さもなくぱ捨てちゃえば良い」と言い放ちます。<br />
「パンツなんか、履きつぶせばいいんだから、着替えなんていらないよ」。なんだか、その朗らかな快活さに圧倒されて聞いていましたが、実際彼の言うとおり、一日歩き続けて九番札所にたどり着いた時には、歩いた疲労感以上に、荷物の重量感にへこたれていたのが正直なところでした。</p>
<p><em>　</em>その悪びれない口調でビギナー遍路に教育的指導を与える男性は、「<ruby>逆打ち <rt>ぎやくう</rt></ruby>」のお遍路さんでした。逆打ちとは、文字通り逆さまに八十八の寺を巡ることで、八十八番の寺からお参りするわけですが、普通の「<ruby>順打<rt>じゆんう</rt></ruby>ち」と比べると何倍もの困難に遭遇するといいます。そもそも案内板は全部反対向きになってしまうので、道に迷いやすくなります。<br />
<em>　</em>でも、その逆打ち遍路は、弘法大師に出会う確率は、順打ちより高いともいいます。なぜなら、今もなお遍路道でご修行され続けているという弘法大師は順打ちに歩んでおられるわけですから、逆に進んでいけば、いつか必ずお大師さまは前からやってくるはず。それを信じ、逆打ちを選ぶ人は、それだけ一刻も早くお大師さまにあって救われたいと願う、何らかの緊急事態か、より深刻な願意を持っている人が多いといわれます。</p>
<p><em>　</em>しかしその男性には、逆打ちの悲壮感のようなものは微塵もなく、まことに陽気で、声のトーンもメジャーコード、とにかく元気そのものでした。世間には快活すぎて周囲の人に迷惑をかけているタイプもありますが、その人物はそういうふうでもありませんでした。いちいちごもっともと話しにうなずく、ビギナーらしい私たちに対して、お茶を買ってお接待をしてくれました。そして私たちは門前に広がる田んぼの畔に腰を下ろし、しばらく話しをしました。</p>
<h2 class="c_header_post-b">衝撃の一言。「いつも初めてです」</h2>
<p><em>　</em>荷物が多すぎる私たちでしたが、いで立ちは<ruby>僧形<rt>そうぎよう</rt></ruby>なので、彼も興味を持ったのでしょう。宗派はどこか、どんな修行をしているのか。私たちの答えを聞くと、それはどういうものなのか、と興味深そうに質問を重ねてきました。聞かれるままに答えましたが、私の方も聞きたいことがたくさんありました。彼の質問攻勢がおさまったところで、私からも尋ねてみました。</p>
<p>「もう何週も回っているんですか？」</p>
<p><em>　</em>彼は四国遍路の道について熟知しているというオーラを漂わせていました。どの世界でも、ビギナーからすると、先を歩んでいる人というのはまぶしく見えるものです。<ruby>精悍<rt>せいかん</rt></ruby>で自信に満ちた様子は、すでに何度も歩き遍路をしているという風格のようなものを感じさせました。<br />
<em>　</em>ところが、彼の答えは私の予想を裏切るものでした。彼は質問した私をじっと見て、そして「そういう質問が来ると思ったよ」というニュアンスを含んだ微笑みをちらっと見せてこう言いました。</p>
<p>「いつも初めてです」</p>
<p><strong>※次の記事（文殊菩薩の一撃）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20220304/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:07:28 +0000</gnf:modified>
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		<title>安楽寺の霊験譚。信仰が信仰を呼ぶ（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（10）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211007/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 Oct 2021 00:23:09 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（お遍路は歩く瞑想。歩行が身体を鍛え、瞑想の質を高める）はこちら。 安楽寺の霊験譚れいげんたん 　よく言われるように、１番から10番札所までの道は、その後続く遍路道の険しさに比べると、とても楽な道が続きます。お寺の [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（お遍路は歩く瞑想。歩行が身体を鍛え、瞑想の質を高める）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211005/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">安楽寺の<ruby>霊験譚<rt>れいげんたん</rt></ruby></h2>
<p><em>　</em>よく言われるように、１番から10番札所までの道は、その後続く遍路道の険しさに比べると、とても楽な道が続きます。お寺の名前にも、極楽寺、安楽寺、十楽寺と「楽」のつく名前の寺が目につきますが、それは「最初は楽な道が続くから楽の字のつく寺が多いのだ」というまことしやかないわれもあるようです。実際、寺と寺との距離も短く、それほど険しい坂もなく、また吉野川沿いのおだやかな景観は、心をなごませてもくれます。この「楽」なムードは、やかで11番の藤井寺を境に一変してしまうのですが。。。</p>
<figure id="attachment_29232" aria-describedby="caption-attachment-29232" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-1024x737.jpg" alt="吉野川" width="640" height="461" class="size-large wp-image-29232" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-1024x737.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-300x216.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-768x552.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-1536x1105.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/850895bb1bfdc779d23b2b97d6f02717-2048x1473.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-29232" class="wp-caption-text">徳島吉野川の橋をゆくお遍路さん</figcaption></figure>
<p><em>　</em>私はこの<a href="https://shikoku6.or.jp/" rel="noopener" target="_blank">６番札所安楽寺</a>は、現代の遍路文化において、とても大切なお寺ではないかと思っています。というのは、ここでお大師さまによる驚くべき霊験が起こったからです。正確には、しばらく歩いて高知県に入ってからの札所、<ruby>神峯寺<rt>こうのみねじ</rt></ruby>でそれは起こるわけですが、霊験譚はこの安楽寺にこそ始まります。</p>
<p><em>　</em>とても有名な出来事ですから、これをお読みの方の中にもご存じ方は多いと思いますが、かれこれ60年ほど前、脊髄カリエスという難病にかかり、余命いくばくもないと診断された女性とその夫が、安楽寺の住職のすすめで<ruby>一縷<rt>いちる</rt></ruby>の望みをかけて、命がけの遍路旅を<ruby>発願敢行<rt>ほつがんかんこう</rt></ruby>し、先に示した神峯寺において奇跡的に快癒してしまうという出来事が起こります。<br />
<em>　</em>女性と夫は、深く感激して「これは安楽寺のご本尊薬師如来の霊験である」と、<ruby>報恩<rt>ほうおん</rt></ruby>のために大きな薬師如来像を新たに<ruby>造顕<rt>ぞうけん</rt></ruby>して安楽寺に<ruby>寄進<rt>きしん</rt></ruby>されました。<br />
<figure id="attachment_29236" aria-describedby="caption-attachment-29236" style="width: 850px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/20440_31922_img.jpg" alt="安楽寺本堂" width="850" height="567" class="size-full wp-image-29236" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/20440_31922_img.jpg 850w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/20440_31922_img-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/20440_31922_img-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/20440_31922_img-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 850px) 100vw, 850px" /><figcaption id="caption-attachment-29236" class="wp-caption-text">安楽寺本堂</figcaption></figure></p>
<h2 class="c_header_post-b">信仰の尊さを知る。参詣者が絶えない安楽寺</h2>
<p><em>　</em>私は、修行僧時代にこの寺の宿坊に泊まって、直接ご住職からその霊験譚をお聞きしましたが、その病気平癒の奇跡への、ご夫妻の一途な報恩行に感銘を受けました。感銘というより、衝撃といった方が良いかもしれません。そのような話は前近代的なものであるという、現代っ子らしい「常識」を持っていた私にとって、この霊験譚は、その後の坊さん人生にとって決して小さくない出来事と言えます。</p>
<p><em>　</em>それまでは、無知のために、そういうことへの理解のなかった私ですが、この安楽寺から始まった霊験譚を知り、信仰というものの尊さや、それを信じて歩み続ける人々に対する、私なりの敬意というものも生まれてきたように思います。今思えば、私がこうして四国遍路の旅に出たことの中には、そんな人と実際に出会ってみたい、いやどんな小さな体験でもいいから、自分自身が弘法大師の霊験に預かれるものなら預かってみたいという思いもあったと思います。</p>
<p><em>　</em>安楽寺の境内は、この霊験をきっかけに参詣する人が増大し、自分も本尊薬師如来や弘法大師の霊験に預かろうと願う人々の祈りが寄せられ、香煙は絶えることがありません。伽藍は美しく整備されることで、信仰が信仰を呼び、またまたご利益に預かる人が増えて、いよいよ御本尊さまの威光が輝きを増す。このようなお寺の様子そのものがひとつの奇跡を見るようです。</p>
<figure id="attachment_29212" aria-describedby="caption-attachment-29212" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/52cdd5f84197165e9bd72f8948ecbd60.jpg" alt="安楽寺" width="540" height="360" class="size-full wp-image-29212" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/52cdd5f84197165e9bd72f8948ecbd60.jpg 540w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/52cdd5f84197165e9bd72f8948ecbd60-300x200.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-29212" class="wp-caption-text"><a href="https://www.instagram.com/p/CUFcqzstZDL/?utm_source=ig_web_copy_link" rel="noopener" target="_blank">安楽寺多宝塔内の五仏</a></figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">お大師様のお計らい？私にも起きたか？</h2>
<p><em>　</em>みなさんは「霊験」という出来事をどうお考えになるでしょう。この連載の最初の頃に弘法大師の「お計らい」や「おとがめ」についても書きましたが、遍路の道々には、弘法大師や各寺のご本尊の霊験譚をはじめ、実に様々な不思議なお話が語り継がれていますし、そのような出来事に出会います。この道中記でも、折りに触れてご紹介していきたいと思っていますが、「歩く」という緩やかで確かな日々の行為は、そのような「出来事」に対して、いっそう気持ちを開いていくように思われます。歩くという行為は、私たちの心身を世界に開き、そして宗教性を開いていくものなのかも知れません。</p>
<p><em>　</em>「楽」という字のある寺々のお参りも進み、日もだいぶ西に傾いて、私たちの歩き遍路の初日の旅も終盤に差し掛かってきました。初日の緊張もいくらか緩んでは来たものの、まだまだ土ぼこりの汚れもないきれいな<ruby>旅装束<rt>たびしようぞく</rt></ruby>の私たちが、足の疲れを感じながらも第９番札所の<ruby>法輪寺<rt>ほうりんじ</rt></ruby>の門前にたどり着いた時でした。門前から続く10番札所<ruby>切幡寺<rt>きりはたじ</rt></ruby>へと続く遍路道から、反対向きに歩いてくるひとりのお遍路さんの姿があります。快活で、ぐいぐい弾むように歩いてちょうど法輪寺の山門の前で私たちは会いました。</p>
<p><em>　</em>この人物が、先に遭遇した謎の400周老遍路とともに、私の歩き遍路にとって、とても意義深い出会いとなって方でした。その人は、我々に快活に微笑むと、開口一番こう言いました。</p>
<p>「あんたたち、荷物多すぎだよ」</p>
<p><strong>※次の記事（逆打ちお遍路さんの衝撃の一言「いつも初めてです」）<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211220/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:07:23 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>お遍路は歩く瞑想。歩行が身体を鍛え、瞑想の質を高める（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（9）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211005/</link>
					<comments>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211005/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Oct 2021 02:46:11 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（「お遍路を400周！？」ただ者ではない老遍路との出会い２）はこちら。 歩くことが生活になる遍路の日々 　お遍路初日。朝日を浴びながら一番札所から始まった歩き遍路の旅。まだ半日も歩いていないのに、あのにわか雨の陽炎 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（「お遍路を400周！？」ただ者ではない老遍路との出会い２）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210820-2/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">歩くことが生活になる遍路の日々</h2>
<p><em>　</em>お遍路初日。朝日を浴びながら一番札所から始まった歩き遍路の旅。まだ半日も歩いていないのに、あのにわか雨の陽炎の向こうへと消えていった<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210820-2/" rel="noopener" target="_blank">老遍路との出会い</a>のせいか、なんだかとても遠くへ、そして長く歩いているように思われました。この連載もこのペースでは、何年かかるか知れません（笑）</p>
<figure id="attachment_29215" aria-describedby="caption-attachment-29215" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-1024x683.jpg" alt="歩き遍路" width="640" height="427" class="size-large wp-image-29215" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/2021-04-17_71-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-29215" class="wp-caption-text">野を越え山越え谷を越え</figcaption></figure>
<p><em>　</em>私の遍路の旅は、ひとつひとつの寺の思い出はもちろんあるのですが、それにも増して、それらの寺と寺とをつなぐ道の上での出来事や、宿での出会いの記憶が印象に残っています。きっと歩き遍路をした多くの人がそうなのだと思います。</p>
<p><em>　</em>そもそも現代生活では来る日も来る日も朝から晩まで歩いてばかりという体験をすることはありません。しかしお遍路は歩くことが生活といえるくらい、ひたすら歩きます。この徒歩による体験が非常に強い印象となって、遍路旅の思い出の大半を占め、各お寺の印象は薄くなってしまうのです。もしかすると、歩くという、人類にとって根源的な行為によって身体性が変容し、それが精神活動にも影響して、日頃の現代生活では眠っている意識や感覚が働き出すのかもしれません。</p>
<h2 class="c_header_post-b">お遍路は歩く瞑想。歩行が身体を鍛え、瞑想の質を高める</h2>
<p><em>　</em>歩くことを仏教に引き寄せて考えてみれば、「<ruby>歩行禅<rt>ほこうぜん</rt></ruby>」という言葉があります。いわゆる座る瞑想である「坐禅」に対して、そぞろに歩きながら心を調えていく瞑想、それが歩行禅です。禅宗の伝統には、<ruby>経行<rt>きんひん</rt></ruby>といって、坐禅をするにあたってゆっくりとお堂の中などを歩き、静かにお経を唱えたりします。<br />
<em>　</em>徹底して座ることを重視する禅宗において、この経行が重んじられることに、私たちはもっと注目してよいと思います。きっと四足歩行から二足歩行へと立ち上がった私たち人類にとって、歩くという身体行為は人間の意識を形成するうえで決定的な働きをしたはずです。特に遍路のような長時間の歩行は、一歩、一歩、その足音のリズムや呼吸が繰り返され、血流も活性化し、体内では有酸素運動が静かに続き、やがて脳内でも通常とは違う動きがあるのではないでしょうか。</p>
<p><em>　</em>思えばお釈迦さまにしろ弘法大師にしろ、<ruby>最澄伝教大師<rt>さいちようでんぎようだいし</rt></ruby>にしろ、各宗派の祖師のみならず昔のお坊さんたち（というかすべての先祖のみんな）は、日頃から歩きに歩いていました。お釈迦さまも、とてもよく歩いています。昔の人たちの、日々の歩行に伴う筋骨は、現代のわれわれとは比較にならないほど鍛えられていました。その鍛えられた身体が、坐禅瞑想や念仏の前提になっていたわけです。</p>
<figure id="attachment_29229" aria-describedby="caption-attachment-29229" style="width: 800px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/buddha_satori_gedatsu_bodaiju.png" alt="瞑想" width="800" height="761" class="size-full wp-image-29229" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/buddha_satori_gedatsu_bodaiju.png 800w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/buddha_satori_gedatsu_bodaiju-300x285.png 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/buddha_satori_gedatsu_bodaiju-768x731.png 768w" sizes="auto, (max-width: 800px) 100vw, 800px" /><figcaption id="caption-attachment-29229" class="wp-caption-text">菩提樹下のお釈迦さま</figcaption></figure>
<p><em>　</em>この瞑想を通じて、私たちは自分の無意識を見つめることになるわけですが、専門家（僧侶・心理療法家）によれば、実はそれは容易なことではないそうです。仏教的に言えば、あえて見つめたくないおのれのカルマ、その積もり積もった業の塊としても無意識と向き合うには、やはり強い身体を前提とする精神力も必要なのでしょう。<br />
<em>　</em>ですから、日常的な歩行によって鍛えられる身体というのは、目立たないけれど、仏道においては大変重要な要素であると思います。私たち現代の僧侶の修行が深まらない理由には、かつては当たり前だった圧倒的な歩行量という修行の前提の欠如の問題があると思います。もっとも、歩行量が減っているのは、坊さんばかりではなく、現代人みんなに言えることですから、その点では様々な心の問題を考える上でも歩行のことはもっと考えてよいと思います。</p>
<figure id="attachment_29227" aria-describedby="caption-attachment-29227" style="width: 600px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/hito_jinrui_shinka.png" alt="進化" width="600" height="336" class="size-full wp-image-29227" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/hito_jinrui_shinka.png 600w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/10/hito_jinrui_shinka-300x168.png 300w" sizes="auto, (max-width: 600px) 100vw, 600px" /><figcaption id="caption-attachment-29227" class="wp-caption-text">二足歩行で進化してきた人類</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">お寺・仏像よりも、美しい自然ばかりがお遍路の記憶に残る</h2>
<p><em>　</em>ところで、私は元来、職業柄もありますが、お寺の歴史や建築、あるいは仏像などに関心を持っている方です。ところが、この遍路旅のあいだは、不思議とそちらには関心が向かず、どうもあまり覚えていないのです。覚えていない、ということ自体が、きっといつもと違う意識状態であったことを暗に伝えていると思います。これも歩行というものの影響なのでしょうか、歩いている間中、内向的、内省的に、過去を振り返ってばかりいたように思います。</p>
<p><em>　</em>では何も記憶していないかというとそうではなく、道々の景色、例えば路傍のススキに照る太陽の光とか、山奥の道を駆けるように進んだ時の風の感触とか、海の広さや潮騒の響き、幾重にも幾重にも重なって奥にそびえる石鎚山の偉容とか、歩きながら見た景色は鮮明に記憶しているのです。内向的な心の働きが外の景色を強くとらえたのか、四国路の美しい自然が心の内に働いて忘れていたような事柄を思い出させたりしたものか。<br />
<em>　</em>この歩き遍路の初日も、遍路道での光景は蘇ってきますが、寺々の記憶はとてもぼんやりしているのです。ですから、この連載で、お寺の紹介などを期待される方があれば、期待外れの道中記になってしまうでしょう。</p>
<p><em>　</em>しかしそうは言っても、お寺巡りの旅なのですから、ひとつ６番札所安楽寺さまにまつわる思い出をお伝えしましょう。霊験譚で有名な安楽寺さまでは、私にとってもお大師さまのおはからいともいうべき不思議な出来事に出会ったのです。</p>
<p><strong>※次の記事（安楽寺の霊験譚。信仰が信仰を呼ぶ）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211007/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:09:27 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>「お遍路を400周！？」ただ者ではない老遍路との出会い２（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（8）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210820-2/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Aug 2021 02:14:58 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（「物心つく頃から母と歩いていた」老遍路との出会い）はこちら。 この人はただのお遍路ではないのだな 　その老人遍路と道連れの旅は、距離にしたら一キロにも満たないものだったと思います。足を引きずるように、ゆっくり進む [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（「物心つく頃から母と歩いていた」老遍路との出会い）は<a href="https://https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210719/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">この人はただのお遍路ではないのだな</h2>
<p><em>　</em>その老人遍路と道連れの旅は、距離にしたら一キロにも満たないものだったと思います。足を引きずるように、ゆっくり進む老遍路に、私はまた尋ねてみました。</p>
<p>「おじいさん、何週くらい周っているんですか？」</p>
<p><em>　</em>今となって思えば、もっと他に尋ねてみるべきことや、話してみるべきことがあったと思うのですが、私が<ruby>訊<rt>き</rt></ruby>いたのはそんなことでした。初心のお遍路さんというのは、何週周っているかとか、そういうことに意識が行きやすいのです。でも老遍路はじっと考えてから答えてくれました。</p>
<p>「400周くらいまでは数えたんだが、もう分らん」<br />
「よ、よんひゃく、しゅう？・・・」</p>
<p><em>　</em>これがどのくらいのことなのか、ちょっと考えてみましょう。<br />
<em>　</em>四国遍路は、歩いて巡ると健脚の人で１ヶ月を要するといわれます。普通の健康な成人男性で40日とすると一年間歩き遍路をずっと続けて９周くらい。すると400周ということは、少なくとも40年近く歩き通している計算です。しかし、と私は老人の風体を見つつ考えます。</p>
<p>「この人、さっき、もの心ついた時から母親に手を引かれて歩いていた、と言っていたよな・・・」</p>
<p><em>　</em>ということは、想像するに、この人にとって遍路道は単に祈りの道というだけではなく、生活の場だったことになります。要するに遍路道沿いの人々や寺々、あるいは他の遍路からの「接待」を糧として暮らしてきたのではないか。そうか、この人はただのお遍路ではないのだな、、、。</p>
<h2 class="c_header_post-b">遍路道は命をつなぐための道でもあった</h2>
<p><em>　</em>実は四国遍路の歴史を紐解くと、ここには信仰や<ruby>懺悔<rt>ざんげ</rt></ruby>のような動機で集まってくる人ばかりではなく、遍路の接待文化にすがることで生きようとする人々が少なからずあったことが分かります。不治の病の人、かつて「業病」と恐れられた病になってしまった人々、罪を犯して故郷を追われた人など、家族や共同体との縁を失った人々が、遍路姿になってこの道を歩きました。つまり巡礼の修行として<ruby>托鉢 <rt>たくはつ</rt></ruby>をする人とは別に、いのちをつなぐために物乞いをする人もあったのです。</p>
<p><em>　</em>もちろん接待をする側にとって、接待という<ruby>慈悲喜捨 <rt>じひきしゃ</rt></ruby>の徳を積む本質から言えば、施しをする相手がお遍路さんであるか物乞いであるかの差別はあってはなりません。分けへだてのない<ruby>施与<rt>せよ</rt></ruby>の徳を積んでこそ、弘法大師のお心ら叶うのですから、むしろ信心のある人はお遍路さん以上に、物乞いの人に対してこそ進んで接待をしたでしょう。</p>
<h2 class="c_header_post-b">アジール（避難所・無縁所）としての次元にある遍路道</h2>
<p><em>　</em>しかしことは宗教の世界の話に収まりません。古くは四国の各土地を治めていた殿さまに始まり、近代になっても地域の行政や警察の立場からすれば、文字通りどこの馬の骨とも知れず、ましてや犯罪者や、感染症をもたらすかもしれない人々が、無一文で自分たちの領内に次々とやって来てウロウロするのを泰然と構えているわけにはいきませんでした。ですので、遍路の歴史の中には「遍路狩り」などという恐ろしい言葉もあるくらいで、身分の確かなものでないものや、信心もなく端から接待を当てにしている人々を「えせ遍路」として厳しく取り締まりました。実際、西国観音巡りや伊勢参りなどの巡礼に出るには、菩提寺が発行する身分証を携帯していたものです。</p>
<p><em>　</em>ところが飢饉とか不況になると、そのような接待を当てにやってくるいかがわしい「えせ遍路」が増え、接待にあずかれなければ畑を荒らしたり寺の賽銭をくすねたりする輩もあったでしょう。為政者にしてみれば「えせ遍路」は忌ま忌ましい存在だったに違いありません。そのせいか、四国路の人々にとっても、お遍路さんは百パーセント大切にされるわけではなく、ある意味で共同体への招かれざる他者として、忌避される存在という一面もありました。実際、私自身、ある場所を歩いているとき、年端も行かない小学生くらいの少年たちに「ヤーイへんろへんろ」と言って遠くからはやされ石まで投げられたこともあったくらいです。</p>
<figure id="attachment_28796" aria-describedby="caption-attachment-28796" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-1024x683.jpg" alt="五輪塔" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28796" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_57-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28796" class="wp-caption-text">道沿いにみられる行き倒れの供養塔</figcaption></figure>
<p><em>　</em>しかしそれでもなお、何らかの事情で故郷を失い、家族を失った人々は、遍路道にやってきたのです。その意味において、遍路道はアジールとして、つまり避難所、無縁所としての次元を確かに形成していたのだと思います。他に生き場を失った人々に、信心の有無も問わず、病人であれ、悪人であれ、遍路のいで立ちさえしていれば、道々の人々は施しをしてくれるので何とか生きていくことが出来る。そのような次元にまで、遍路の世界が広がっていったことに、弘法大師という存在の底知れなさを感じます。</p>
<p><em>　</em>私は、老遍路の「400周」という言葉に驚いて圧倒されるばかりでしたが、今思い出される彼の姿から、そういう世界（アジール）としての遍路道に思いをはせています。近代化とともに、そういう役割は遍路道から消えていったのですが、この老遍路は、そのような次元に生きた人々の面影を伝える人であり、異様な姿と異臭によって、きれいに整えられていく遍路道に何かを伝えているかのようでした。<br />
<em>　</em>老遍路がまた独り言のように言いました。</p>
<p>「最近は、どの寺も冷たくなって床下に泊めてくれんし、坂道もよう歩けんから、下の方からお大師さんを拝んどるだけや」</p>
<p><em>　</em>そして彼は口を閉ざしました。口を閉ざすというより、「もう行ってくれ」というふうに、すっと心を閉ざしたようでした。私も友人も、なんとなくそれを感じ、小さく会釈して自分らのペースへ歩みを戻しつつ、老遍路をあとに残し、まださっきの雨でぬれてむんむんする遍路道を歩いていきました。</p>
<p><em>　</em>歩きながら私は「ものごころついた時には母親に手を引かれて遍路道を歩いていた」と語った老遍路の、その遠い昔の幼い姿を思いました。もちろん、それが真実であったかどうか確かめようもありません。戸籍は？学校教育は？税金は？などとつい考えたくなりますが、あの老人には、そういう世間の約束とは別の世界で生きてきたという凄みのようなものがありました。それだけに、母と一緒に鈴を鳴らし、家々の門に立ち、また寺の門前に立って接待を乞う、物乞いをする少年の姿を思いました。</p>
<h2 class="c_header_post-b">「もはや弘法大師しかいない」という切実な「同行二人」</h2>
<p><em>　</em>私が会った老人は、70歳はとうに超えていたと思います。今から25年前ですから、生きていたら100歳くらい。大正生まれでしょう。<br />
<em>　</em>高名な<ruby>高群逸枝 <rt>たかむれいつえ</rt></ruby>さんの「<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4003810619/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_HTPSE55DZ9GB9ZY5X1C2" rel="noopener" target="_blank">娘巡礼記</a>」には大正時代の遍路道の姿が記されているので、興味のある方はお読みください。この本に描かれる遍路道のどこかを、私が出会った老遍路も、母に手を引かれて歩いていたのでしょう。あるいは若き日の高群逸枝女史と袖をすり合わせていたかもしれません。</p>
<figure id="attachment_28793" aria-describedby="caption-attachment-28793" style="width: 207px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/5113HAEZWWL._SY291_BO1204203200_QL40_ML2_.jpg" alt="娘巡礼記" width="207" height="293" class="size-full wp-image-28793" /><figcaption id="caption-attachment-28793" class="wp-caption-text">高群逸枝の名著「娘巡礼記」</figcaption></figure>
<p><em>　</em>四国遍路は<ruby>同行二人<rt>どうぎようににん</rt></ruby>です。弘法大師とふたり連れ。いつもお大師さまが一緒に歩いてくださる。同行二人とは、遍路道を歩む人の信心を深め、導いていく有り難い言葉に違いありませんが、この少年にとって、その母にとって、この言葉の意味するところはどんなものだったのでしょうか。それは「いつも一緒」という頼もしいニュアンスとはだいぶ違った、「もはや弘法大師しかいない」という切迫した、絶対に手放してはならない、ぎりぎりの歩みを支える杖としての言葉であり、もしかすると、そのような意味としてこの言葉にすがった来た人たちこそが、この言葉を人口に<ruby>膾炙<rt>かいしや</rt></ruby>するものにしてきたかもしれません。</p>
<figure id="attachment_28794" aria-describedby="caption-attachment-28794" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-1024x683.jpg" alt="遍路" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28794" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/08/2021-04-17_16-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28794" class="wp-caption-text">同行二人を心に抱きながら、参詣するお遍路さんたち</figcaption></figure>
<p><em>　</em>そういえば、しばらく歩いて振り返ると、どこに行ったものか、ゆっくり歩いていた老遍路の姿が見えません。雨上がりの路面には、朝の明るい日がさしてむんむんと湯気立つようで、秋だというのに<ruby>陽炎<rt>かげろう</rt></ruby>が立つようでした。<br />
<em>　</em>遍路道は思いがけない道にも通じていると言います。老遍路がどこから来た誰なのか、どこへ行ったのかももはや誰も知らないわけですが、そんなふうにあれやこれやと老遍路の姿を偲ぶにつけ、彼の道と私の道があそこでわずかながらも出会ったのは、今思えばありがたく、どこか夢の中の出来事だったようです。</p>
<p><em>　</em>あの老人は、ひょっとして…。</p>
<p><strong>※次の記事（お遍路は歩く瞑想。歩行が身体を鍛え、瞑想の質を高める）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20211005/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:10:44 +0000</gnf:modified>
	</item>
		<item>
		<title>「物心つく頃から母と歩いていた」老遍路との出会い（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（7）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210719/</link>
					<comments>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210719/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jul 2021 23:21:42 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　前回（1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す）はこちら。 すぐに巡礼者に気持ちが切り替わらず 　賑やかな、朝の通学の子供たちや通勤の車の行きかう道から、遍路道は静かに離れて続いています。その道を行く僧形そうぎ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p><em>　</em>前回（1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210621/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">すぐに巡礼者に気持ちが切り替わらず</h2>
<p><em>　</em>賑やかな、朝の通学の子供たちや通勤の車の行きかう道から、遍路道は静かに離れて続いています。その道を行く<ruby>僧形<rt>そうぎよう</rt></ruby>の二人。手に<ruby>執 <rt>と</rt></ruby>る<ruby>錫杖<rt>しゃくじょう</rt></ruby>の金輪の音が、その静かな道にシャクシャクと響きました。１番札所を後にして、まだ数キロも歩かぬ私たちの姿は、お遍路さんとしてはいかにもぎこちなく、遍路道に溶け込めないものだったでしょう。そんな姿を、きっと道沿いの人々は昔から見送りながら、そのぎこちなさを「初々しい」とみることもあるのでしょうか。</p>
<p><em>　</em>人はいかにしてお遍路さんとなるのか。</p>
<p><em>　</em>なんだか哲学的？な問いですが、つい昨日まで働いたり学校に行ったり、家族と過ごしたりしている人が、一介の巡礼者になります。そこには、なにがしかの変容があって、私の場合は旅衣の姿になったり、電車や船の旅をしたりしながら、じわじわと日常の暮らしから遠ざかってお遍路世界に足を踏み入れてきたように思います。しかし実際に遍路道を歩き始めてみれば、そう易々と生活者が巡礼者に切り替わったりしないとも感じていました。</p>
<p><em>　</em>そんな私の気持ちを、遍路世界へとぐっと引き入れる出会いが、このお遍路初日にふたつありました。ひとつ目は、ある老人（老遍路）との出会い、ふたつ目は、逆打ちの精悍な男性との出会いでした。どちらも、私のその後の遍路旅を方向づけもし、励ましもし、迷わせもしました。<br />
<figure id="attachment_28494" aria-describedby="caption-attachment-28494" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-1024x683.jpg" alt="遍路道の道標" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28494" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_32-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28494" class="wp-caption-text">旧遍路道に残る石の道標</figcaption></figure></p>
<h2 class="c_header_post-b">記憶に残る老遍路との出会い。強烈な匂い</h2>
<p><em>　</em>一人の老遍路との出会いは、2番札所を過ぎたころのことでした。記憶では、少し霧雨のような雨が降り、私たちは道沿いのお宮の大きな樹の下で雨宿りをし、いくらか晴れてきたので再び歩き始めました。雨にぬれたアスファルトの路面に、秋とはいえ日差しが当たるとむっとした空気が立ち込めます。</p>
<p><em>　</em>そんな中を歩く私たちのかなり前方に、杖を突く小柄な姿がありました。白装束ではありません。青いヤッケのようなものを着ているようでしたが、だいぶゆっくり歩いています。とてもゆっくりでした。ですので、ほどなくその人に追いつきましたが、近づきつつ思わず私たちは顔を見合わせました。<br />
<em>　</em>驚いたのは、その老人の匂いでした。それはもうずっと長い間、入浴していないのか、洗濯をしていないのか、そのどちらでもある、強い匂いでした。</p>
<p><em>　</em>私は歩き遍路をする５年ほど前に、東海道を京都から歩いて旅をしようと目論んで、途中、豊橋で挫折した経験があります。何しろビーサンでブラブラ歩いたので、足がおかしくなったのでした。あまりの痛さに、ある大きな街の駅の裏手の公園で動けなくなり、しばらく休んでいるうちに眠り込んでしまったことがありました。</p>
<p><em>　</em>まだ明るい時間だったと思います。ふと気がついて辺りを見回すと、自分が数人の人たちの中にいて、その人たちはホームレスなのでした。目を覚ました私に、口の空いたワンカップを渡すおじさんがいて、何だか分からずに一口飲みました。謎の味で、アルコールらしいことは分かるものの、目覚めには効きすぎました。ホームレスのおじさんたちは、別に私に話しかけるでもありません。どうやら、日が暮れるとみんなで集まって寝泊まりするようなところに、私が入り込んでしまったらしいのでした。<br />
<em>　</em>数人のホームレスのおじさんたちと一緒に、街の駅裏の公園で、静かな不思議な温もりのような感覚に包まれたしばしの時間。ワンカップをおじさんに返してお礼を言い、痛い足を引きずって歩き始めました。その時の、匂いが鮮烈に蘇りました。そしてその老遍路さんにも、静かな温もりを感じました。</p>
<h2 class="c_header_post-b">衝撃の返答「物心ついた時からお遍路を歩いていた」</h2>
<p><em>　</em>私はその老遍路に追いつくと、しばらくの間、横を歩いて、思い切って話しかけてみました。</p>
<p>「おじさんは、もうずっと歩いているんですか？」</p>
<p><em>　</em>片足を引きずるようにして歩いていたその老人は、久しぶりに人の声を聞いたという顔で私をちらっと見ると、しばらく間をおいてから独り言のように言いました。</p>
<p>「ものごころついた時には、もう母親に手を引かれてお遍路をしとった」</p>
<p><em>　</em>真っ黒に日焼けした顔には深い皺が刻まれていて、青いヤッケもよく見るとところどころ破れてボロボロでした。何か入っているのか黒い小さなリュックを背負い、もともと何色だったのかも分からないズボンを履いていて、素足の足には右と左に別々のビーチサンダルを履いていました。足の爪は、もうほとんどなくなっています。とても固そうな足の皮膚がごつごつしているのでした。</p>
<p><em>　</em>私は、その老遍路の放つ匂いに圧倒されながら、その匂いからすぐにでも逃れたいと感じつつ、また一方で、開始早々に遍路道そのものが何かいきなり「道の<ruby>実相<rt>じつそう</rt></ruby>を見よ」とばかりに、うかうかしていたら気づけないでいる大切なことを見ているように感じて、その場を離れられないのでした。至れり尽くせり準備万端で自分探しヨロシクさっそうと歩きだしてみた私に、老遍路は匂いと、ボロの服と、ちぐはぐなサンダルとごつごつの皮膚の足で何かを語りかけてくるのです。私は、きっと無礼な振る舞いだったと今も思うのですが、その姿をじっと見つめました。</p>
<p><em>　</em>しかしこの時、老遍路を凝視しながら、自分が実際に何を感じていたのか、実はよく思い出すことができません。ただ、その老人の身なりとか、瞳とか、喋る時の口の動きとか、何よりその体臭が蘇ってくるばかりなのです。それは何か、感想とか、解釈とか、言語化とか、理解とか、まして共感を許さない、そのような出来事でした。</p>
<p><em>　</em>老遍路との道連れは今少しだけ続きます。</p>
<p><em>　</em>ものごころついた時から歩いているという老遍路の足は、遍路道に深く深く根差すかのようにゆっくり。一方、私の歩みは、相変わらずぎこちないものでした。</p>
<figure id="attachment_28497" aria-describedby="caption-attachment-28497" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-1024x683.jpg" alt="坂道をゆくお遍路" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28497" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/07/2021-04-17_58-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28497" class="wp-caption-text">遍路道は上ったり下ったり。</figcaption></figure>
<p><strong>※次の記事（「お遍路を400周！？」ただ者ではない老遍路との出会い２）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210820-2/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:11:57 +0000</gnf:modified>
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		<title>1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（6）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210621/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 28 Jun 2021 20:56:43 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[前回（お遍路の始まり。いざ、一番札所・霊山寺へ）はこちら。 1200キロの遍路道、その第一歩 　翌朝、いよいよ全長約1200キロメートルの歩き遍路の旅、四国八十八ケ所巡礼の旅が始まりました。宿のおじさんは、そうやってこれ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>前回（お遍路の始まり。いざ、一番札所・霊山寺へ）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210608/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">1200キロの遍路道、その第一歩</h2>
<p><em>　</em>翌朝、いよいよ全長約1200キロメートルの歩き遍路の旅、四国八十八ケ所巡礼の旅が始まりました。宿のおじさんは、そうやってこれまでにいったい何人のお遍路さんを送り出してきたのか、淡々としながらも、ていねいに送り出してくれました。</p>
<p><em>　</em>友人と私は、お互いに眠りの浅い夜を過ごしていましたが、旅の衣支度を調え、<ruby>網代笠 <rt>あじろがさ</rt></ruby>に<ruby>錫杖 <rt>しゃくじょう</rt></ruby>を手に持ち、歩きの旅にはいささか大きなリュックを背負って、おじさんに挨拶をして一番札所に向かいました。</p>
<h2 class="c_header_post-b">霊性を開発するメソッドが詰まった霊場の空間</h2>
<p><em>　</em>よく晴れた初秋の阿波の空の下、天竺と大和をつなぐという「<ruby>竺和山<rt>じくわさん</rt></ruby>」の山号がまぶしく輝く山門をくぐり、私たちは連れ立って「始まりの寺」である<ruby>霊山寺<rt>りようぜんじ</rt></ruby>をお参りしました。朝七時を過ぎたばかりの、朝の静けさが心地よい境内には、もうすでに香煙が漂っています。</p>
<figure id="attachment_28177" aria-describedby="caption-attachment-28177" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-1024x683.jpg" alt="" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28177" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_27-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28177" class="wp-caption-text">絶えることのない祈りの香煙</figcaption></figure>
<p><em>　</em>お遍路さんは、山門で足を止め丁寧に一礼してからくぐります。寺の山門は、俗界と聖なる世界との関所でもあり、仁王さまが私たちを生き様のすべてを見透かすように眼光鋭くにらみを利かしています。<ruby>阿形 <rt>あぎょう</rt></ruby>と<ruby>吽形 <rt>うんぎょう</rt></ruby>、「あ」に始まって「ん」に至るまで、私という存在を丸裸にしてお参りしなさいということでしょうか。門を潜ればそこに水屋があって、参拝者は水をもって口を<ruby>漱 <rt>すす</rt></ruby>ぎ手を洗って心身を清めます。</p>
<figure id="attachment_28175" aria-describedby="caption-attachment-28175" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-683x1024.jpg" alt="" width="640" height="960" class="size-large wp-image-28175" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-683x1024.jpg 683w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-200x300.jpg 200w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-768x1152.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-1024x1536.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-1365x2048.jpg 1365w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_42-scaled.jpg 1707w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28175" class="wp-caption-text">俗界と聖なる世界の境でにらみを利かす仁王さま</figcaption></figure>
<p><em>　</em>こうして巡礼をしていると次第に気がついていくことがあります。山門、水屋、参道、そして本堂へと進むアプローチでは、頭を下げたり手を合わせたり、口を漱いだり、参道脇の石仏に手を合わせたり、行きかう人に「ようお参り」と声をかけられたりしながら、ゆっくりと、こころを運んでいきます。<br />
<em>　</em>それはどこに？本尊さまの前に、です。霊場というのは、古来伝えられる作法や習慣の手順を踏みながら、私たちの心をゆっくりと無意識のうちに、聖なる場所へと運び、日常性の中で閉じていた宗教心を開いていきます。今ふうに言うなら、霊性を開発していくメソッドとして、こうした巡礼の作法や文化は形成されていると言ってよいでしょうね。</p>
<h2 class="c_header_post-b">歩き遍路に不安でいっぱい。道中の無事を念じ、大声で読経</h2>
<p><em>　</em>そんな理屈はともあれ、参道を進みながら、いよいよ始まる歩き遍路の旅を前に、私は心身が<ruby>慄 <rt>おのの</rt></ruby>いているのを感じていました。かなりの健脚の人でも一か月は要する歩きの旅が、実際どのようなものなのか想像もできないのですから、きっと初めて歩く人は誰でもこの一番札所で同じような不安を感じるに違いありません。</p>
<p><em>　</em>お遍路では、各お寺（札所）の本堂と大師堂の二か所でお参りをします。つまりその寺の本尊さまと、弘法大師にお参りをします。どの寺も、弘法大師とゆかりがあり、さまざまな縁起を伝えています。<br />
<em>　</em>私は、この「始まりの寺」の本尊釈迦如来さまの前で、道中の無事を念じつつ読経を捧げましたが、心中は「大丈夫だろうか」という不安でいっぱいでした。せめて坊さんらしくお勤めをしようと、友人とともに大きな声で観音経と般若心経を唱えたのでした。一番札所だけに、次々とやってくるお遍路さんたちが、「お坊さんがいるよ」と小声で話しながら手を合わせてくれるのでした。大師堂でも一層熱を入れて読経しました。少し緊張もほぐれたのか、境内に自分たちの声が響いているのを感じました。<br />
<em>　</em>読経を終え、ほっと一息ついて境内を散策していると、バス巡拝のお遍路さんたちが到着し、巡礼の鈴の音が境内いっぱい鳴り響きました。鈴の音は、遍路道に昔も今も鳴り響く祈りの音です。</p>
<p><em>　</em>時刻はまだ8時前。朝日が山門の向こうに輝いていました。いよいよ本当の旅の始まりです。私たちは朝日に照らされる山門を出て、あらためて境内に向かって深々と頭を下げ、そしてお遍路道を二番札所<ruby>極楽寺 <rt>ごくらくじ</rt></ruby>へと向かって歩み始めました。おりしも登校する子供たちとすれ違いながら歩いていくと、出勤時間の車がせわしく行き交う道路から、古い遍路道はそっと離れて、静かな田舎道へと続いているのでした。　（続く）</p>
<figure id="attachment_28178" aria-describedby="caption-attachment-28178" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-1024x683.jpg" alt="" width="640" height="427" class="size-large wp-image-28178" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021-04-17_19-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-28178" class="wp-caption-text">旧遍路道の道しるべ</figcaption></figure>
<p><strong>※次の記事（「物心つく頃から母と歩いていた」老遍路との出会い）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210719/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:12:56 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>お遍路の始まり。いざ、一番札所・霊山寺へ（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（5）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210608/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 06 Jun 2021 20:34:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[前回（阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。平成7年の遍路道にただよう影）はこちら。 始まりの寺、霊山寺へ 　フェリーから降りて、私たちは港のバス乗り場から徳島行きに乗りこみました。確か高速道路の鳴門のバス停で降り、そこから [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>前回（阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。平成7年の遍路道にただよう影）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210515/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">始まりの寺、霊山寺へ</h2>
<p><em>　</em>フェリーから降りて、私たちは港のバス乗り場から徳島行きに乗りこみました。確か高速道路の鳴門のバス停で降り、そこからタクシーに乗って一番札所を目指しました。夕暮れも近づいていたので、明るいうちに一番<ruby>霊山寺 <rt>りようぜんじ</rt></ruby>の門前にある民宿<ruby>阿波<rt>あわ</rt></ruby>に入ることにしたのです。</p>
<p><em>　</em>「歌は世につれ世は歌につれ」と言われるように、遍路もまた時代の姿を映し出していて、遍路道を歩く人が増える時代と減る時代というのがあるとか。私が歩いた当時は、歩き遍路をする人が減っているとよく聞きました。一番の門前宿、老舗の民宿阿波さんは、長年お遍路さんを迎えています。きっと色々な思いの人々を迎えては送り出しているのでしょう。宿帳に名前を書くと、宿のおじさんが、明るいうちに一番さんにお参りに行ってくるといいよ、というので、正式な八十八ケ所巡りの参詣は翌朝として、ひとまず一番札所に行って先ずはお大師さまにご挨拶を申し上げ、境内のお遍路さんの雰囲気を感じてみようと、友人とともに夕暮れ迫る霊山寺に行きました。</p>
<figure id="attachment_28011" aria-describedby="caption-attachment-28011" style="width: 900px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1.jpg" alt="" width="900" height="900" class="size-full wp-image-28011" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1.jpg 900w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1-300x300.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1-150x150.jpg 150w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1-768x768.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1-280x280.jpg 280w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1-120x120.jpg 120w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /><figcaption id="caption-attachment-28011" class="wp-caption-text">一番札所・霊山寺の立派な多宝塔</figcaption></figure>
<p><em>　</em>霊山寺さんは、電話をかけると「はーい、一番でーす」と応じられます。電話番号の下4桁も「1111」で、始まりの寺にふさわしく、この遍路の旅に強い思いをもって全国から集まってくる人々をオープンな雰囲気で迎えています。中には悲壮な思いの人もあるでしょうし、深刻な願掛けでやってくる人も少なくないはずです。しかし、おしなべて、誰彼のへだてなく普通に迎えている感じに安心しました。</p>
<p><em>　</em>今ではあるかどうか知りませんが、このお寺には当時、歩き遍路をする人が氏名や出発日を記帳するノートがありました。私は何となく書きませんでしたが、そのノートによると、当時は年間に約800人の人がこの発願の寺から遍路道へと旅立っていたそうです。<br />
<em>　</em>しかしその全員が、全行程を歩き切るわけではなく、途中で挫折したり、けがや病気でリタイヤしたり、中には「区切り打ち」または「一国打ち」と言って、四国の阿波一国の寺巡りをして帰る人もあります。その場合は、次回に続きの札所寺院からスタートするわけです。<br />
<em>　</em>そんなわけで、800人の歩き遍路も、実際に歩きとおす人は、その数字よりも少なかったのではないかと思います。大体、毎日、2～3人が一番札所から旅立っていく計算になるわけで、その後旅を続けて気がつきましたが、自分の前と後ろ、半日くらいの差で遍路姿の人がいるのが分かりました。</p>
<p><em>　</em>現在はどれくらいの人が歩いているのでしょう。ネットで見つけた<a href="https://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:1/12/view/2111" title="遍路のこころ（平成14年度）" rel="noopener" target="_blank">平成14年のデータ</a>では３千人くらいとのことですが、ちょうど私が歩いた平成８年くらいから増え始めたそうです。遍路も世につれ、なのでしょう。</p>
<h2 class="c_header_post-b">仏教の都「天竺」と日本をつなぐお寺の山号</h2>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1cbb201a76cde451cc79d7dabea07fb1-1024x768.jpg" alt="" width="640" height="480" class="aligncenter size-large wp-image-28013" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1cbb201a76cde451cc79d7dabea07fb1-1024x768.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1cbb201a76cde451cc79d7dabea07fb1-300x225.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1cbb201a76cde451cc79d7dabea07fb1-768x576.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/06/1cbb201a76cde451cc79d7dabea07fb1.jpg 1209w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" />インドの霊鷲山。お釈迦さま説法の霊場。</p>
<p><em>　</em>さて、暮れていく境内を散策し、立派な仁王門から外に出てその門を振り仰ぐと、そこには「<ruby>竺和山 <rt>じくわざん</rt></ruby>」と山号を記した額が掲げられていました。お寺では、この山号の由来を伝える弘法大師の伝説を伝えていますが、この天竺と大和、つまり仏法の都であるインドと日本とをひとつにつなぐという名前には、弘法大師が目指した仏道の世界が現わされているように思われます。</p>
<p><em>　</em>すなわち、この一番札所の門の向こうに広がっているのは、お釈迦さまが開いた智慧の世界であり、始まりの寺がそれを高々と掲げているのは、遍路の道もまた、はるかな時空を超えて、お釈迦さまの説法の場へと通じるものであると宣べているのでしょう。霊山寺の霊山とは、ほかならぬお釈迦さま説法の霊峰、<ruby>霊鷲山<rt>りようじゆせん</rt></ruby>であり、寺の本尊ももちろん<ruby>釈迦如来<rt>しやかによらい</rt></ruby>です。遍路の始まりの寺は、仏教の始まりの場とシンクロしながら、私たちの心にも「ここから始まる」と告げてきます。</p>
<p><strong>※次の記事（1200キロの遍路道。不安とともに一歩を踏み出す）に<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210621/">続く</a></strong></p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:13:51 +0000</gnf:modified>
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		<item>
		<title>阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。平成7年の遍路道にただよう影（長谷寺住職・岡澤慶澄）【けいちょうの徒然お遍路記（4）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210515/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 May 2021 05:30:16 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[前回（初めての「お接待」。お遍路に生きる心）はこちら。 平成7年、二つの出来事 　昔の都や畿内の人にとって、四国が海の向こうの世界、あの世、時には流罪の地ともなった暗いイメージで眺められる地であったなら、私たちを四国に運 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>前回（初めての「お接待」。お遍路に生きる心）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210518/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">平成7年、二つの出来事</h2>
<p><em>　</em>昔の都や畿内の人にとって、四国が海の向こうの世界、あの世、時には流罪の地ともなった暗いイメージで眺められる地であったなら、私たちを四国に運ぶフェリーは、今やこの世をどんどんと離れて、あの世へと向かっていることになります。四国八十八ケ所という、千年の歴史を伝える巡礼の世界は、たしかに日常から遠く離れた次元に位置するようです。波に揺られながら、そんな四国へと向かう船中の私の思いも、おのずから内省的になり、またこの年に起こった二つの大きな出来事について考えずにはいられませんでした。</p>
<p><em>　</em>阪神淡路大震災、そして地下鉄サリン事件。</p>
<p><em>　</em>私がお遍路の旅をした平成7年は、1月に震災、そしてわずか2か月後にはサリン事件が起こされ、日本中がその衝撃の中にあった年でした。その災害の状況や事件の内容についてここで触れることはしませんが、旅路では様々な痕跡を目にしました。</p>
<p><em>　</em>フェリーで淡路島に着いた時、港から見える島のあちこちに、無数のブルーシートがかけられて被害の後を伝えていました。そして遍路道を歩き出してから、遍路旅で折々に出会う少なからぬ人が、震災で命を落とした人の供養のために巡っていたことは強く記憶に残っています。</p>
<p><em>　</em>さらには、遍路の旅でとった民宿や遍路宿のあちこちに、地下鉄サリン事件の容疑者の手配書が貼られていたこと。実際、同宿となった若者が、教団関係者と誤解されたり、信者の中には教団を離れてお遍路となって<ruby>懺悔<rt>ざんげ</rt></ruby>のために歩いているものがある、というような噂を耳にすることも。</p>
<p><em>　</em>そのような出会いや出来事が、旅の始まりから終わりまであり、私の遍路旅に、またはこの年に歩いた人の旅の思い出に特有の彩りと影を添えています。そういう年に巡り合わせて遍路道を歩いとことは、たまたまとはいえ、私には意義深いことであったと思います。</p>
<figure id="attachment_27706" aria-describedby="caption-attachment-27706" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-1024x683.jpg" alt="遍路の祈り" width="640" height="427" class="size-large wp-image-27706" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_41-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-27706" class="wp-caption-text">札所寺院で拝む女性たち。平成7年は、震災物故者のために遍路をする人が多かった</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">遍路道は、何のために歩むのか。特有の暗さ、人生の負が漂う</h2>
<p><em>　</em>古来、例えば<ruby>写経<rt>しやきよう</rt></ruby>や<ruby>卒塔婆 <rt>そとば</rt></ruby>には「<ruby>為書 <rt>ためが</rt></ruby>き」というものがあり、この写経一巻は誰かの冥福を祈るため、この卒塔婆一本は誰々の<ruby>菩提 <rt>ぼだい</rt></ruby>を弔うためというように、「〇〇の<ruby>為<rt>ため</rt></ruby>」と願いを建てて勤められます。写経や卒塔婆の建立などの仏道修行をして、その修行でいただく<ruby>功徳 <rt>くどく</rt></ruby>を故人の魂に<ruby>回向 <rt>えこう</rt></ruby>する（送る）のですね。むろん、生きている人のためでも構いませんし、何らかの願望<ruby>成就<rt>じようじゆ</rt></ruby>のためにすることもあります。古来「<ruby>二世安楽 <rt>にせあんらく</rt></ruby>」という言葉があるように、仏道修行の徳を積んで、この世すなわち現世の安らぎと、あの世すなわち来世の安楽を願う、そういう祈りの「定型」というものもありました。</p>
<p><em>　</em>巡礼もしかり。何か願いをもって、何らかの「為に」人は巡礼の道を歩きます。しかし遍路道は、いささか趣きが違います。そこにはもっと暗いものがあります。近年は「自分探し」をテーマに歩く方も少なくありませんが、古来遍路道にはそういう明るさやいわゆる希望を感じるようなムードは少なく、もっと暗いムードが漂って息づいているように思います。先の「何の為に」の話に戻れば、人がこの道を歩く理由として、人間の弱さとか、<ruby>業<rt>ごう</rt></ruby>とか、悪とか、貧困とか、差別とか、病とか、闘争とか、または<ruby>非業<rt>ひごう</rt></ruby>の死、こうして書くだけでも気が重くなってくるような、人生の負の部分があるのではないでしょうか。</p>
<figure id="attachment_27707" aria-describedby="caption-attachment-27707" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-1024x683.jpg" alt="遍路道の石仏たち" width="640" height="427" class="size-large wp-image-27707" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-1024x683.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-300x200.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-768x512.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-1536x1024.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-2048x1365.jpg 2048w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/2021-04-17_24-600x400.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-27707" class="wp-caption-text">祈りの道を見守る石仏</figcaption></figure>
<p><em>　</em>阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件。このふたつの出来事は、命のはかなさを知らしめ、社会の物質的なもろさ、人間の狂気など、それまで比較的平穏な日本にあってはあまり意識せずに済んだものごとや世界を一挙にさらけ出し、意識の前景につきつけました。この年から、NHKが遍路道を大きく取り上げた番組を作り始めたのもこうした時代の状況と無縁ではなかったでしょう。</p>
<p><em>　</em>フェリーはゆっくりと淡路島に着きました。いよいよ四国へと向かいます。</p>
<figure id="attachment_27708" aria-describedby="caption-attachment-27708" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-1024x576.jpg" alt="" width="640" height="360" class="size-large wp-image-27708" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-1024x576.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-300x169.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-768x432.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-1536x864.jpg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/DSC_1082-2048x1152.jpg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-27708" class="wp-caption-text">海の彼方、ここでない遠くを思いやる</figcaption></figure>
<p>（次回「お遍路の始まり。いざ、一番札所・霊山寺へ」は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210608/">こちら</a>）</p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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		<gnf:modified>Fri, 04 Mar 2022 08:14:22 +0000</gnf:modified>
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		<title>四国お遍路でお接待を受けた体験談！長谷寺住職・岡澤慶澄がお伝え【けいちょうの徒然お遍路記（3）】</title>
		<link>https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210518/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[岡澤 慶澄]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 May 2021 23:41:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[お遍路のお接待とは、四国でお遍路をしている路者に 米・味噌・野菜の食べ物 わらじ、手拭、ちり紙などの必要品 を与えてねぎらう風習です。お接待があったので、どんなに貧しい人でも長旅の遍路に出ることができたと言われています。 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>お遍路のお接待とは、四国でお遍路をしている路者に</p>
<ul>
<li>米・味噌・野菜の食べ物</li>
<li>わらじ、手拭、ちり紙などの必要品</li>
</ul>
<p>を与えてねぎらう風習です。お接待があったので、どんなに貧しい人でも長旅の遍路に出ることができたと言われています。</p>
<p>現代の四国遍路のお接待は、どんな感じなのでしょうか？リアルな体験談を伝えます。</p>
<div class="c_profile-c"><div class="c_profile__img"><div class="c_profile__imgcircle"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_02prof.jpg" alt="" loading="lazy"  width="189" height="189"></div></div><div class="c_profile__info"><p class="c_profile__title-a">岡澤慶澄（おかざわけいちょう）</p><p class="c_profile__txt-a">昭和42年長野県生まれ。平成4年、真言宗智山派総本山智積院智山専修学院卒業。平成19年より長谷寺住職。本尊十一面観音の本願である慈悲心を、「いのり・まなび・であい」というキーワードに活動している。</p><p class="c_profile__txt-b"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/monk/" target="_blank"><i class="icon icon_hp-a"></i>長谷寺寺院ページ</a></p></div><!-- /c_profile-b --></div>
<p>前回（お大師さまの「おはからい」）は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210427/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>。</p>
<h2 class="c_header_post-b">昔のお遍路を感じるため、船で四国に渡る</h2>
<p><em>　</em>修行時代の友人と名古屋で合流し、私たちは四国へと向かいました。</p>
<p><em>　</em>かつて四国八十八ヶ所のお遍路旅は、言うまでもなく歩きの旅でした。ですから、当然ですが、四国には船で渡りました。今でこそ徳島の一番<ruby>札所<rt>ふだしよ</rt></ruby>から番号順にお参りするのが当たり前ですが、橋のない時代、人々は大阪湾や紀伊水道、または瀬戸内海、あるいは<ruby>豊後<rt>ぶんご</rt></ruby>水道などの海を渡りました。<br />
<em>　</em>そして愛媛や香川、徳島などの港に着くと、そこからほど近い札所を起点（打ち初め）として四国を巡ることが行われていました。そんな時代のお遍路さんの気持ちを少しでも感じてみようと、私と友人は大阪の<ruby>天保山<rt>てんぽうざん</rt></ruby>港から小さなフェリーに乗って四国を目指しました。もっとも淡路島まで行き、そこからは一部開通していた大鳴門橋を走るバスで徳島に行ったのですが。</p>
<p><em>　</em>ところで四国遍路の旅は<ruby>白装束 <rt>しろしようぞく</rt></ruby>に<ruby>菅笠 <rt>すげがさ</rt></ruby>で<ruby>金剛杖 <rt>こんごうづえ</rt></ruby>を突いて、という伝統の旅支度があります。<br />
<em>　</em>しかし私たちは僧侶ですので<ruby>墨染 <rt>すみぞめ</rt></ruby>の衣で出立しました。<ruby>行脚 <rt>あんぎや</rt></ruby>の<ruby>僧衣<rt>そうい</rt></ruby>姿で名古屋から新幹線で大阪へ、そこから地下鉄などを乗り継いで天保山のフェリー乗り場に向かいました。賑やかな大阪の駅や列車の中で、衣姿の坊さん二人、周囲からの物珍しそうな視線を感じながら、港に近づくにつれ、自分たちが大都市の喧騒から次第に遠ざかりつつあること、同時に少しずつ遍路の世界、祈りの世界に近づいているのだと感じていました。それがどんな世界なのかは、まだわからぬままに。</p>
<figure id="attachment_27699" aria-describedby="caption-attachment-27699" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-1024x1024.jpg" alt="僧衣姿でお遍路へ" width="640" height="640" class="size-large wp-image-27699" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-1024x1024.jpg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-300x300.jpg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-150x150.jpg 150w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-768x768.jpg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e-280x280.jpg 280w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/3965e93a8809e455a373cdc56a91998e.jpg 1124w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-27699" class="wp-caption-text">僧衣姿でお遍路する私。場所は土佐と伊予の国境</figcaption></figure>
<h2 class="c_header_post-b">今に生きる「お<ruby>接待 <rt>せつたい</rt></ruby>」の心</h2>
<p><em>　</em>立派な明石海峡大橋ができた今ではもうフェリーはないようです。当時すでに船を利用する人は減っていたのでしょう。待合所も空いていてがらんとしていました。けれどもそのがらんとした待合に、どこからか海の香りがしてきて、海がない長野県民の私には、何やらドキドキするものがありました。</p>
<p><em>　</em>やがて出航の時間が近づき、<ruby>桟橋<rt>さんばし</rt></ruby>への改札が始まるとわずかな乗船客が集まり始めました。僧衣姿の我々もチケットを手に、その最後尾について進んでいきました。すると改札口に立った時のことでした。チケットのモギリをしていた係りのお爺さんが、私と友人それぞれに二袋ずつの飴を渡ししてきたのです。一瞬、何のことなのか分からずためらっていると、お爺さんが言いました。</p>
<p>「あんたら、お遍路さんやろ？これはお接待じゃ。昔は、ようけここから船に乗ってお遍路さんも行きよったが、今では誰も乗らん。ほんまにひさしぶりや。気いつけて行きや」</p>
<p><em>　</em>お爺さんは、そういうとプイといなくなってしまいました。思いがけない初めてのお接待でした。お接待というのは、四国遍路が伝える巡礼文化の中でも特筆すべきもので、遍路道を巡礼する人に、四国の人々が食や宿、お金などを施すものです。きっと四国に限らず、西国観音巡りや伊勢参りなどの全国の巡礼の道々にあった文化だと思いますが、今日では四国路にのみ生きています。<br />
<em>　</em>しかも、まだ四国に渡る前の、大阪の港で、私たちは初めてのお接待を受けたのです。四国遍路への道、遍路道は、もう始まっているのでした。どうして、このような施しの文化が息づいてきたののか。それが、海を越えて広がり、人々の心に生きているのか。それもまた、この旅の思い出の中で少しずつたずねてみたいと思います。</p>
<figure id="attachment_27700" aria-describedby="caption-attachment-27700" style="width: 640px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346-1024x768.jpeg" alt="" width="640" height="480" class="size-large wp-image-27700" srcset="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346-1024x768.jpeg 1024w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346-300x225.jpeg 300w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346-768x576.jpeg 768w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346-1536x1152.jpeg 1536w, https://mytera.jp/wp-content/uploads/2021/05/IMG_1346.jpeg 2048w" sizes="auto, (max-width: 640px) 100vw, 640px" /><figcaption id="caption-attachment-27700" class="wp-caption-text">お接待の飴（イメージです）</figcaption></figure>
<p><em>　</em>お爺さんにいただいた飴を手に、我々は船上の人になりました。船が岸壁を離れていく風情には、何か特有の雰囲気があります。なぜか井上陽水の名曲「<a href="https://youtu.be/I8xfJYiGyYE" title="井上陽水　白い船" rel="noopener noreferrer" target="_blank">白い船</a>」を思い出していました。<br />
<em>　</em>そして、ふと桟橋の方を振り返ると、あのお爺さんが一人、手を振っているのが一瞬見えた気がしました。この時は吉田拓郎の「<a href="https://youtu.be/jWkRibrJCb8" title="吉田拓郎　落陽" rel="noopener noreferrer" target="_blank">落陽</a>」がふと思い出されました。お遍路に向かう旅情がかき立てられていきます。</p>
<p><em>　</em>フェリーは大阪湾の波に揺られ、一路淡路島に向かいます。すでに昼下がりの西日がフェリーの中に差し込んで、なんとなく非現実的な感覚に襲われつつ、昔の都や畿内の人々にとって海を隔てた四国が、「死国」とか、都から遠く離れた「<ruby>辺土<rt>へんど</rt></ruby>」と呼ばれて、恐れられていたことも不意に思い出されてくるのでした。</p>
<p>（次回「阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。平成7年の遍路道にただよう影」は<a href="https://mytera.jp/paper/hasedera20_20210515/">こちら</a>）</p>
<div class="c_tera-a"><div class="c_tera__img"><img decoding="async" src="https://mytera.jp/wp-content/uploads/2016/06/0020_01eyecatch.jpg" alt="お寺画像" loading="lazy"  width="275" height="162"></div><div class="c_tera__info"><div class="c_tera__txt-a">長野県長野市</div><div class="c_tera__title-a">金峯山 長谷寺</div><div class="c_tera__txt-b">日本三所　長谷観世音霊場</div><p class="c_tera__btn_group-a"><a href="https://mytera.jp/tera/hasedera20/" class="c_btn-b c_btn_arrow-a c_bgcolor-a c_btn_size-b c_btn_fsize-b" target="_blank">寺院ページを見る</a></p></div></div>
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