お寺で育つ「ありがとう」の心 - お寺の鮨育とランドセル祈願(龍泰寺住職・宮本覚道)
投稿日:2026.03.24

岐阜県関市の龍泰寺では、地域の子どもたちと向き合いながら、日々の暮らしの中で「命」や「感謝」を感じる学びを大切にしています。鮨職人とともに行う鮨育教室や、入学を迎える子どもたちのランドセル祈願など、その取り組みは地域にあたたかな循環を生み出しています。本記事では宮本覚道住職の思いをご紹介します。

宮本 覚道(みやもと かくどう)
1978年生まれ。慶應大学卒業、駒澤大学大学院修了後、永平寺・總持寺の両本山で修行。龍泰寺住職。あかつき幼稚園園長。現役のパワーリフティング選手でアジアチャンピオン&日本記録保持者にも。東海管区センター布教師。保護司。認定心理士。
地域の中で、子どもたちと向き合うということ
私は岐阜県関市の龍泰寺で住職をつとめながら、あかつき幼稚園の運営にも関わり、地域の子どもたちの成長に日々向き合っています。お寺は、法事や行事を行うだけの場所ではなく、人が生きる意味や、つながりの大切さを感じる場でもあると考えています。その役割は大人だけでなく、これからの社会を担っていく子どもたちにこそ、丁寧に伝えていく必要があると感じています。
鮨職人と住職が伝える命の学び
近年、地域のつながりがうすれ、生活の実感を得にくい時代になってきました。子どもたちが「命」や「感謝(ありがとう)」の意味を体験として学ぶ機会も、少なくなっているように思います。
そこで私たちは、食の現場と仏教の教えを結びつけた「鮨育教室」を行っています。
鮨職人が生きた魚をさばく様子を見つめながら、私は僧侶として「五観の偈」の意味を伝えています。食事の前に自分のあり方を見つめ、命をいただくことの意味を心にとどめる。この教えは、今の子どもたちにこそ必要な視点ではないかと感じています。

食べる前に、少しだけ立ち止まってみる
五観の偈では、まず「この食事がどのような人の働きやご縁によって届けられたのかを思いなさい」と教えられます。魚を捕る人、運ぶ人、調理する人、そして家族や社会の支えがあって自分が生きていることに子どもたちは気づきます。
次に「自分の行いをふり返り、この食をいただくにふさわしいかを考えなさい」と説かれます。食べることは当たり前ではなく、感謝と謙虚さをともなう行いであることを、自然に学んでいきます。
また「食は楽しみのためだけでなく、心と体を養うもの」という教えは、日々の暮らしの中で自分を整える指針となっていきます。こうした学びを通して、命をいただくことが未来へとつながる責任であることを、少しずつ感じ取っていくのです。

子どもたちが自分の手で握った寿司を口にする瞬間には、ただの体験を超えた気づきが生まれます。「いただきます」という言葉が、命をいただく重みをともなった言葉として心に残るのです。この経験は、他者への思いやりや自然への敬意、そして自分の生き方を見つめる力につながっていくと信じています。

入学を迎える子どもたちへのランドセル祈願
また、龍泰寺では小学校入学を前にした子どもたちのランドセル祈願も行っています。新しい一歩を踏み出す節目に、お寺で祈りの時間を持つことは、自分自身や家族の願いを見つめ直す大切な機会になります。祈りとは特別なものではなく、日々の暮らしの中で心を整え、周囲との関係を見つめる営みだと私は思っています。祈願は新学期になって受付しておりますので、ご興味のある方は龍泰寺へご連絡ください。

全国に広げたい、地域とお寺の新しい教育のかたち
地域に根ざすお寺として、子どもたちの成長をともに喜び、未来を応援し続けていきたいと願っています。
仏教の教えは難しい言葉で語るものではなく、体験や関わりの中で自然に伝わっていくものです。鮨職人が命に向き合い、僧侶がその意味を伝えるこの取り組みは、どの地域でも実践できるはずです。
全国のお寺でもぜひ取り入れていただき、子どもたちが命の尊さと感謝の心を育む機会が広がっていくことを願っています。これからも歩みを止めることなく、子どもたちとともに学び続けていきたいと思います。




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