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自衛官から僧侶への大きな転身、そして荒行へ [前編] – 佐々木宏介さん(大阪府堺市 妙法寺 住職)

2018.06.11

【このインタビュー記事を読む前に】
よろしければ是非、こちらの まえがき をお読みください。

厳しい修行を終えたお坊さんの健康状態

3月も終わりのある日、大阪府堺市にある日蓮宗 妙法寺のご住職 佐々木宏介さんと奥様の佐々木妙章さんにお会いしました。宿泊するホテルまでわざわざ車で迎えにきてくださったお二人。車を運転するのは奥様の妙章さん。佐々木住職が助手席から語り始めます。

2月に荒行を終えてお寺に戻ったのですが、判断や反射神経が必要となる車の運転はまだ家内に頼っています。
荒行に入る前、自分の脳みそが10割働いていたとすると、現在は体感1~2割ほど。読経や、日常の単純作業はほぼ問題なく行えますが、思考・判断を要する知的作業に時間がかかり、物忘れも非常に多いです。

荒行中は栄養不足で血流も滞るため脳が省エネモードになるのでしょうね。現在は言わばしばらく電源オフだったパソコンを久しぶりに起動させようと、家内の助けを借りつつ脳機能の回復を目指して奮闘している状態です

佐々木住職は世界三大荒行のひとつに数えられる、日蓮宗大荒行という修行を終えてお寺に戻られたばかり。

荒行とは、毎年12月から翌2月にかけて千葉県にある日蓮宗大本山中山法華経寺の荒行堂で150名前後の修行僧が、江戸時代から伝わる行法にのっとり水行読経三昧の100日に挑むというもの。荒行中は一日に7回の寒水水行があり、睡眠時間も少ない極限状態の中で修行をし続けるそうです。修行僧が仏弟子としての強い信仰心を高めるための100日間です。

とても厳しい荒行にこれまで3度も挑み続けてこられた佐々木住職。以前お会いした時よりも髪と髭が伸びており、容貌も随分と変わっていることに驚きました。

私の場合、体重は荒行中に15kg減りましたが、お寺に戻り約1ヶ月半で5kg増加のリバウンドがありました。荒行中は1日2回、それぞれ一椀のお粥と味噌汁という食事が基本であり、100日間を通じて満腹感を得られることは決してないため、自坊に戻ると食欲との闘いです。強烈な飢えの記憶から、荒行前よりも大幅に体重が増えて別人のようになる僧侶もいます。

佐々木住職の場合、荒行後の機能低下状態が回復するまでに初回の荒行の際は2年、2回目の荒行の際は1年かかったそう。

妙章さん:はじめての荒行から住職が戻ってきた時は、日常動作の反応が鈍くなっていたので「住職が怠け者になっちゃった!」と思いました(笑)

3回目ともなると、奥様もさすがに慣れたというご様子。

僧侶ではない者の感覚からすると、「なぜそこまでして荒行に…。」と思ってしまいます。修行に理由を求めること自体がナンセンスかもしれませんが、厳しい修行に身を投じるには大きな心の動きがあるはず。その変遷を尋ねてみようと、堺市にある妙法寺を訪ねてみたのでした。

自衛官からお坊さんへ、思いもよらなかった転身

妙法寺につくと満開の桜が迎えてくれました。思わず感嘆の声をあげると、佐々木住職も嬉しそう。

最初にこのお寺に来て、境内に足を踏み入れた瞬間に、「あぁ、ここだ…。」と感じました。

「最初に妙法寺に来た時」というのは佐々木住職が38歳の時。佐々木住職は妙法寺の生まれでないばかりか、前職はなんと自衛官。防衛大学校卒業後、海上自衛隊で責任ある立場を任されるようなエリートでした。幹部自衛官だった14年間は護衛艦に乗り組み、国防の最前線で殆どの時間を過ごし、時には私たちには想像もつかないような緊張の場面を経験したそう。まちのお寺の住職としての現在と比べると大きな転身です。

「自衛官」と「お坊さん」のイメージがかけ離れていて、経緯が想像できません。前職の経験は活かせるのか?収入はどうなるの?聞いてみたい質問が湧き上がる中、まずはお坊さんになったきっかけを聞きました。

「お寺の娘さん」との運命的な出会い

自衛官時代の佐々木住職

護衛艦幹部として海上勤務中は、親の死に目にも会えないのが当たり前というほど多忙ですが、たまたま母校防大指導教官として勤務中、29歳の時に、小中高と同級生だった友人の結婚式に招待されました。友人代表のスピーチをしてほしいと。海上勤務中であればお断りするところですが、学校勤務中なら確実に出席できると思い承諾したんですね。

事前の打ち合わせに行くと、披露宴の司会者を頼まれていた彼女(後に奥様となる妙章さん)がおりまして、ひと目見た瞬間に「あぁ、この人だ。ここにいたのか」と。 “前世で分かれた魂の半身” だと、一瞬で理解しました。

結婚式の打ち上げで、翌日にまた会う約束を申し込んだという佐々木さん。隣にいる妙章さんは「興味本位で」デートを承諾したと笑みを浮かべています。

結婚式の翌日、出会って6日後にプロポーズしました。興味本位だったと申している本人ですが(笑)、「はい、わかりました」と即座に承諾してくれました。

喜びもつかの間、妙章さんの実家は愛媛県の日蓮宗寺院。残念ながら自衛官に嫁ぐことをご両親に認められなかったそう。心の通じ合った”魂の半身”と寄り添えないもどかしさ。お二人にとってとても苦しい時期だったと想像します。

それから約4年、共に別々の場所で生涯のパートナーがお互いで良いのか考える長い時間を過ごしました。私は幹部自衛官として益々責任が重くなり、中東での作戦など、より緊張度・即応性の高い任務に従事し家内と一切連絡がとれない時期もありました。

公私の別なく国の任務に全てを捧げる私の状況に対し、幼い頃からの家内の夢はお寺の門戸を開け放して地域の人たちと一緒に生き、その人たちの苦しみを癒やすという仏教的価値観の実践。お寺抜きに家内の夢・人生は考えられなかったので、それを一緒にやってくれるパートナーをずっと探していたんですね。
私と出会う前に、何度かお見合いのお話をいただいたようですが、価値観を共にする伴侶として生きていけそうな方には出会えなかったようです。

見えない力に胸ぐらをひっぱられ「僧侶にならされた」

佐々木住職と奥様の妙章さん

自衛官として生涯をおくることに確信を抱いていたはずの佐々木さんですが、そこから僧侶になるまでの道のりは「僧侶になった」というより「僧侶にならされた」のだと言います。

家内に出会うまでの私は、目に見えることのみを指針に生きており、人生も自分の意思決定によって決まっていくと考えていました。目に見えない存在を信じたり、感じることはありませんでした。しかし、家内に出会った瞬間から、何か目に見えない力に胸ぐらを引っ張られているような感覚が常に拭い去れませんでした。僧侶にならざるを得ないよう、その選択しか許されないよう、目に見えない何者かにその他の道を塞がれ追い込まれていくようにも感じました。

家内に出会ってから4年間の間に、様々なことが私の身の回りに起きました。最後は、崖から飛び降りるような気持ちで諦めて僧侶になったんですね。全て断念して、抵抗する気力を失って…。神仏によって「ならされた」のだと、今は理解しています。

思い返せば、25才の頃、東京の町中で1度だけお会いした ある僧侶に、家内との出会い、その後変遷していく私の人生など、想像範疇外の内容を諸々予告されました。今に至って見事なほど一致したなぁ、と分かりましたが、もちろんその頃は100%信じていませんでした。

自衛隊退職翌日から昼間は小僧生活、夜は僧侶の資格を得るため宗門の大学に通う随身(住み込み)修行を経て晴れて僧侶となり妙章さんと結婚。妙章さんの夢を実現する拠点となるお寺を探した結果、堺の妙法寺とのご縁がありました。

お経の力

妙法寺のご本堂

もともと、目に見えない力を信じる人間ではなかったという佐々木住職。僧侶に「ならされた」後も、しばらくは「信仰心をもっている」とは言えなかったそうです。
3回目の荒行にしてようやく「信仰をもって入った」と思えたとのこと。それまでに2度の厳しい修行を経たにも関わらず「信仰をもった」と言えないとは、信仰とは何か?と考えさせられる言葉です。佐々木住職が信仰をもつに至った過程はどのようなものだったのでしょうか?

2回目の荒行で知り合った先輩僧の薦めで『法華経一部読誦講習会』という勉強会に2年半参加しました。法華経を依経とする宗派は多々ありますが、我々日蓮宗僧侶であっても普段は『要品(ようほん)』と呼ばれる法華経のダイジェスト版で読むことが多く、『一部経(いちぶきょう)』というフルバージョンで日々読経する方はごく一部です。

講習会は東京で約3~4ヶ月おきに行われましたが、この間、講習で学んだ『一部経』部分を復習として200回読んでくることが目標と言われました。私は僧侶としてのスタートが他人よりも10数年遅れているので、ひとつ本気で取り組んでみようと1日かなりの時間を『一部経』の読誦に費やすことに取り組みました。

佐々木住職は見るからに厚い経本を、毎日読み続けたということです。そういえば、妙法寺まで来る道すがらにも「お経をあげ続けることが大事」と何度も仰っていました。

ただそれだけのことで、これまでとやっていることは何も変わらないのに、このお寺を訪ねて来る方が途端に増え始めたんですね。その、来させられたような気がする、境内の雰囲気に誘われて来たと仰る方々の話を色々とお聞きしてみると、その多くはこの妙法寺に、ご自身も知らない何らかのご縁を持った方たちであることが分かりました。

「例えば…」と佐々木住職が語りだすと、もう止まりません。「本当ですか?」と何度も問い返したくなるような不可思議なご縁の連続。
「境内の空気感に誘われて」ふらっとお寺に入ってきたという方と話していると、その方の恩師が先日亡くなられたばかりの妙法寺のお檀家さんだったり。
佐々木住職のお兄さんが転勤先のインドネシアで苦労をして、唯一助けてくれた現地の恩人のお婆様が妙法寺に眠っていることがわかったり。

人的な力を超越した何かに導かれ、なぜか分からないけど妙法寺に足を運び入れた方々が、こちらが何をお願いするわけでもないのに、お寺の活動を支える仲間になってくださったり、良いご縁を運んできてくださるようになりました。そしてその方たちご自身がほとんど皆、突然仰るんです。「あぁ、〇〇さん(墓地に眠るお檀家さん)に呼ばれて自分は来たんだ。〇〇さんが喜んでいる」、と。

最初に変化に気づいたのは奥様の妙章さん。

気づいたのは家内です。「最近、毎日のように色々な人が来て、信じらないようなご縁があるけど、そういえばあなたが一部経を始めてからじゃない?」と言われ、お経の力を実感した瞬間でした。毎日、一部経を読むことにより、神仏に喜んでいただく、過去のお檀家さんなど霊に喜んでいただく、お檀家さんや地域に生きている人に喜んで頂く、あぁ、これが私の後半生のおける役割の一つかと認識しました。
しかし良いことばかりでなく、忙しくてお経をあげることが足りなかったり、他の神社仏閣等を訪れると、私の体に不調が出るようにもなりました。そんな時は、お経をあげこむことにしています。

日蓮宗のお坊さんとしての役割

お参りの方を見送る佐々木住職

元々、外からやってきて妙法寺に入った佐々木ご夫妻。当初は様々な苦労もありました。そのお話を聞いていると、夫妻の原動力となったのは、他でもない堺の町の人々とのご縁です。堺の町おこしに熱心になっている人たちに共感し協力しあうことが、「堺に妙法寺あり」との認知が広まる最初のきっかけでした。

佐々木ご夫妻と妙法寺を支える大切な「ご縁」が更なる深まりを見せたことで、お経の力・信仰の存在を実感できたということかもしれません。手元にある法華経の一文を指しながら、佐々木住職が説明してくれます。

常住此説法(じょうじゅうしせっぽう)、常に此処(ここ)に住(じゅう)して法を説く。お釈迦様の姿は私たちに見えないけれど、実は常にこの世界にいらっしゃって法を説いている。それを私たちは気づいていないという意味合いです。
お釈迦様は、ご自身がいなくなったあと、誰もが仏の教えを信じられない時代がくるけれど、常に私たちの傍にいて法を説いていると。私自身、人生の長い期間、目の前にある現象が全てで、目に見えない力や、仏様の存在を信じていませんでした。今は「常住此説法」を、私自身が日々実感させられています。

「お釈迦様が常に私たちの傍にいて法を説いている」確かに眼の前に起きている現象として認知できないので、私自身は比喩として捉えることが精一杯です。しかし今、目の前に実在する佐々木住職が、お釈迦様の存在を実感していると仰る。お釈迦様の教えであるお経を繰り返し読んで解釈し、私のため、家族のため、先祖のためにお経をあげてくれる。
お経の内容を比喩としてしか受け取ることのできない私の代わりに、お釈迦様と私の間に立って媒介となってくれているのが、日蓮宗のお坊さんとしての佐々木住職の役割なのだと感じました。

神仏は、私ども人間がそれぞれ「やりたいこと」を手放しに応援してくださるわけではなく、「やらせたいこと」を私どもが感じ取り実践していると、意図せぬ協力者を遣わせてくださる、ということを最近特に感じます。

私ども夫婦に課せられた妙法寺のミッションは、お寺を立派にすることではなく、この堺という場所で法華経の力、お題目の力(祈りの力)を実感していただきながら、地域の方々に仏教的価値観を弘め菩薩行を積んでいただく支援をすることであると感じます。

この者たちならば、まぁ、何とか真面目にやりそうだ」と、ただただ神仏によって場と役割を与えられた存在かと、私どもは。

日蓮宗僧侶としての役割。まさに神仏が「やらせたいこと」にしっかりと取り組んでいる佐々木住職と、それを支える奥様の妙章さんによって、妙法寺には協力者が集まり、地域と一体となってご縁が広がっていく好循環が生まれているように見えます。

(後編へ続く)

堺 妙法寺 (日蓮宗)
住所 大阪府堺市堺区中之町東4丁目1-3
電話 072-232-6719
ホームページ / Facebookページ

↓ 妙法寺が制作した動画 「日蓮宗大荒行」(ショートバージョン)

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