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仏の教えを目の前に現す。語りの宗教芸能「絵解き」の世界

2018.02.15


仏教に興味を持ち、その心を知りたいと思ったとき、教えを学ぶためにはどのような手段があるでしょうか。
入門書を読む、テレビの連続講座を見る、手塚治虫の『ブッダ』を読む、お寺でお坊さんに聞く・・・仏の教えの入り口に立つアプローチには様々なものがありますが、これからは「絵解き(えとき)」をその中の一つに加えてみてはいかがでしょうか。

絵解きは民衆に親しまれてきた語りの芸能

「絵解き」とは、文字通り、ある絵画に描かれていることをわかりやすく説明することをいいます。仏の教えの世界を表した絵画を前に絵解き師がその心を語り、聞く人たちとお釈迦様との出会いを育むのです。
はるか昔、インドで始まった絵解きはシルクロードを通って日本に伝わり、平安時代には日本で絵解きが行われていたという記録が残っています。鎌倉時代以降に絵解きの専門職が生まれ、お寺や神社を中心に一般の民衆に向けて様々な絵解きが行われていきます。こうして絵解きという宗教的な芸能は室町時代から江戸時代にかけて日本中に広まっていきました(岡澤恭子氏「釈迦涅槃図絵解き資料」より)。

絵解きで用いられることの多い釈迦涅槃図(国宝 仏涅槃図 1086年 高野山金剛峯寺所蔵)

現在のように公教育が整備されていない時代、字の読めない人や仏教の知識がない人たちは絵解きによって仏の教えの世界を体験していました。漢字だらけの難しい本に跳ね返されている今の世の人たちも、絵解きを通して仏教の入り口に立つことができるのです。

嫁いだお寺で釈迦涅槃図が見つかり絵解きを継承。自らの使命と感じ全国を絵解きの旅へ

日本の中世から近代にかけて盛んに行われてきた絵解きですが、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく:神道と仏教を分離するために進められた仏教排斥の動き)やテレビなどの娯楽の発展によって絵解きの文化は衰退していき、長い歴史を持つこの宗教的芸能も現代ではあまり知られていません。
そんな今やお目にかかることが少なくなってしまった絵解きを継承し、全国をまわって仏の教えを広く多くの人々に伝えている一人の女性がいます。岡澤恭子さん、長野県の長谷寺というお寺の寺庭婦人(住職の奥様)です。

岡澤 恭子(おかざわ きょうこ)

昭和44年愛知県生まれ。平成5年立命館大学大学院日本文学研究科博士前期課程修了。平成10年に長谷寺所蔵の大涅槃図の修復を機に絵解きを復興。以来、長谷寺を中心に、全国各地で絵解きをおこなっている。

岡澤さんは愛知県出身。親戚一人いない、それまでまったくご縁のなかった長野県のお寺へ1996年に嫁ぎました。お寺の生活に入って間もなく、日常が慣れないことで溢れていたある日、ぐるぐると頑丈に巻かれた大きな絵画がお寺から発見されます。
ちょうどその時、長谷寺には古文書の調査が入っていて、発見された絵が江戸時代中期に描かれた「釈迦涅槃図(しゃかねはんず)」であることがわかりました。そして、その発見は長く途絶えていた長谷寺の絵解きの歴史を示すものだったのです。地域の協力のもとボロボロだった涅槃図が修復されたことを機に、岡澤さんは絵解きの復興を担うことになりました。
その当時、岡澤さんには一人目のお子さんが生まれたばかり。初めての絵解きの場に訪れたたった一人のお客さんを前に、赤ちゃんを背中におぶりながら涅槃図に描かれた世界を語り始めたのだそうです。

長野県長野市 長谷寺

長谷寺で始まった岡澤さんの絵解きは今年で20年になります。真言宗智山派の総本山、智積院(ちしゃくいん)にて毎年絵解きを行うほか、長谷寺を中心に全国各地のあらゆる学びの場へ出張し、行う講演は毎年約40回ほどにのぼるといいます。不思議なご縁が積み重なって絵解きという芸能のバトンを受け取った岡澤さん。その語りは、長谷寺の釈迦涅槃図を目の当たりにする多くの人びとの仏縁を結びつづけています。

釈迦涅槃を「知る」のではなく「体験する」。涅槃の風景を描き出す語りの力

去る1月下旬の雪の残る寒さの日、東京都世田谷区龍雲寺で開かれた法話会「ダンマトーク」にて、岡澤恭子さんによる「釈迦涅槃図お絵解き〜お釈迦様最後の旅〜」が実演されました。

本堂の中央に長谷寺所蔵「大涅槃図」のレプリカが安置され、100人を超える参加者がお釈迦様の涅槃の姿を囲みます。
そもそも、「釈迦涅槃図」とはお釈迦様(仏教の始祖、ゴータマ・ブッダ)が人生80年の最後、涅槃(煩悩から解脱した悟りの境地、ブッダの死)の時を迎えた様子が描かれたもの。釈迦涅槃図の絵解きはその長い歴史の中で、全ての人に必ず訪れる「死」について思いを馳せ、自らの生き方を問い直すことを民衆に説いてきました。

岡澤恭子さんの絵解きは「釈迦」や「涅槃」という言葉を解説し、絵解きの歴史を簡単に振り返ってから始まります。はじめに涅槃図にむかって手を合わせ、一礼した後に『平家物語』冒頭の一節を暗唱します。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす

そして始まる語りは、釈迦涅槃の情景を目の前に現していきます。涅槃図を前にした全員がお釈迦様が永遠の眠りにつこうとしているまさにその瞬間を目のあたりにするのです。
語りの抑揚や息遣いによって絵画の風景を映し出す姿はまさに芸能。涅槃図に散りばめられた情報の解説によってその全景を「知る」のではなく、涅槃の時をお釈迦様とその周りを囲む全ての生き物とともに「体験する」。涅槃図の世界に入るその舞台を岡澤さんはつくり出すのです。

龍雲寺の本堂に集った子どもからお年寄りまで100人を超える人びとが、お釈迦様の生き方に出会い、亡くなる様を目撃し、仏教の死生観を学ぶ。絵解きという芸能が継承する、教えを伝える知恵や技術の素晴らしさを感じました。

知識として頭に入れるよりも、経験としてリアリティのある学びをすることで、お釈迦様の言葉はより身近な問題として目の前に現れてくるでしょう。
絵解きは、仏教の世界の入り口に立ちたいと思ったときに、最も強烈に、そして鮮明に仏の教えを示してくれる最高の案内になってくれるはずです。

長谷寺ではお釈迦様の命日にあたり、毎年3月15日に「大涅槃図」を公開。岡澤恭子さんによる絵解きを鑑賞することができます。
2.3メートル四方と大きな涅槃図の実物を見られる貴重な機会。ぜひ足をお運びください。
くわしい情報はまいてらカレンダーをご参照ください。

絵解きを体験したいあなたへ

「釈迦涅槃図」と並んで、絵解きの二大人気といえば、「極楽地獄絵図」です。
釈迦涅槃図では、仏さまの生涯の終焉を通じて死生観を伝え、地獄絵図では地獄で繰り広げられる人びとの苦しみの様子から仏教的善悪観を伝えたとされています。全国の地獄絵図を所有するお寺で絵解きが行われていますので、ぜひチェックしてみてください。

また、京都府の西岸寺では、不定期で「九相図(くそうず)」の絵解きを行っています。九相図とは、人間が死んで腐敗し、骨になるまでを描く仏教絵画 です。無残に変化してゆく人体は、人の世が無常(変わらないことはない)であることを示すものとされています。

西岸寺の九相図

明治の廃仏毀釈により、絵解きの文化は一度衰退してしまったため、絵解きを体験する機会は貴重で限られていますが、お寺を中心に全国で絵解きの復興と継承が進められています。
ぜひ、絵解きを実際に鑑賞して宗教的芸能における伝え方の知恵や技術を体験し、仏教の世界を感じてみてください。

お寺画像
長野県長野市
金峯山 龍福院 長谷寺
日本三所 長谷観世音霊場

寺院ページを見る

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