「地獄VR」という現代の伝道手法。バーチャルとリアルが融合した体験価値(妙法寺・横浜市)
2022.06.15
井出悦郎(いでえつろう)
まいてら代表。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、まいてらを運営する一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める。東京大学文学部卒。
「そんなことしたら、地獄に落ちるぞ!」
小さい時に祖母から言われた記憶がおぼろげにありますが、最近はこの言葉を聞くことはまったくなくなりました。
現代の日常生活で存在感を失いつつある地獄ですが、地獄を体感できる画期的な試みを、妙法寺(横浜市・日蓮宗)が始めました。しかも、VRという最新テクノロジーを駆使する形で。
現代に合った仏教伝道の手法を開発したい!
「仏教の歴史は伝道の歴史です。それぞれの地域の社会情勢に合わせて、伝え方を柔軟に変えてきました」と熱く語る久住謙昭住職。
地獄VRを作るきっかけになったのは、絵解きという伝統芸能との出会いだったそうです。仏の教えの世界を表した絵画を前に、巧みな語りで人を惹きつける絵解き師の姿を見て、現代においても今を生きる人に適した仏教伝道の手法を開発できるのではないか。そんな思いが地獄VRの制作を後押ししました。
参考記事:仏の教えを目の前に現す。語りの宗教芸能「絵解き」の世界
そして、2022年4月から開始された妙法寺の「地獄VR」体験会。実施にこぎつけるまでは様々な苦労がありました。
「VRというキャッチな言葉に引っ張られ、浮かれた内容にしたくなかったんです。何度も挫折しながら完成に至りました」
そう語るのは、地獄VRの制作プロデューサーを担われた妙法寺の安田ひとみさん。
実際に脚本制作に入るまで長い時間がかかったとのこと。有名な地獄絵図の著作権の問題、昔の絵図は怖すぎて見続けられないという点、VR映像の適切な長さ、大勢で一度に見るための技術的な課題等々、VR映像の制作は株式会社百人組の協力を得てハードルを一つずつクリアし、苦節3年で完成に至りました。
地獄VRだけではない。とても練られた地獄体験プログラム
2022年4月からはじまった毎月の体験会も、6月12日(日)で既に3回目。久住住職と安田さんは毎回緊張するとのことですが、とてもこなれた運営で、スムーズに進行しました。
「地獄VR」体験のプログラムは以下の流れで進みます。レクチャー、VR、法要という、リアルとバーチャルが組み合わさった内容です。
- 住職のお話し:地獄の基礎知識(15分)
- 地獄VR体験(7分)
- 住職のお話し:振返り&まとめ(10分)
- 懺法会法要(20分)
最初は久住住職による地獄の基礎知識のお話し。
地獄の種類が8種類もあるということは初めて知りました。刑務所でもある地獄には刑期があり、その天文学的な年数にも驚きました。
加えて、地獄の罰も多種多彩で、昔の人はよくこんな罰を考えたなぁと思わされる内容です。地獄の罰を真面目に聞いていると、身体がぞわぞわしてきます。
そして、いよいよ地獄VRの体験です。詳しくは、実際に体験してみてのお楽しみですが、参加者の声をご紹介いたします。
「VR映像の没入感があって楽しめました」
「VRの表現も決して突拍子なものではなく表現方法の試行錯誤の一つなのだと思いました」
7分という時間が短いと感じることや、アニメの効果で怖さが和らいでいることに、少し物足りなさを感じる声も一部にはありました。
しかし、地獄VR体験が単体で存在しているというよりも、全体のプログラムを通じて地獄を味わうために、地獄VR体験が一つの重要な素材として機能していると考えます。
VR体験の後は、久住住職によるまとめのお話。それまで地獄を考え続けてきた参加者には、「地獄はどこかにあるのではなく、自分の中にある。今ここが地獄である」という言葉がとても響いたようです。
この言葉の真意を味わうには、ぜひ地獄体験にご参加いただくことをおススメいたします。
線香の煙とともに罪の意識を軽減する懺法会法要
この日のプログラムを通じて、個人的には懺法会法要がとても印象に残りました。
これは懺法と書かれた紙線香に自分の罪を書き、読経とともに火に燃やして香炉にくべる法要になります。
参加者それぞれの罪が書きこまれた線香は、香炉から煙となって立ち上ります。その煙を見ていると、本堂の仏さまの温かさに包まれ、罪が浄化されていくような気持ちになりました。
罪の浄化という点で、例えばカトリック教会では罪を告白し懺悔する「告解室」があります。
しかし、日本社会では自らの罪を悔い、浄化していく機会や場所が、日常生活の中では存在感が薄いように思います。個々人が抱く罪の意識や気になっていることを、読経や祈りを通じて浄化・軽減してあげるのは、お寺本来の役割と言えるでしょう。
死者に手を合わせるだけでなく、自分自身の人生のために祈り、手を合わせる。懺法会法要は、自らが前向きに生きていくための儀礼の力を示してくれているように思いました。
懺法会法要が始まったのは、日曜日の午後4時くらいから。多くの人が翌日から仕事が始まる週初めを前に、自らが抱える重荷を降ろすにはちょうどよい機会だと感じました。
VRとお寺というリアルの場・営みが融合した体験価値
最後に参加者の声をご紹介いたします。
「VRの体験(イベントとしての興味)で申し込みましたが、体験を通じて日々の生活を振り返ることができました」
「VRとリアルが同時に体験できるのはとても素晴らしいと思います」
「VR体験というきっかけでお寺に来て、お香をかぎながら懺法会にも参加できたのがとても良かったです」
「新しい試みにもかかわらず、映像やワークショップも洗練されており、本当に力を注いで制作されたことがよく伝わりました。期待以上のすばらしい時間をいただくことができ、日々の人間関係や心持ちを見直すきっかけになりました」
地獄VRという興味を惹くきっかけでお寺に来たものの、久住住職のお話しや実際の法要というリアルの体験を通じ、参加者は事前の想像以上の価値を感じたようです。
バーチャルとリアルの融合という点では、古来に開発された絵解きも絵図(バーチャル)と場・語り(リアル)が融合した手法と言えますし、現代の地獄VRにおいてもその本質は変わらないのかもしれません。
百聞は一見に如かず。ぜひお寺という場で地獄VR体験にご参加されてはいかがでしょうか?
バーチャルだと思っていた地獄を、今ここの自分の中にリアルで感じられるようになることが、日々をイキイキと前向きに歩んでいくための古からの秘訣なのかもしれません。