【お坊さんの書棚②】『おじさんのかさ』佐野洋子 作(光明寺・小林尚樹住職)
2020.04.24
僧侶ならではの視点で、おすすめの本をご紹介していくミニコーナーです。実は、本を例に挙げて法話をすることも多いお坊さんたち。家で過ごす時間が増えている今、お子さまからお年寄りまで、ぜひ気軽に手にとってみてください。
世界がガラッと変わって見える
私たちの毎日の生活では、さまざまな情報が飛び交います。みんなそれぞれの価値観をもとに、言いあい、自分を主張しあい、他を評価し、傷つけあっています。
『おじさんのかさ』のおはなし、ポイントはもちろん「かさ」です。
おじさんは、出かけるときにはいつも「かさ」を持っていきます。でも、「かさ」をさすことはありません。おじさんにとって「かさ」は、「ぴかぴかひかった、つえのよう」で、決して濡らしてはならないものです。
あるとき、おじさんは子どもたちが歌っている「あめが ふったら ポンポロロン あめが ふったら ピッチャンチャン」という歌を耳にして、思わず口ずさみます。そして、おじさんは「ほんとかなあ」と言って「かさ」をひらいてしまいます。
すると、おじさんには世界がガラッと変わって見えてくるのです。
周りは何も変わりません。いつも通りです。でも、おじさんにとっては、見たこともない世界が広がっています。
家に帰ったおじさんは、ぐっしょり濡れた「かさ」を見て、「ぐっしょり ぬれたかさも いいもんだなあ。だいいち かさらしいじゃないか。」と言ってうっとりします。
自分のこだわりに「?」がついたとき「ほんとう」の世界がひらける
私たちは誰もが、「こうであるはずだ、こうであらねばならない」という、こだわりというか、頑なに譲りたくないような思いを持ちあわせています。誰が何と言おうと、「こうなの!」という、自我というか、我執 というか……まことに厄介なものです。でも、自分ではもちろん厄介だなんて思っていませんから、他者とぶつかったり、ときには喧嘩 になったりします。
そんなとき、何かのきっかけで「ほんとかなあ」と自分にクエッションマークがつくと、「ほんとう」の世界がひらけてくるのですね。
私たちは、いつも外にあるものに対してクエッションマークをつけているのではないでしょうか。あの人は間違っている、社会がおかしい、国家がおかしいと……。
「かさらしいじゃないか」と気づいたおじさんは、とても嬉しそうです。きっと、「ほんとう」ということに気づくのは嬉しいことなのでしょうね。おじさんは子どもたちの歌がきっかけになりましたが、私たち僧侶ですと、ご本尊に向き合い、手を合わせるとき、ということになるでしょうか。
絵本の「ものがたり」は大人にこそ「気づき」があるもの
絵本は子どもにとって大切な「ものがたり」だと思いがちですが、大人にとっても、むしろ、大人になったからこそ、改めて体験すべきものだと思うのです。
うちのお寺では法要の後、大人の方々にこそ「ものがたり」を通して大切なことを感じとってほしいなあと思いながら、絵本を読むようにしています。「今日はお子さんがいらっしゃいますので、絵本を読みましょうかねぇ」とか言いながら、実は「チャンス!」と思っていたりして……。
小林尚樹(こばやしなおき)
都立小松川高校卒業。大学卒業後に京都で真宗大谷派教師資格を取得。その後は㈱イナバインターナショナルに勤務。9年務めたが、勉強不足を痛感し、宗門の大谷大学大学院修士課程へ。卒業後は、本山の職員として、勤務。現在に至る。