【愛知県津島市】宝泉寺から町の歴史を見守り続ける、市内最大のクスノキ
2017.10.02
伊藤 信道(いとう しんどう)
1955年(昭和30年)津島市生まれ。龍谷大学文学部仏教学科卒。大学では陸上競技部。アーユス仏教国際協力ネットワークや名古屋NGOセンター創立に関わりました。また、僧侶育成機関「宗学院」講師を勤めます。
皆さんこんにちは。宝泉寺住職の伊藤信道です。地域の人たちから親しまれている名物は、ズバリこれでしょ!という巨木を紹介します。愛知県津島市にお越しの節は、ぜひお立ち寄り下さい。
推定樹齢400~500年!津島市内最大のクスノキ
宝泉寺境内中央には、市内最大の巨木クスノキがあります。果たして樹齢何年なのか、はっきりとはわかりませんが、数年前に剪定した枝には、190年の年輪があったので、おそらく400~500年の間であろうと推定しています。
隣の妙延寺さんでは、加藤清正公が手習いをしたことが伝わっていますから、このクスノキがまだ幼かった頃には、遊びに来たことがあるかもしれません。
クスノキは宝泉寺が位置する愛知県津島市池麩町の歴史を見守り続けていました。
クスノキが見てきた町の歴史
池麩町は、「池之堂町」と「麸屋町」という町が合わさってできました。「池之堂」とはズバリ宝泉寺のこと。かつて宝泉寺には弁天池があったので、「池のあるお堂」に由来して池之堂になりました。弁天はインドの河神ですから、池の中にお堂を建てることが多いのです。現在、池は埋め立ててしまったので残っていません。
弁天は現在「芸事の神様」として知られています。かつてこの池之堂には色町があり、50年ほど前までは町内には三味線の稽古をする音色が響いていました。
市内には、池須町などに料亭や置屋があり、三味線や小唄また、その芸事上達の願いをもった多くの女性たちが宝泉寺を参詣したようです。
長生きのクスノキが教えてくれること
クスノキは、長寿の木として知られていて、日本中にたくさんの巨木があります。防虫剤として知られる樟脳(しょうのう)の原材料になっていて、虫がつきにくい性質であることが、長生きの所以であるそうです。
また、大風が吹いたときには、小枝などを落として、風をしのぐという特徴もあります。昭和34年の伊勢湾台風のときには、風速50m/秒を超えるような暴風が吹き荒れ、宝泉寺を襲いました。このときは小枝だけでなく、太い枝もかなり折れてしまいましたが、幹には影響を及ぼしませんでした。
幹を守るためには、枝を落として風をやり過ごせるのです。クスノキは生きていく上での智慧も教えてくれます。
宝泉寺へお参りの際は、ぜひ大きなクスノキを見上げ、この巨木が見てきた長い長い時の流れを感じてみてください。
クスノキをご覧になりたい方へ
クスノキは、道路からも見えるシンボルツリーです。山門は開いていますので、いつでも見る・触れる・ハグすることができます。