「漫画タッチの涅槃図」に込めた子どもたちへの願い(龍泰寺住職・宮本覚道)
投稿日:2026.04.16 | 更新日:2026.04.16

「涅槃図」と聞くと、どこか難しく遠いものに感じる方もいるかもしれません。岐阜県関市の龍泰寺では、そんな仏教の世界を子どもたちにも親しみやすく伝えたいという願いから、“漫画タッチ”の涅槃図を制作しました。そこに込められているのは、わかりやすさだけではなく、お釈迦さまの教えを地域の日常の中で生きたものとして届けたいという住職の思いです。龍泰寺住職・宮本覚道さんが、その挑戦の背景と願いについて語ります。

宮本 覚道(みやもと かくどう)
1978年生まれ。慶應大学卒業、駒澤大学大学院修了後、永平寺・總持寺の両本山で修行。龍泰寺住職。あかつき幼稚園園長。現役のパワーリフティング選手でアジアチャンピオン&日本記録保持者にも。東海管区センター布教師。保護司。認定心理士。
龍泰寺に涅槃図がなかったからこそ、始まった挑戦
私は岐阜県関市の龍泰寺で住職を務めています。
このたび龍泰寺では、漫画タッチの涅槃図を制作し、涅槃会(2026年2月14日)にてお披露目いたしました。
そもそもの始まりは、とてもシンプルなものでした。龍泰寺には涅槃図がありませんでした。涅槃図がないから涅槃会を行わない、というのは、どうにも違うのではないか。お釈迦さまのご入滅を偲び、その教えにふれる大切な法会を、自坊に涅槃図がないという理由だけで見送るのは惜しい。そう思い、「だったら、作ろう」と考えたのが今回の始まりです。
もちろん、ただ涅槃図を作ればよいという話ではありません。せっかく新たに作るのであれば、龍泰寺らしいものにしたい。そして、今の時代において、子どもたちにも届く涅槃図にしたい。そう考える中で、従来の仏画表現にとどまらず、漫画タッチという親しみやすい表現を選びました。
子どもたちに伝えたいから、漫画タッチにした
私には、仏教理念を大切にしながら幼稚園を運営する園長としての思いがあります。仏教は、難しい人だけのものでも、大人だけのものでもありません。本来は、子どもたちにも伝わっていくべきものです。
しかし実際には、仏教の教えや仏画の世界は、子どもにとって少し遠いものになりがちです。荘厳であるがゆえに、近寄りがたい。意味が深いがゆえに、最初の入口でつまずいてしまう。その壁を少しでも低くしたいと思いました。
そこで今回は、絵としてまず「見たくなること」、そして「話を聞いてみたくなること」を大事にしました。子どもたちが見て、「かわいい」「これ何だろう」と感じられること。その入口があるからこそ、その先にある仏教の教えにも近づいていけると考えたのです。

実際、子どもたちからは「かわいい~」という声が上がりました。お釈迦さまや菩薩、如来さま方を、まずは親しみのある存在として受け止めてくれたように思います。
幼稚園の子どもたちには少し難しい部分もありましたが、小学生になると、絵の中に込めた「岐阜県関市の魅力を伝える仕掛け」や、干支の順番の話などにも興味を持って聞いてくれました。これは、ただ絵をかわいくしたということではなく、入口を開いたことで、そこから関心が広がっていったということだと思っています。
分かりやすさは入口であり、その先に法話の深さがある
私は、仏教を伝えるうえで、「分かりやすさ」は解説であり、「深さ」は法話であると考えています。
今回の涅槃図は、子どもたちにも興味を持ってもらえるよう、より分かりやすく絵解きができるようにしました。誰が描かれているのか。どの動物がどんな意味を持っているのか。なぜこのような場面になっているのか。そうしたことを、目で見て、耳で聞いて、自然に入ってくるように工夫しました。
ただ、分かりやすさだけで終わってしまっては、寺で涅槃会を行う意味は薄れてしまいます。解説や説明は、言ってしまえば誰にでもできます。しかし法話は、僧侶が修行を重ねる中で、仏法に照らしながら、自分の人生や体験を通して語るものです。そこに、寺で聞く意味があるのだと思っています。
今回の「涅槃会法話」では、絵解きのあとに、お釈迦さまの最後の説法について、自分自身の体験から気づかされたことも交えながらお話ししました。まだまだ自分は法話が十分にできているとは思っておりませんが、それでも「分かりやすく伝えること」と「深く受け取っていただくこと」は、これからも両方大切にしていきたいと考えています。
この涅槃図で伝えたかったのは『自灯明 法灯明』

今回の絵解き法話で、私が最も伝えたかったのは、お釈迦さまの最後の説法である「自灯明 法灯明」の教えです。
自分をよりどころとし、法をよりどころとして生きていく。私はこの教えこそ、今の時代にこそ大切ではないかと感じています。現代は「ナンバーワンではなくオンリーワン」「みんな違って、みんないい」といった言葉にあらわれるように、『自分らしさ』が語られる時代ですが、その根っこに何を置くかは、あまり問われなくなっているようにも感じます。私は、自分をよりどころとし、法をよりどころとして生きることこそ、本当の意味で自分の人生を歩むことにつながるのではないかと思っています。
曹洞宗で親しまれている道元禅師の
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷しかりけり」
という世界観も、私は「自灯明 法灯明」の教えにつながるものとして受け止めています。外から与えられた評価や流行ではなく、法をよりどころにしながら、今ここをしっかり生きる。その大切さを、涅槃会を通して少しでも感じていただけたらと願っています。
地域の作家との出会いが、龍泰寺らしい涅槃図を形にしてくれた

今回の制作は、私一人でできたものではありません。昨年、龍泰寺で「お寺と龍のイラスト展」を開催したご縁から、関市の作家さんお二人と出会いました。お話をうかがう中で、お二人が「劇刀桜絵巻」というユニットで、「関市をイラストで盛り上げたい」「イラストに関わる人を幸せにしたい」という思いで活動されていることを知りました。
この方々なら、私の思いをきっと汲み取ってくださる。そう感じて、今回の制作をお願いしました。実際、制作は簡単ではありませんでした。涅槃図は調べれば調べるほど、さまざまな形があり、「これが唯一の正解」というものではないことが見えてきます。だからこそ、自分たちがどのような絵解きをしたいのか、どんなストーリーで伝えたいのかを、ゼロから考えていく必要がありました。
この工程は最も苦労したところですが、同時に最も楽しい時間でもありました。登場人物や動物たちを一つ一つ考え、龍泰寺ならではの涅槃図を形にしていく。その過程自体が、私にとっては仏教を今の時代にどう伝えるかを考える、かけがえのない学びでもありました。

「また面白いことをやってるね」と言ってもらえるお寺でありたい
ありがたいことに、地域の皆さまから批判的なお声はほとんどなく、「また面白いことをやってるね」「次は何をするの?」といった言葉をいただきました。私はこの反応を、とてもうれしく受け止めています。
お寺は、ただ静かに閉じているだけの場所ではなく、地域に向けて開かれ、何かを発信していける場所でもあると思います。もちろん、目新しいことだけを追うつもりはありません。しかし、仏教の教えを伝えたい、地域の方に足を運んでいただきたい、その思いがあるなら、表現や入口はもっと自由であってもよいのではないでしょうか。
考え方は人それぞれです。今回のような漫画タッチの仏画を、無理に広げていこうとは思っていません。ただ、「真似はぜひしてください」とは申し上げたいです。大切なのは、形そのものではなく、それぞれのお寺が、それぞれの願いと工夫をもって、地域に伝わる形を考えることだと思うからです。
来年の涅槃会で、ぜひ実物を見ていただけたら
涅槃図は、写真で見るのと、実際に寺で向き合うのとでは、受ける印象がずいぶん違います。絵の中に込めた仕掛けや、登場する一つ一つの意味、そしてその場で語られる法話を通してこそ、初めて伝わるものがあります。
来年以降の涅槃会では、今回の涅槃図を用いながら、子どもたちにも、大人の方にも、それぞれの受け取り方で仏教にふれていただける時間を育てていきたいと思っています。絵がきっかけでも構いません。面白そうだな、見てみたいな、そんな気持ちで足を運んでいただけたらうれしいです。
お寺は、人生の終わりにだけ関わる場所ではなく、今をどう生きるかを見つめる場所でもあります。龍泰寺の涅槃会が、その入口の一つになればと願っています。





まいてらだより