お寺づくりの担い手にせまるインタビュー

おてらびと物語 〜安心のお寺を創る〜

人間も猫も動物も。生き物すべての極楽浄土のお寺をつくる – 感応寺 住職 成田淳教さん(東京都世田谷区)

2016.11.28

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お坊さんらしいお坊さんに憧れ、念仏三昧の修行時代

東急田園都市線駒沢大学駅から数分の住宅街にひっそりたたずむ感応寺。知る人には猫寺と呼ばれている。2キロほど離れた場所には、招き猫で有名な豪徳寺もあるが、最近はペットをはじめとした動物供養で感応寺の名前も少しずつ知られつつある。
境内に入ると、陽だまりに気持ちよさそうに猫が寝ころぶ。境内には全部で8匹の猫が住む。人懐っこく寄ってきて、参詣者を出迎える子もいる。境内には動物供養塔があり、死後の安心が約束されているためか、感応寺の猫にはそこはかとなくゆったりとくつろいだ雰囲気を感じる。

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動物は極楽に往生できないのでは、と質問を受けることもあります。全ては阿弥陀様が決めることですが、お念仏をご回向しても動物は往生できないとは阿弥陀様はおっしゃらないのではと思っています。

感応寺住職・成田淳教さんは笑顔で言う。一見こわもてだが、破顔一笑すればお坊さんらしい優しさがにじみ出る。成田さんの祖父は、直木賞作家で、芝・増上寺の法主までも勤めあげた寺内大吉氏。成田さんの笑顔にもどこかその面影が映る。ある意味、生まれた時から僧侶への道が決まっていた成田さんは、高校卒業後、京都は佛教大学の専修科に入学した。

当時はお坊さんらしいお坊さんに憧れていて、修行道場っぽいところに行きたいと思いました。千日回峰行をテレビで見て行者の格好よさに憧れたものの、天台宗なので無理ということになり、浄土宗で一番厳しいところに入ろうと思って専修科に行きました。時代劇も好きだったので、昔っぽい生活ができると思ったのです。

一回生は朝5時から夜8時くらいまで日課が詰まり、先輩も厳しく、お寺の修行の厳しさは十分に味わった。毎週日曜日の夜には、別時念仏会があり、木魚を叩きながら40分くらいずっと南無阿弥陀仏を称える。

怒鳴り声なので血を吐くくらい辛かったです。すぐに喉がばてて、痛くなります。先輩からは「声を出せ」と怒られますし、だいたい何回かはみんな血が喉ににじみ、強い喉と声をつくります。きついのですが、はまりました。二回生は別時念仏会の日課がないのですが、二回生になってからも一回生の別時念仏会にはいつも参加しました。

当時は念仏の意味を正確に理解していなかったと成田さんは言う。

「念仏を称えれば死後に極楽浄土に行ける」という教えよりも、木魚を叩きながら一定のリズムで念仏をすることに瞑想の効果を感じました。念仏の最中に座像の仏さまが立ったり、花が舞ったり、自分がいる御堂が崩れたりと非常に気持ちがよく、一種のトランス状態になります。最初は念仏三昧に身体的な感覚の楽しさを感じていました。

世界を見る目が変わったお釈迦様の言葉

京都での二年間の修行生活を終え、成田さんは大正大学でさらに仏教を学び直す。そして、大学院入学の頃に感応寺の住職となった。
しかし、当時の感応寺は、尼僧さんの前住職が亡くなってから20年間くらい専住の住職が不在で、檀家もゼロのお寺だった。当然毎日やることがあるわけでもなく、東大の研究生に家庭教師になってもらい、自分なりの仏教探究が続いた。そして、インターネットで仏典を読んでいた時に、忘れられない出会いが起きた。

「一切は何か」という問いに、お釈迦様は十二処と答えました。その答えが非常に衝撃的でした。いわゆる実在というものが否定され、その瞬間の眼耳鼻舌身意の感覚(=六根)と、それらの感覚が対象とする色声香味触法(=六境)がすべてであると。物理的な世界観ではなく、完全に感覚器官の内側と外側の問題として捉えています。確かに私たちはそれ以外を感知できません。

生きていると、様々な執着が生まれ、その執着が肥大化すると、時には苦悩となって人間をおかしくする。しかし、見るもの、聞くもの、感じるもの、その瞬間が全てであると知ると、世界は違って見えてくる。形而上的な考えや悩みも、それは人間による解釈の世界で、人間が生み出しているものにすぎない。一切は十二処であるという真理を知り、成田さんは気が楽になったと言う。そして、この経験によって浄土宗の教えに対する理解も深まった。

念仏三昧では、阿弥陀さまが立ち上がったり、極楽浄土の景色が一瞬見えます。昔は、念仏三昧を経ると極楽往生の証のような扱いがされていました。なぜ念仏三昧を経ると極楽往生の証になるのか考えてみた時に、一切が十二処とすると、念仏三昧中に自分の目の対象としてその瞬間に極楽浄土を見ます。知識で極楽を捉えたのではなく、極楽浄土や阿弥陀様を感覚器官の対象として捉える。つまり、お釈迦様が一切と説かれた十二処の中に極楽を捉えたことになります。その瞬間の一切の中に極楽浄土が見えているのであれば、それが全てです。やはり仏教は心の問題なのだと思いました。逆にこの世には心の問題以外ないのだと思う経験でもありました。

人間、水子、動物、昆虫。あらゆる命を等しく供養するお寺

仏教を学び直しながら、成田さんは感応寺で少しずつ取り組みを開始した。檀家がゼロだったことが幸いして、自由な発想で常識に囚われない取り組みを展開できた。
東京都世田谷区という、都市の多様性・流動性に着目し、「24時間コンビニエンスなお寺」を掲げ、平日19時以降の法事、水子供養、祈願等に積極的に取り組んだ。17時以降の法要は全体の13%に及ぶ。お寺での法要と言えば午前から夕方前が普通だが、仏教界の常識に囚われない発想が支持を集めている。
また、感応寺はペット供養にも注力し、ペット火葬社と提携(境内に火葬場が有る)し、納骨堂・合葬墓も備えるまでに発展している。

動物供養塔
動物供養塔

私が感応寺に入ってから、門前に猫の遺体があったり、境内に亀を埋めようとしている人を見ることがありました。ご供養してほしいからお寺に来るのだと思い、一緒にお経をあげましょうと言いました。感応寺での初めてのペット葬は亀でした。

感応寺では春と秋に動物の供養祭を行なうが、近年では毎回300本以上の塔婆が供えられ、会場には人が入れないくらい溢れかえる。今やペットも立派な家族の一員。平成28年度中にペットと共に入れる永代供養塔も建立する。成田さんはペットの供養がだんだん豪華になっていると言う。

動物供養祭
動物供養祭

動物の葬儀にはしっかりとした儀式が求められます。肌が触れ合う時間が長く、可愛いまま亡くなるからでしょうか。真面目な人ほど葬儀を熱心に準備するため。その結果豪華になる傾向があります。

感応寺がユニークなのは、色々な供養を行なっていること。金魚の供養をしてくださいと子どもが数百円握りしめて来た時も、一緒にお経を唱えた。境内にはカブトムシやその他の昆虫も埋まる。動物も虫も区別なく供養するのが感応寺のスタイルだ。

感応寺では水子さんのご供養にも丁寧にしっかり取り組んでいます。人間、水子、動物、昆虫。ご供養の対象が何であれ、全てを同じように供養しています。畜生の動物と同じ墓に入るのは駄目なのではという質問もありましたが、あらゆる生き物は輪廻して生まれ変わるなら、ある時は動物である時は人間。本質的には同じものです。あらゆる命のご供養が感応寺の使命です。

ある時には、イベントの企画で『モンスター・ハンター』というTVゲームの中で殺されたモンスターの供養ができないかと相談された。TVゲームの中のモンスターには命はないが、ゲームのプレイヤーには「殺す」という煩悩が働いているのであれば、その煩悩を取り払うという意味で供養するのは意義があるかもしれないと真面目に考えたこともある。結局企画はなくなったが、感応寺のユニークさを表す一つのエピソードだ。

犬と猫の譲渡会の様子
犬と猫の譲渡会の様子

感応寺では、生きている動物の命に係わる活動も展開している。ご縁ある地域の猫を避妊手術や里親募集のほかに、動物愛護のNPOと連携して犬猫の譲渡会も感応寺で開いている。

信者さんから「お腹の大きな猫が来る」とお寺に相談があり、保護して子どもを産ませ、里親を探したこともあります。親切な方々が母猫、子猫それぞれ家族へ迎え入れてくれました。少しでもそういったことができるといいです。

不思議な力を持つ「秘仏 将軍地蔵尊」

感応寺にはご本尊以外にも、秘仏の将軍地蔵尊が安置されている。地蔵尊の由来は感応寺の縁起にさかのぼる。
慶安4(1651)年、江戸城内に祀られていた霊験あらたかな将軍地蔵尊像を、江戸の庶民にもその功徳をおよぼすため、現在の墨田区本所に「清薫寺(せいくんじ)」として開山。病気平癒が昔から多かった祈願と考えられ、桂昌院が将軍の病気平癒を清薫寺で祈願したら治ったとのいわれがあり、土地が下賜され、感応寺と改名した。

将軍地蔵尊
将軍地蔵尊

この将軍地蔵尊には、不思議な言い伝えがある。
関東大震災の時に、当時の住職とその弟子が地蔵尊の入った厨子を背負い、本所の陸軍被服廠(ひふくしょう:軍服類を造作・整備する軍の役所)の跡地に逃げようとしていた。しかし、不思議と足が重くなり、背負っていた地蔵尊の厨子から「吾妻橋に逃げよ」との声が聞こえる。結果として被害を免れたが、本所の被服廠跡地では大火災で38,000名もの避難者が死んだ。関東大震災で最大の殉難者を出し、跡地には今も震災の慰霊堂がある。

将軍地蔵尊はエピソードに事欠かない。

  • 主人の浮気防止の祈願の後、主人が外泊しようとしたら貧血で倒れるようになった
  • ダイエットの祈願をした人が、上下左右に一気に虫歯ができて食べられなくなり、一気に痩せた
  • 入院される方に病気平癒のお札を渡したら、毎晩お地蔵さんが歩き回り、病室の人にも迷惑がかかるということで家族が御札を返しに来た。(無事に退院されました。)
  • 成田さんがお祓いの依頼で部屋を下見に行ったら、依頼主の部屋にもやがかかっていた。次の日にはすっきりして、お祓い後に帰ってきたら、「先にやっておいた」とお地蔵さんの声が聞こえた

うちのお地蔵さんは、不思議な力があり、扱いが難しいです。ご祈願の結果は出るが、過程がどう出るか分からないので、勝手にお参りして勝手に願わないでくださいとお参りの方には伝えています。ご祈願の仕方を間違えないよう、個別に受け入れる時は相談の時間を長く取っています。祈願をメインにしている祈願寺のようにたくさん数をこなすのではなく、施主さんの願いや理由を聞いて対応するようにしています。祈願と言いながらも、予約制で相談の時間を大切にしています。

将軍地蔵尊には、非常に多く祈願された形跡がある。護摩がたくさん焚かれていたのではと思うくらい真っ黒にすすけている。昔は、地蔵尊の祈願で、御札が出ていたり、お地蔵様の姿を小さな和紙にきれいな墨のハンコで押し、その紙を風邪薬みたいに飲んでいた。不思議な力を持つ将軍地蔵尊だが、その功徳をどのように人々に届けるか、昔の方法を参考にしながら、現代に合った祈願の復活を成田さんは考えている。

最近目立つのは人間関係のご祈願です。単純な祈願項目で処理しきれない、職場の人間関係、不倫、夫婦関係など、複雑に絡み合った悩みが多いと感じます。だからご祈願の時はゆっくり話を聞くことが多いです。お地蔵さんの不思議な力も大切ですが、それにすがる前に、まずは相手の方の悩みをしっかり傾聴することが重要と思いますし、意外とそれで解決することも多いのです。

ペット供養に、不思議な力を持つ将軍地蔵尊がある感応寺。大きな境内ではないが、生きとし生ける物の様々な命や願いを受け止める、不思議で深い包容力に満ちたお寺である。昔は信者と一緒に境内でBBQ大会をやったこともあり、敷居を低く、気楽なお寺として発展していきたいと成田さんは願っている。
今日も感応寺の境内には、のんびりと猫が寝ころび、ゆったりとした雰囲気が流れている。ふと疲れた時、悩みや苦しみを抱えた時、猫を見ているだけでも心にゆとりが生まれる、都市の極楽浄土のお寺としてこれからも発展していくだろう。

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お寺画像
東京都世田谷区
如法山 感応寺
何時でも誰でも法要できる閑静なお寺

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井出悦郎

井出悦郎

1979年生まれ、東京育ち。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める

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