お寺づくりの担い手にせまるインタビュー

おてらびと物語 〜安心のお寺を創る〜

中高年の生きがいにコミット!「お寺×社会起業」で学び舎の再興に挑む – 乗円寺 住職 福田乗さん(石川県金沢市)

2016.12.14

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「住職×社会起業家」の種がまかれた社会人経験

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「ようこそ、ようこそ、お参りくださいました」

人懐っこい笑顔で明るく出迎えるのは、500年以上の歴史を持つ普照山 乗円寺(ふしょうざん じょうえんじ)の若き住職、福田乗(ふくだじょう)さんだ。その明るさは、お寺生まれの人柄の良さに、様々な社会経験で培ってきた他者への優しいまなざしに支えられている。
福田さんには住職以外にもう一つの顔もあり、中高年向け学びの場・就労支援の「パソコン道場 樂」と、シニアライフを応援する「NPOシニア道場 樂」を運営する社会起業家でもある。高度複雑化する現代社会で、「住職×社会起業家」という福田さんの姿は、次代の住職像と言えるかもしれない。

得度した子ども時代の福田さん
得度した子ども時代の福田さん

小さい頃はお寺の仕事に消極的でした。中高生の頃、お寺のことを何も知らないのに「若さん」と言われ、上座に座るのが嫌でした。

お寺との距離を縮めるため、大学は真宗大谷派の大谷大学に進学した。そして、就職活動では本山の職員試験を受ける。

オウム事件後の宗教離れの頃だったので、せっかくの面接だと思い、どう手を打つかを熱く語りました。しかし面接官は「さぁ」と気の抜けた返事ばかり。社会に出ようと決心しました。

大学卒業後は大阪の広告代理店に就職し、飲食店向けの営業を担当。最初は結果が出ず、時にはお店で蹴られたりと散々だった。しかし、めげずに元気よく飛び込み営業する姿を見ていたミナミのママさんが、親切に色々なお店を紹介してくれた。以降は営業成績も急上昇。そんなある日、集金したお金をママのお店で数えていた時、5円玉が1枚だけ余った。

『たくさんの良いお客さんとご縁がありますように』とママに5円玉を渡したら、『こうやってご縁を大事にすることが大切よ』と、とても喜んでくれました。その体験がきっかけで5円玉をいつもたくさん持ち、お得意先に渡すようにしました。どんなときも、お客さんの気持ちを考えるようになり、そのおかげさまなのか、営業成績もさらに伸びました。

そんな折、父親が倒れる。福田さんはお寺を手伝うため退職し、金沢に帰った。
しかし、父が復帰すると、お寺からの収入では生活できず、リクルート金沢支社に再就職。福田さんは抜群の成績で、入社翌年には18名の営業を率いる立場になった。

MVPを取ってから、自分のために頑張ることに限界とむなしさを感じました。一方、教えた後輩に結果が出ると楽しくなりました。自分よりも他人のためになら頑張れる自分に気がつきました。その価値観は今のお寺やNPOの活動にもつながっています。

当時、福田さんは年間800名にのぼる採用面接をしていた。気づいたのは「自分の経験を色々な人に伝えたい」「これからは自分のために仕事をしたい」という、中高年の働く意欲の高さだった。スキルも人格も素晴らしく、尊敬できる人も多い。しかし、働く場がなく、本気でサポートする存在もいない。中高年のこれからと就労を応援したいという思いが湧きあがり、その後の社会起業につながる縁となった。

中高年の生きがいと就労を応援する起業

時はリーマンショック。リクルートでもリストラの波が吹き荒れる。

自分が採用した部下をリストラするのはとてもつらく、涙しました。本来は自分がリストラされるべき。退職を決意しました。

退職後に福田さんは中高年の就労支援のため、金沢市内に「パソコン道場 樂」を立ち上げた。「樂」の名前にこめた思いから、福田さんの理念が伝わってくる。

ぼくにとって中高年のみなさんは人生の大先輩ですから。
パソコン道場『樂』(らく)に集まる生徒さんも人生の先輩です。
ぼくはみなさんにパソコンを教え、ぼくはみなさんに人生を学びます。
『樂』はただの“パソコン教室”ではありません。“パソコン道場”です。
ここでぼくは中高年・シニアのみなさんの第二の目標づくりやヤリガイづくりのお手伝いがしたい。
そしてみんなでいっしょに人生の黒帯(=達人)になろう!と。
パソコンはあくまでも手段。だから『樂』はふつうのパソコン教室とはちがって、「パソコンを使って人生をどんなふうに楽しみましょうか?」という目的のほうにこだわります。
(引用:『樂』ホームページより)

ただの職業訓練ではなく、やりがいと楽しさが大切と福田さんは言う。道場に集う一人ひとりがやりがいや楽しみを通じて生きる意味を考えるという理念は、お寺にも通じる。様々な経験をした中高年だからこそ、人生の根っこを改めて見つめることで、充実した就労につながるのだろう。

樂の代表を務める福田さんのもう一つの顔
樂の代表を務める福田さんのもう一つの顔

就労を望む方には、求人誌の仕事で培った企業の人事部人脈もフル活用し、本気で支援をしています。 (携帯着信・・・プルルルル・・・)どうもどうも●●さん!この前、ご相談した▲▲さんの採用の件ですが・・・

乗円寺の歴史にさかのぼると、歴代住職は習字・絵画などの寺子屋、保護司活動、学校教師など、地域の人づくりに積極的だった。福田さんもそのDNAを引き継ぎ、現在は地域の保護司を務める。
そして、平成24年には乗円寺に学び舎「普照庵」が完成。お寺と離れた場所で始めた樂だが、少しずつお寺での活動も増やしている。「現代の学び舎」としての再興は、まさに乗円寺の縁起そのもの。夢に向かって、福田さんは少しずつ歩みを進めている。

普照庵でのNPOの活動風景
普照庵でのNPOの活動風景

追善供養ではない南無阿弥陀仏の奥深さ。年長者に味わいを教えてもらう

年長者は人生の先輩という福田さんの姿勢は、お寺でも一貫している。

浄土真宗の教えは難しい。追善供養でもないのに、なぜお念仏するのか分からず、20年以上ずっと考えています。その中で、年長の門徒さんにお念仏を教えていただくことを大切にしてきました。

ゆっくり深く、それはそれは深く、「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえるおばあさん。念仏の最中には「ありがとう」という言葉がこぼれる。
事故で高校生の息子を亡くしたお母さん。月参りの時に、深い南無阿弥陀仏をとなえ続ける。

阿弥陀仏におまかせしますと言っても、自分がいつもそのような心もちとは言えません。一生かけて門徒さんに育てていただき、南無阿弥陀仏の奥深さを味わっていきたいと思います。

ろうそくは明るい時は目立たないが、暗くなると目立つ。阿弥陀仏の光もそういうもので、気付かなくても、実はいつも私たちを照らしている。

悩みが大きい時代に、阿弥陀仏の光は灯台のような道標になると思います。亡くなった人がいる場所(浄土)から阿弥陀仏は私たちが迷わないように光を照らしています。浄土にいる故人に、私たちは何もできませんが、浄土から照らす阿弥陀仏の光は、故人からいただいたご縁を私たちに思い返させ、日々を都合よく生きる我が身を反省させます。故人の死を縁に、自らの死そのものを意識することで、今生の命を全うすることにつながります。

一般的に追善供養は、亡くなった人の冥福を祈り、供物をささげることを指す。善行を先祖に振り向け、その功徳が自分にもめぐるという考え方だ。
一方、浄土真宗では追善供養という考え方はしない。死を縁としながらも、その縁が自らへの振り返りを促し、今を良く生きる力に転換していくという発想だ。

就業支援や保護司をしていると思い通りにいかない人生に多く接します。悩む人がいたり、急に大切な人を亡くす方もいます。不条理な世の中でも一筋の光明と出会い、人生と向き合う心を転換できる可能性がある。阿弥陀仏が照らす光にはその力があると思います。

「伝える」よりも、「伝わる」を大切に

乗円寺は浄土真宗だが、福田さんは追善供養の考えを否定しない。

ある葬儀に出た時、追善供養じゃないと大否定して法話する僧侶がいました。参列者が故人を思う場を作るのが葬儀ですし、最後に故人に良いことをしてあげたいという思いを否定するのは僧侶のエゴです。「追善供養も良いことですが、もう一つ加えると良いかもしれません。亡くなられた方の死を縁として、皆さんがこれからの日々をどのように生きるかを考えるきっかけにしていただくあり方もあるのではないでしょうか」という伝え方もあります。

多くの参列者は追善供養の思いで葬儀に来る。しかも葬儀は一回きり。絶対にミスができないと福田さんは強く思う。それには苦い経験があるからだ。

若い方のご葬儀でした。ご紹介いただいたご葬儀のご縁だったので、ご家族を十分に理解できていませんでした。だから、短い時間ながらもご家族のことを聞き、今の気持ちに沿えるよう、自分としては良い法話をしたつもりでした。ただ、最後の最後に、位牌の名字の書き間違えが発覚。時間に追われていたこともあり、完全な確認不足でした。葬儀が終わった後、旦那さまが「違う人のお葬式をしたのですね・・・」と涙ながらにおっしゃいました。何度も土下座して謝りました。参列者も200名と多く、みなさんは故人を追善供養したいという思いでいらっしゃっている。その一度きりの場で取り返しがつかないミスをしてしまいました。

この経験で、福田さんは色々なことに気を回しながら、相手の視点に立ち続ける大切さを痛感。元々営業をやっていたので相手の視点に立つことは慣れているつもりだったが、思い込みでは駄目。一度限りの場だからこそ、相手の視点に立ち続けて信頼されない限り、相手に「伝わる」ということはありえない。
そして「伝わる」という点で、福田さんがもう一つこだわるのは話しやすい雰囲気づくりだ。

お坊さんは気をつかわれる存在なので、そう思わせない雰囲気づくりが大切です。「名前がなんで乗なんですか?」とよく聞かれるので、Joeですよ、ジョー。グローバルなんです。ではなくてお寺の名前が乗円寺なんです、とか言ったり(笑)

ご門徒さんにお話される福田さん
ご門徒さんにお話される福田さん

門徒(浄土真宗の檀家)とのコミュニケーションでは寺報を大切にしている。門徒が話しやすいようにネタを積極的に提供し、親しみやすい紙面づくりを心がける。門徒からはお葬式Q&Aについて聞かれたり、時には手紙をもらう。最近は寺報を送ってほしいという人や、お寺への相談も増えている。

年4回(年始、お彼岸(春)、お盆、お彼岸(秋))発行される寺報
年4回(年始、お彼岸(春)、お盆、お彼岸(秋))発行される寺報

中高年の生きがいを支える、現代の学び舎を目指す

最近の乗円寺は納骨堂に力を入れている。

納骨堂が本堂とつながっているのが特長です。今後は仏壇やお墓を持たない人も増えるので、仏壇の感覚でお参りしていただきたいです。「みんなにも大切にされる私の仏壇・私のお墓」というコンセプトですね。プライベート性を確保し、ベンチでも休める。心が休まり、自分と向き合える空間にしたいと思います。

納骨堂のご本尊。二代目住職 永乗が一向一揆に参加した時に額に巻いて戦った
納骨堂のご本尊。二代目住職 永乗が一向一揆に参加した時に額に巻いて戦った

今までの乗円寺は様々な活動でソフトを充実させてきたが、これからは納骨堂をはじめ、本堂の改修など、ハードの充実も進める予定だ。目指すのは、お寺を中高年の憩いの場にすること。その上で、パソコン教室やNPOとのつながりも大切なポイントだ。

当初はNPOに来た人が門徒さんになるという下心がありましたが(笑)、現実は甘くありません。お寺もパソコン教室もNPOも一つ一つが価値を積み重ねることが大切です。結果としてお寺に興味を持つ人が出ます。今は忙しくて下心を考える暇がありませんし(笑)、それぞれに集うみなさんがイキイキしていればそれで十分です。

とは言っても、最近増えているのは自分史を作りたいというニーズだ。Wordで作る簡単なものだが、ものすごいニーズがあると言う。

お寺は一人ひとりの人間が生きた証を保存する場です。自分史を家だけでなく、もう一部をお寺に保存するということもあり得ます。お寺は過去帳で先祖代々の法名(浄土真宗の戒名)をずっと伝承し続けていますが、そこに自分史も加わるのは現代らしい試みですね。

お寺を昔のような学び舎にする。その理念や良しだが、現実は難しい。質の高いカルチャーセンターや学習塾が多くある中、お寺は相手にならない。活路はそれぞれのお寺らしさを活かした専門性に注力すること。
寿命が伸び、そして定年の年齢も上がる可能性がある高齢化社会日本。「中高年の生きがいや、これからの生き方を共に考える」理念を軸に、「お寺×社会起業」によるモデルの一つが、乗円寺に開花する日も遠くないかもしれない。

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お寺画像
石川県金沢市
普照山 乗円寺
開創500年!兼六園近く、温故知新のお寺

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井出悦郎

井出悦郎

1979年生まれ、東京育ち。東京大学文学部卒。人間形成に資する思想・哲学に関心があり、大学では中国哲学を専攻。銀行、ITベンチャー、経営コンサルティングを経て、「これからの人づくりのヒント」と直感した仏教との出会いを機縁に、一般社団法人お寺の未来を創業。同社代表理事を務める

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