死を見つめ、生を豊かにするヒント

100% 未来のできごと

光を写す、写真の力で命の輝きを取り戻してほしい。楢侑子さんが「ナムフォト」をはじめるまでのこと。

2017.02.13

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「まいてら」のみなさま、こんにちは。ナムフォトの楢侑子と申します。
2016年5月13日に、大阪市中央区・天満橋にある小さな写真スタジオ「ナムフォト」をオープンし、「いかに生き、いかに逝くか 写真を通して考えよう。」というコンセプトで、撮影やワークショップを行っています。

この度ご縁をいただきまして、4回にわたって、ナムフォトのこと、写真について、生と死について思うことなどを綴らせていただくことになりました。よろしくお付き合いください。

天満橋駅より徒歩1分。かわいいレトロビルの2Fです

スタジオの様子。DIYした床(天然木・楢材のフローリング)がお気に入りです

小さいながらも、白壁、黒壁、オールホワイトなスタジオ風など、様々な写真が撮影できます

屋上からは、美しい中之島の光景が

「ナムフォト」の「ナム」って?

さて、「ナムフォト」という名前について、いろんな方に「ナムフォトの“ナム”って何ですか?」と聞いていただきます。

私が「楢(ナラ)」と言いますので、「ナラ」の活用バージョン?とか。
ごく稀に「マグナムフォト」の「ナム」ですか?とか。

※ちなみにマグナムフォトとは、世界中で活躍した写真家ロバート・キャパと仲間の写真家たちが、写真家の権利と自由を守ることを目的にニューヨークとパリでスタートした団体です。

でも、違うのです。

「まいてら」のみなさんなら、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ナムフォトの「ナム」は、ずばり「南無阿弥陀仏」の「南無」です。

「南無阿弥陀仏」とは、言わずもがな古くから唱えられてきたお念仏です。

この、「南無」って一体何なのでしょうか?それには諸説いろいろあるのですが、ひとつは、感嘆詞のようなものだそうで。つまり、南無+阿弥陀仏だと、「あぁ!阿弥陀仏さまー!!」みたいなかんじでしょうか。

これが「ナムフォト」となると、南無+写真ですので、「あぁ!写真—!!」みたいなかんじでしょうかね。
どうでしょうか。心の底から写真を求めている感じがしませんか?

そして、ここからが大切なところなのですが「南無」には感嘆詞以外にも意味があり、それは「○○に帰依する」というものです。

帰依する(きえする): 心の拠り所として、信じてすがる

つまり「南無阿弥陀仏」だと「阿弥陀仏さまを、心の拠り所として信じてすがります」という意味になりますし、「ナムフォト(南無写真)」だと「写真を、心の拠り所として信じてすがります」という意味になるのです!

さらに、話は続きます。

写真と阿弥陀仏の意外な共通点

阿弥陀仏(またの名を、阿弥陀如来)は、サンスクリット語でアミターバ、あるいはアミターユスといい、これにはそれぞれ「量りしれない光を持つ者」「量りしれない寿命を持つ者」という意味があります。

ここで、「写真」とは一体何なのか、もう少し具体的に理解を進めてみたいのですが、みなさん「写真に写っているもの」が一体何かをご存知でしょうか?

写真には、いつ、どんな時代の、どんなカメラを使おうとも「光」と「今」が写ります。

例えば人物写真でしたら、「人」に当たった光が反射して、反射した光がカメラのレンズを通してデジタルカメラやケータイの、光を記憶する媒体(昔だったらフィルム)に映り込み、像を成すわけなのです。

そして、光を取り込む時間は、ほんの250分の1秒ほど。1秒にも満たない、まさに「今」という瞬間の光を、画像として、ほぼ永久に未来へ持ち届けることができる、それが「写真」なのです。

そう考えてみると。写真に写っているあなたという存在は、「量りしれない光を持つ者」であり、そしてまた「量りしれない寿命を持つ者」と言い換えられると…思いませんか?

それって、まさに阿弥陀仏と同じ存在……ではありませんか!?

「南無阿弥陀仏」と「ナムフォト」が、同じだったなんて。正しくは、「写真に写ったあなた」が「南無阿弥陀仏」と等しく、尊い存在だったなんて。ちょっと驚いてしまいそうですが、そんな意味が込められた「ナムフォト」なのです。

あなた自身という光を写したい

生きていれば、心が迷い、不安になり、落ち込み、深い悲しみに覆われ、怒りがどうしても収まらない。そんな、色々な感情の場面に出くわすこともあるでしょう。

そんな時に、あなたならどうするでしょうか。近くのお寺や、阿弥陀仏や、尊敬する僧侶に頼ったり。自然の中に入って深呼吸するのかもしれませんし、お花を買ったり、美味しいものを食べてエネルギーを補給するかもしれません。家族や親友や恋人や、先生や先輩や。話を聞いてくれる誰かを求めるのかもしれません。

そんな風に、自分以外の存在を頼ったり、信じてすがったりすることも、あなたが再び生きる勇気や元気を取り戻すキッカケになりえると思うのですが、最終的に前を向いて生きる決心をするのは、他でもない「あなた自身」ではないでしょうか。

つまり、最終的に、最後の最後に頼れるのは「あなた」しかいないということ。
どんなに周りが手を差し伸べようとも、あなたの人生は、あなたしか生きられません。

あなたの人生。あなたに主役を張って、生きていただけたら。
あなた自身が、光輝いている存在だということを受け入れていただけたら。(たとえ、今落ち込んでいてもね!)そして、ナムフォトは写真やワークを通してそんな気持ちになれるお手伝いができたら。そんな気持ちを込めてナムフォトをスタートさせました。

死を覚悟したときに撮ってもらった「自分の写真」

実は、私自身がこの「自分の写真」というものに深く助けられた場面がありました。

ちょうど2年前の2015年2月13日、乳がんの手術を受けました。当時、33歳です。

2014年11月に癌告知を受け。「善は急げ!」とばかりに、その場で2週間後の手術と、その後の治療方針が言い渡されました。そして、勧められるがまま、手術の予約をして帰りました。

帰りにふらりと足を向けた本屋さんで。ずらりと「癌」に関する書籍が並ぶコーナーの前で「2週間後におっぱいを切るの?本当に?なんで?ていうか、癌って一体何?」と、立ち尽くしました。

本を買って、「癌」について調べるうちに、様々な感情が溢れてきます。

「なんで、癌になったんだろう?」
「おっぱいを切りたくない!」

これが、感情を占める大きな2つ。
さらに、

「本当に、本当に手術をしないといけないの?」
「死んだら、どうしよう。」
「放射線治療やホルモン療法って何?なんでやらないといけないの?」
「治療費いくらかかるんだろう?」
「治療と仕事は両立できるのかな?」

などと、ざわざわした感情が心に溢れ返ってきます。

仕事をしていても、何をしていても、気づけばネットサーフィンで「癌 治療」とか「乳がん 手術 成功率」「乳がん 死」とか、「乳がん ブログ」などと検索して、闘病生活を綴ったブログを読みながらそれに心を痛めて、うつうつと過ごしていました。

両親に、そして友人や仕事で親しくしていた人たちへ報告すると、みんなそれぞれ、色々なことを思い、色々な言葉をかけてくれます。

「でも、初期なんでしょう?きっと大丈夫。」
「今は、乳がんも完治する確率が高いっていうし!」
「こんな治療法聞いたことがあるよ!」
「手術しないでも、治るって話聞いたことあるよ!」
「○○すると癌になるっていうけど、大丈夫?」

乳がんになったことに対する他者の反応というのは、いつも、いつも、私を小さく傷つけました。なぜなら、私自身が「癌」を受け入れることができていなかったからだと思います。

迷いの中にいた私ですが、ふと、自分自身の「写真」を撮ってもらうことにしました。仕事上、人の写真を撮ることは「日常」でしたが、自分の写真はあまり手元にありませんでした。

友達のカメラマンに頼んで、手術をする前の、キレイなおっぱいの写真と、プロフィール写真を。撮ってもらったのはセカンドオピニオンの直前です。

私の乳がんは、幸いにして死に関わるようなものではなく、毒性が弱く、再発率も低く、予後が良いとされているものでしたが、それでも「自分自身の死」というイメージを、これまで生きてきた中で一番強く感じている場面でした。

プロフィール写真は、半分「遺影」の気持ちがありました。

上がってきた写真を見ると。どの写真も、私はびっくりするくらい笑顔で、なんだかとっても楽しそうでした。自分で言うのも何ですが、生命力に溢れているし「これは、すぐに死ぬ感じではないな!」と、写真になった自分を見て、元気が湧いてきました。

そして、その写真をFacebookのプロフィール写真にすると、たくさんの人が「いいね」を押してくれて、たくさんのコメントをくださいました。

「かわいい!」とか「幸せそう!」などと様々でしたが、どれもこれもが嬉しいものでした。「人生で最大とも言えるピンチだけど、他人から見ても幸せそうなくらい、ちゃんと笑えてるんだ!」と感じて、自信が湧きました。

それまで「乳がん」を受け入れることが出来ていなかった私ですが、写真を通して「乳がんになった私」を受け入れることができたのだと思います。

私は、「癌」に、なるべく建設的な態度で向き合おうという勇気を少しずつ取り戻し、一度は延期した手術を、最良の選択として受けることを決心しました。

そして迎えた、2月13日。手術は大成功。
翌日の2月14日。ズキズキとする胸の痛みを感じながらも、病院の窓から見える木がハート型に見えて、死ぬほど嬉しかったのを覚えています。

なんとなく、ハート型に見える木

余談ですが、手術前夜の病院食が「鰻」でした。テンションアップの一コマでした

「無理をさせてごめんね」と自分に謝った日々

さて、みなさん「癌サバイバー」という言葉はご存知でしょうか。「癌に立ち向かい、闘病している人たち」を指す言葉です。また、癌になったことがキッカケで、色々なことに気づき、人生が豊かになったことを指す言葉として、「キャンサーギフト」というものがあります。※癌は、英語でcancer(キャンサー)

私は、どちらの言葉も苦手です。

癌は、とても変わった病気で、外から悪いウイルスや悪魔がやってきて、癌細胞になるわけではありません。自分自身の体内で細胞分裂の際にコピーミスが起こり、癌細胞が出来上がり、やがて癌細胞は周りの正常細胞を餌にして大きくなるのです。

つまり、癌を作ったのは他でもない「私」。

「私が、自分自身で癌を作り、育てた」

それが、正しい認識だと思うのです。だとしたら、「癌と闘う」という認識は、自分で自分自身を傷つけるような行為に思えてならないのです。

癌になった、原因は、わかりません。
どんなすぐれた科学者や医師であっても、「あなたが癌になった原因は、これと、これと、これです」と、正確に言い当てることはできません。不可能です。

ただ、私は、自分が乳がんになったときに、神様やら仏様やらのような存在に、首根っこを掴まれて、ぐいっと引き戻されたような感覚があったのです。

「そっちじゃないだろう。自分の命を生かす、本当のことをやりなさい。」

なぜか、そんなことを言われているような気持ちになり、今までの自分に謝罪しました。

「無理をさせてごめんね。いっぱい我慢していて、辛かったね。自分の幸せについて、きちんと考えていこうね。」

そして、とにかく、泣きました。小さな子供のように、ひとりで、ベッドに顔を押し当てて、わんわんと泣きました。幾晩も。

写真を撮ってみたり、とにかく泣いたり、自分の内面と対話したり。「癌」は、言葉の響きがそもそも「苦しくて、辛い死」を連想させて怖いです。そこで私は癌のことを「ポム」と呼び、ぐずっている小さい子をなだめるような気持ちで、自分のおっぱいに話しかける日々を送りました。

そんなことを通して、私は、癌を少しずつ受け入れることができるようになりました。ただ、術後の経過も良好で、心も身体も元気に過ごせている今でも、癌は贈り物でもなんでもないと思っています。だって、もらっても「嬉しい」という気持ちには、ちっともならないから。

私には、「癌になってよかった」と口にすることに、抵抗感があります。
ただ、癌になって気づけたことがあったし、癌を利用してでも、私には気づくべきことがあった。

「癌にならずに、気づけたらよかった。」

やはり、こちらの方が、しっくりと来る感情です。

癌でなくても。ウツであれ、胃潰瘍であれ、10円ハゲであれ、症状の違いは、「どんな風にお知らせがくるか」という違いではないかと思っています。医学的にどうかということはさておき。

もちろん、症状が出た後でも回復は可能です。でも、何か、気持ちがマイナスに傾く日々が続いたり、人生の岐路とも呼べる大きな選択の前にいたり、もやもやと思い悩んでいたとしたら?

自分にとって致命的な症状が出る前に、そこから抜け出して、あなたが持って生まれた、命の輝きを取り戻していただきたい。それには、「写真」というツールが役に立てるのではないか。

写真の力を信じているから

私はもともとカメラマンとして仕事をスタートさせて、その後メディアの企画・編集・ディレクションや、まちづくりの現場でディレクションを行うなど、写真以外の仕事もたくさんしてきました。

写真はずっと好きで、撮り続けていたのですが、私は偉大な写真家でも、有名なカメラマンでもありませんし、正直私より上手なカメラマンの方は五万といる。

だけど、とにかく、写真の力を信じています。

写真には、ただ一点。
光輝くあなたが写っていることが重要です。そして、想いのこもった写真は、見るたびにその時の気持ちや感情を思い出すことができます。

なので、ナムフォトでは、内面整理+写真 をセットにしたプログラムを提案しています。

とても長くなってしまったので、今回はこの辺で。
次回は、ナムフォトのプログラムを具体的に紹介させていただきます。

お読みいただき、ありがとうございました。

株式会社ナムフォト
大阪市中央区北浜東1-15ビル・リバーセンター201
info@numphoto.com / 06-6940-4790
10:00〜18:00 火曜定休 ※予約制。時間外の撮影応相談

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楢侑子

楢侑子

多摩美術大学在学中よりカメラマンとしての仕事をスタート。「日本人の暮らしに根ざしたメディアをつくりたい」と思い、様々なメディアで撮影や執筆ほか、企画・編集・ディレクションを行うように。2010年に独立してからは、地域講座で写真講師として活動したり、まちづくりの仕事に携わるように。32歳のときに乳がんが見つかり、手術。「命が輝く写真」を模索する中でナムフォトの構想が生まれ、2016年5月株式会社ナムフォトを設立。

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