選捨 ‐ 妙慶院 住職 加用雅信さん(広島県広島市中区)

2016.08.05

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書:寧月

「断捨離」や「持たざる暮らし」ブームの背景には

加用 雅信(かようがしん)

1971年広島県生まれ。東京工業大学大学院修了。建築設計事務所で勤務の後、お寺に戻る。デザインやアート好きで、お茶をしながら話を聴くひと時を愛するお坊さん。カウンセリング、傾聴、グリーフケア他も学ぶ。

みなさん、こんにちは。広島市の浄土宗・妙慶院住職の加用雅信と申します。今回は法然上人ご撰述の『選択本願念仏集(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)』という書物の中に登場する「選捨(せんしゃ)」ということばをご紹介いたします。

「選捨」とは、文字通り読んで「捨てる」を「選ぶ」という意味です。あまり耳慣れないことばだと思います。しかし、数年前から話題にのぼるようになった断捨離(だんしゃり)ですとか、持たざる暮らしという潮流の背景には、「選捨」の精神と似通った思想が流れているように、私は感じています。

「もっともっと!」を合言葉に発展してきた強欲な資本主義社会が行き詰まりを見せている昨今、「ともかく何でも手に入れる」ことよりも「不必要なものは手に入れない(=選捨)」という態度に光を当て、そういった意識を持って生きていくことの大切さに、多くの方が気づきはじめているのでしょう。

自分がほんとうに求めているのはなんだろう?

法然上人も「喜足小欲(きそくしょうよく)(※1)」ということばを遺されていますが、しかし、人間の欲望は、放っておくとどんどん拡大してしまうものです。度が過ぎると、必ず、仏教で言う「苦」=「不満足の感覚」に苛まれることになります。それは、自分にとって、ほんとうに心地の良い状態なのでしょうか?

目先の所有欲や名誉欲などの欲望に突き動かされる日々を重ね、その結果として不必要な苦しみを抱えてしまうのは悲しいことです。それを避けるためには、やはり、「それはほんとうに自分の求めるものなのか?」「手に入れた先にはどんなことが待っているのか?」など、常に自身と対話を続け、一番大切にすべきことを知っていくという、地道な努力が必要です。そうした上で、いま、自分がなにを選び、なにを選ぶべきでないのかを決めることができれば、身も心も軽やかで伸びやかで心地よく生きていくことができます。

※1 喜足小欲 必要以上を求めず、すでに手に入れたもので満足し、まだ手に入れていないものを強く求めないこと。『涅槃経』の「少欲知足(しょうよくちそく)」に同じ。

ジョブズの鏡は「選捨」そのもの

Appleの創設者、故スティーブ・ジョブズ氏は、毎朝、鏡の中の自分に向かって「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?」と問いかけていたといいます。私も「選捨」の二文字をいつも心の中に置いて、自分の進むべき道を決めるように努力しています。そして、本当に必要ではないと思うことは、単に捨てるのではなく、敬いながらも遠ざかるように心がけています。

諸行無常の世にあって、自分の姿すら刻一刻と変わっていきます。変化のうねりの中にありながら、いかに柔軟に、瞬間ごとに「自分にとってほんとうに心地よい状態」を選び取れるよう心がけて生きていくか……。そこにおいては、「選ばない」ということを「選ぶ」ということが、実は極めて大切な指針になってくるように思うのです。

「選捨」の精神を胸に、ともに心地よい人生を歩んでいきましょう。

お寺画像
広島県広島市中区
海雲山 妙慶院
緑豊かな広島都心のビルのお寺

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小出遥子

小出遥子

1984年生まれ。新潟県出身。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。編集プロダクション、美術系専門図書館勤務を経て、現在はフリーランスの編集者・文筆家として、仏教系テキストを中心とした編集・執筆活動を行っている。いのちからはじまる対話の場「Temple」主宰。

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