わたしの “いのち”観

死を想って生きること

“いのち”観インタビュー『死を想って生きること』はじまります!

2017.03.10

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「メメント・モリ」とは?

「メメント・モリ」ということばをご存知でしょうか?
「死を想え」、あるいは「死を忘れるな」などと訳される、ラテン語の警句です。

古代ローマでは、戦で勝利をおさめた将軍が凱旋パレードを行う際に、必ず、ひとりの部下を、ぴったりと真後ろにつけたそうです。
その部下の役割は、将軍の耳元で、「メメント・モリ」とささやき続けること……。

「今日は勝利の興奮に包まれておりますが、明日はどうなるかわからぬ身。そのことを決してお忘れになりませぬよう……」

ほんとうに示唆に富んだお話だなあ、と、しみじみ感じ入ってしまいます。

人は、いつか必ず死を迎える。だからこそ……

人間の死亡率は、(現在のところ)100パーセント。
私たちは、いつか必ずこの世を去ります。

「死」と「生」は、決して切り離すことはできません。
「死」あるが故に「生」があり、「生」あるが故に「死」があるのです。

「死」を想い、そこから「生」を見つめることは、この限りあるいのちを真の意味でまっとうするために、必須とも言うべきプロセスなのではないでしょうか。

この連載では、僧俗問わず、各ジャンルで活躍されている多彩な方々に、ご自身の死生観(ここでは“いのち”観ということばを使います)をまっすぐにお聞きしていきます。

・人は死んだらどうなると思いますか? どこへ行くと思いますか?
・親しい人の死に接したとき、どのようにしてこころを向けますか?
・あなたにとって「死」とは? そして「生」とは?

これらの質問に対する各人の回答に触れることで、あらためてご自身の“いのち観”を見つめ直してみませんか?

震災後6年目を迎えるにあたって

『死を想って生きること』は、明日、3月11日(土)にスタートします。
東日本大震災が発生したあの日、きっと、誰もが「死」を想い、
そして、それと同じ分だけ「生」を想ったことでしょう。
震災から6年を経たいま、あらためて、私たちひとりひとりが、真に“いのち”に向き合うことが必要とされているような気がします。
この連載が、その一助となればうれしいです。

記念すべき第一回目にご登場いただくのは、歌手であり、浄土真宗本願寺派の僧侶である
二階堂和美さん
一切の虚飾を取り払った、シンプルで力強い、生(なま)の“いのち”観を聞かせてくださいました。
どうかご期待くださいませ。

『死を想って生きること ~わたしの“いのち”観~』
応援、どうぞよろしくお願いいたします。

※この連載はTemple Web「いのちからはじまる話をしよう。」との連動企画です。
こちらもあわせておたのしみいただけますとさいわいです!

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小出遥子

小出遥子

1984年生まれ。新潟県出身。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。編集プロダクション、美術系専門図書館勤務を経て、現在はフリーランスの編集者・文筆家として、仏教系テキストを中心とした編集・執筆活動を行っている。いのちからはじまる対話の場「Temple」主宰。

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